2020.2.7~2020.2.9 福岡鉄道旅行記・1

 2月8日(土)、Perfumeのドームツアーを見に福岡ヤフオク!ドームまで行ってきました。

 ネタバレ防止という公式からのお達しがあるためそのレポは後日になりますが、今回新装なったブログでやってみたい試みとして、遠征時の旅行記レポなんてのをアップすることにしました。

 インスタをフォローしている頂いてる方ならご存じだと思いますが、ライブで遠征する時は鉄道乗りつぶしを常として行動しています。

 で、その際にはインスタ以外でもほぼ必ず乗った車両の写真を撮ることにしています。

 ですので、しばらくは鉄道旅の日記を少しずつ書いていこうと思っています。

 そのうち、鉄道ニュースなども記事にして、音楽よりも鉄道メインのブログになるかもしれません(笑)

 では、出発したのは2月7日(金)。午前6時25分新大阪発の新幹線「さくら541号」。

 ちなみに上の写真を撮影したのは2019年11月17日。私立恵比寿中学のワンマンツアーで鹿児島に行った時と同じ列車に今回も乗ります。3ヶ月前は終点鹿児島中央まで通しましたが、今回は小倉駅で下車。

 8時47分、小倉駅に到着。

 北九州市の玄関口である小倉駅は立派な駅舎。一番特徴的なのは、やはりビルを貫くように作られるモノレールでしょうか。というわけで、早速小倉駅に向かいます。

 そうそう、今回利用したきっぷはこちら、旅名人の九州満喫きっぷ。

 3日間、11,000円で九州の鉄道全てに乗れるという超優れモノ。新幹線や特急で使えないのが難点、ただ私鉄メインの旅だとこの切符ほど有用なものはそうそうないように思います。

 というわけで北九州高速鉄道・北九州モノレール小倉線の小倉駅のホームに向かいます。

北九州銀行のラッピング車

 1985年開業以来、北九州市民の足として使われているモノレール。9時20分発の列車に乗車。

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基本的には山に囲まれた広い住宅街を走るイメージ

Youichi Kashii(@kerseemuzik)がシェアした投稿 –

 隣の平和通駅まではおよそ1分、歩いても行ける距離ですが降りる人も数名。ここでは現在、隣の駅まで100円で乗り降りできる乗車券を売っている模様。風景は住宅街メインの平凡なもので、目を引く建物は小倉競馬場くらい。ただ遠くに山を望める部分は、他地域と違う大きな特徴のような気がしました。

企救丘駅に到着

 最後に少し勾配を登って、終点の企救丘駅に到着。線路の奥には車両基地、200m歩くとJR九州・日田彦山線の志井公園駅があります。

志井公園駅

 駅舎は道路脇に表れるという趣で、建物はともかく入り口はそこまで目立たない場所にある印象。1989年開業、モノレールが出来てから新しく作られた駅なのだそう。線路は道路の下、駅舎からスロープを降りてホームに辿り着くという構造。

 JR九州の駅名標はイラストが特徴的。この駅のイラストは、すぐそばを走るモノレールと、公園にあるプールをイメージしたもの。

志井公園駅から小倉駅に乗車

 それでは、志井公園駅から日田彦山線の旅に入ります。

(2に続く)

歌手の梓みちよさん死去

 古い歌謡曲を知るということは、長く活動している歌手も知るということ。それはすなわち、訃報のショックがより大きくなるということ。

 突然舞い込んできた、梓みちよの訃報。

 長い歴史を誇るNHK紅白歌合戦で、全編の映像が現存する最も古い回が1963年・第14回。その時に彼女は「こんにちは赤ちゃん」で初出場している。『夢であいましょう』の今月の歌から誕生した、NHKが生んだ国民的ヒットソング。11月の発売でありながら、その年の日本レコード大賞も受賞している。

 清純派のイメージで売り出されていた裏で、実は全くそうではなかったと言われている彼女の実像。低迷期を経て再び大ヒットした1974年の「二人でお酒を」は、大人の香り全開の歌謡曲。床に座り込んで歌うパフォーマンスが話題を呼んだ。それ以降は「メランコリー」「二日酔い」など、アダルティーな魅力を持つ女性歌手としてのイメージが定着した。大きく分けて二度のヒット期があったわけだが、そのギャップの大きさはおそらく他に類を見ないのではないだろうか。

 1963年の紅白歌合戦初出場歌手は全部で13組いる。彼女だけでなく、北島三郎・伊東ゆかり・舟木一夫はいずれも10回以上の出場を果たしている。1960年代ブームが起こった1992年に、北島三郎が「帰ろかな」で大トリを務めて伊東ゆかり・舟木一夫・梓みちよが久々の紅白復帰を果たしているのが面白い。もっとも、「こんにちは赤ちゃん」を作曲した中村八大が亡くなったのも同じ年ではあるのだが…。それ以外でも園まり・畠山みどり・三沢あけみに「ヘイ・ポーラ」などをデュエットした田辺靖雄もまだ健在。そう考えると、76歳とは言えやはり訃報を聞くには早すぎるような気も…。あらためて、ご冥福をお祈りします。

 ちなみに、梓みちよの曲で一番好きなのはなんと言っても「メランコリー」。吉田拓郎が作る小気味良いメロディーと歌声がとても合っている。乃木坂といえば今は真っ先にあのアイドルグループが思い浮かぶが、それまではやはりこの曲が印象深い。「それでも乃木坂あたりでは 私はいい女なんだってね」。東京では本来そこまでメジャーでないこの地名が一番最初にクローズアップされたのは、おそらく1976年のこの曲ではないかと勝手に思っている。

2020.2.2 Perfume 8th Tour 2020 “P Cubed” in 京セラドーム

 初めてPerfumeのライブを見たのが2008年8月2日のROCK IN JAPAN FESTIVAL・LAKE STAGE。ワンマンライブに関して言うと2012年1月14日、JPNツアー初日の神戸ワールド記念ホール。以来足を運んだ回数は、フェス16回(うち主催フェス2回)にワンマン18回で今日が通算35回目。詳しい内容は2月末以降に書くとして、今回のライブ…

 間違いなく、過去最高の仕上がりでした。

 来週の土曜日には福岡ドームで同ツアーを見る予定。福岡で見るのは「ぐるんぐるん」ツアーのマリンメッセ福岡以来約5年半ぶり。ナゴヤと東京では過去に見てるので、これで個人的にようやく4大ドーム制覇。西武ドームはライオンズの試合で行ってるとして、あとは札幌ドームを残すのみ…。

 どの観点から見ても最高という言葉しか出ない今回のPerfumeワンマンツアー、長く続く自分のライブ史の中でも間違いなく相当重要な位置を占める存在になりそうです。