歌手の梓みちよさん死去

 古い歌謡曲を知るということは、長く活動している歌手も知るということ。それはすなわち、訃報のショックがより大きくなるということ。

 突然舞い込んできた、梓みちよの訃報。

 長い歴史を誇るNHK紅白歌合戦で、全編の映像が現存する最も古い回が1963年・第14回。その時に彼女は「こんにちは赤ちゃん」で初出場している。『夢であいましょう』の今月の歌から誕生した、NHKが生んだ国民的ヒットソング。11月の発売でありながら、その年の日本レコード大賞も受賞している。

 清純派のイメージで売り出されていた裏で、実は全くそうではなかったと言われている彼女の実像。低迷期を経て再び大ヒットした1974年の「二人でお酒を」は、大人の香り全開の歌謡曲。床に座り込んで歌うパフォーマンスが話題を呼んだ。それ以降は「メランコリー」「二日酔い」など、アダルティーな魅力を持つ女性歌手としてのイメージが定着した。大きく分けて二度のヒット期があったわけだが、そのギャップの大きさはおそらく他に類を見ないのではないだろうか。

 1963年の紅白歌合戦初出場歌手は全部で13組いる。彼女だけでなく、北島三郎・伊東ゆかり・舟木一夫はいずれも10回以上の出場を果たしている。1960年代ブームが起こった1992年に、北島三郎が「帰ろかな」で大トリを務めて伊東ゆかり・舟木一夫・梓みちよが久々の紅白復帰を果たしているのが面白い。もっとも、「こんにちは赤ちゃん」を作曲した中村八大が亡くなったのも同じ年ではあるのだが…。それ以外でも園まり・畠山みどり・三沢あけみに「ヘイ・ポーラ」などをデュエットした田辺靖雄もまだ健在。そう考えると、76歳とは言えやはり訃報を聞くには早すぎるような気も…。あらためて、ご冥福をお祈りします。

 ちなみに、梓みちよの曲で一番好きなのはなんと言っても「メランコリー」。吉田拓郎が作る小気味良いメロディーと歌声がとても合っている。乃木坂といえば今は真っ先にあのアイドルグループが思い浮かぶが、それまではやはりこの曲が印象深い。「それでも乃木坂あたりでは 私はいい女なんだってね」。東京では本来そこまでメジャーでないこの地名が一番最初にクローズアップされたのは、おそらく1976年のこの曲ではないかと勝手に思っている。

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