筒美京平氏を偲ぶ

 いつの間にか全く更新しなくなってしまった当ブログですが、それでもこのニュースには触れないわけにいきません。

 筒美京平氏の名前を知ったのは自分が中学生くらいの時ですが、作品は小さい時から両親が作ったカセットテープで自然に多く触れてきました。その時に一番最初に好きになったのは、「東京ららばい」でしょうか。1978年中原理恵が歌ってヒットした曲、紅白歌合戦でも歌われています。

 中学生時代によく好きだった一つが、太田裕美の一連のシングル曲。「木綿のハンカチーフ」「赤いハイヒール」「最後の一葉」「しあわせ未満」「九月の雨」…。今でも、作詞の松本隆を含むトリオは1970年代最強と言って良いと思っています。次点が阿久悠と組んだ「ロマンス」「センチメンタル」「ファンタジー」他の岩崎宏美提供曲、あるいは有馬三恵子と組んだ「17才」「潮風のメロディー」「純潔」「色づく街」他の南沙織提供曲…。振り返ると、この作詞家にこの人、と思い浮かぶ作曲家も筒美京平が多くなります。他にあるとしたら秋元康に後藤次利あるいは井上ヨシマサ、あるいは佐伯孝夫に吉田正くらいでしょうか。

 昭和歌謡に関しては既に多くの人が触れるかと思いますし、紅白でも多く歌われているのでこちらにも書きました。ここで書きたいのは、やはりもうちょっと広い範囲ですね。

 最初のヒットは1967年、弘田三枝子の「渚のうわさ」、これは紅白でも歌われています。当時楽曲提供先で多かったのはグループサウンズ。ヴィレッジ・シンガーズの「バラ色の雲」に、オックスの「ガールフレンド」など。元々は洋楽担当のディレクター、当時まだ宮川泰やすぎやまこういち位しかいなかった和製ポップス作曲家の先駆け的存在という部分もあったのではないかと思います。

 ビッグヒットになったのは1969年、いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」。そして1971年のレコード大賞にも輝いた「また逢う日まで」。アニソンだと何と言っても「サザエさん」。1969年から50年以上親しまれていますね。1970年代は歌謡曲・アイドル・時には演歌やアニソン、後期に入るとニューミュージック方面でも名前が見られるようになります。筒美京平で全ての音楽ジャンルがカバーできる、と書くと言い過ぎですが半分くらいは当てはまるような、それくらいの勢いでした。

 ポップスと演歌の分業化が進んだ1980年代、主に楽曲提供したのはマッチ。「スニーカーぶる~す」「ギンギラギンにさりげなく」など、青春のパワーをぶつけた彼のパフォーマンスにそういった楽曲は不可欠だったかと思います。それ以外にも田原俊彦、早見優、松本伊代、柏原芳恵、河合奈保子、小泉今日子、斉藤由貴、本田美奈子、少年隊…。特に歌唱力の高い方々に関してはよりダイナミックなメロディーで、当時居並ぶ作曲家の中でもカッコ良い楽曲が多かった気がします。「エスカレーション」「1986年のマリリン」「仮面舞踏会」などなど。逆にかわいさや舌っ足らずさを活かす作品としては「半分少女」「卒業」「C」など。もちろんその両方を高い次元で活かした作品もあって、個人的に一つ挙げるとしたらやはり「なんてたってアイドル」でしょうか。意外なのは、紛れもないトップアイドルだった松田聖子や中森明菜に全く携わっていないこと。逆に言うと、その2人に対抗する存在として常に筒美京平の楽曲があったのではないかとも思えます。

 J-POPという言葉が生まれる1990年代、ただそれ以前から「ドラマチック・レイン」(稲垣潤一)やC-C-BやSHOW-YAなどにも提供しています。「八月の恋」(森高千里)や「強い気持ち・強い愛」(小沢健二)に「人魚」(NOKKO)に「タイムマシーン」(藤井フミヤ)、果ては井上陽水や中島みゆきにも楽曲を提供しています。自ら作曲もできるシンガーソングライターが楽曲提供を依頼してヒットさせる作曲家、こういう存在は他に例を見ないのではないでしょうか。またこの後一時代を作る作曲家は小室哲哉につんくなど作詞・プロデュース業も行うミュージシャン出身に移行していって、そもそも作曲家と呼ばれなくなります。もちろん筒美京平以降でも作曲家は多くいますが、「一時代を作った作曲家」という点で考えると…。実は彼こそが、時代の境目に立ってその両方に対応できる唯一の存在だったのかもしれません。

 平成以降ヒットという面では難しくなったとは言え、アイドルソングの作曲家としては引き続き偉大な存在。平成初期の西田ひかるに高橋由美子、そして何と言ってもデビュー初期のSMAP。「心の鏡」「負けるなBaby!」辺りはいまやマイナーな存在かもしれませんが、個人的には外せないところ。そしてKinKi Kidsの「やめないで,PURE」、極めつけはTOKIO「AMBITIOUS JAPAN!」。東海道新幹線の車内でも必ず流れるこの曲は、後期の代表曲としてはまさに不滅の存在でしょう。

 21世紀となり、さすがに還暦を過ぎると作品数も少なくなりますが、ここ何年かは竹達彩奈や飯田里穂、田所あずさといった声優系にも何曲か提供があったようです。「時空ツアーズ」の作詞はいしわたり淳治、晩年まで新しい人と音楽に関わり続けた功績は大変大きいです。あらためて冥福をお祈りします。そして長い間ありがとうございました。

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