石川さゆり(25年連続31回目/第28回/1973/50/熊本県出身)
「天城越え」(1986/吉岡 治/弦 哲也/3年ぶり6回目)
~イチローの登場テーマ!「天城越え」~
ギター:マーティ・フリードマン

 2008年のイチローが登場曲として使用した楽曲。通算3000本安打と8年連続200本安打達成の映像も流れます。なんでも、きっかけは前回の紅白歌合戦でさゆりさんが歌ったシーンに感銘を受けたからなのだとか。
 スタジアムで流れた登場曲でギターを担当したマーティ・フリードマンが特別出演。階段ステージの上でギターを弾く姿が非常に格好良かったです。イントロだけと、いうのが少し勿体ないようにも感じましたが…。
 せり上がりからさゆりさんが登場する姿は、他の歌手には存在しない迫力が備わっています。構成はいつも通りの2コーラスでしたが、いつ見てもやはり素晴らしいステージです。50歳になって、歌唱にもいよいよ円熟味を増してきました。なお間奏でもイチローの映像が流れています。(3分54秒)

(解説)
・シアトル・マリナーズ8年目を迎えたこの年のイチローは多くの記録を作った一年でした。8年連続200安打は、107年ぶりの大記録。日本で活躍し始めたのは1994年のことですが、その年第45回の紅白歌合戦で特別審査員として出演しています。

・さゆりさんの「天城越え」は当時3年に1回ペース。この時点でしょっちゅう紅白で歌われている印象でしたが、それ以降現在まで「津軽海峡・冬景色」と交互に選曲することになろうとはさすがに想像していませんでした。

・マーティ・フリードマンはメガデスのギターとして活躍後、2004年に日本へ移住。紅白でこうやって取り上げられるのは初めてですが、実は第56回(2005年)の鈴木亜美「Delightful」のステージにギタリストとして参加していたようです。これは個人的に、つい最近ようやく知った事実だったりします。バックバンドが映っていたという印象も、ほとんどないような演出でしたからね…。

SMAP(4年連続16回目/第42回/1991/31~36)
「この瞬間、きっと夢じゃない 紅白SP」(2008/Hi-Fi CAMP/Hi-Fi CAMP/初)
~2年ぶりのドームツアーも大成功!~
振付:SAM

 今回のSMAPの曲紹介は仲間さんが担当。各メンバーに2008年を振り返ってもらいます。香取さんは北京五輪のこと、草彅さんは王貞治や高橋尚子のこと、稲垣さんは3人のノーベル賞受賞者のこと、木村さんが日本人としての誇りを持って生きていきたいとのことでした。スタンバイ中に松本幸四郎さんにも話を伺います。
「楽しんでます。SMAPにおいしい料理をねぇ、BISTRO SMAPというレストランでご一緒になって…。今まで感じたことは、人を中傷したり悪口言ったりすることは誰でも出来るけれど人に感動を与えることはなかなかできない、そのなかなかできないことを我々は仕事にしているんだなとつくづく感じました。」さらにこの後登場する歌手に向かってエールということで、「この一瞬でお茶の間の皆様に、絆と温かさと心の結びつきと勇気と希望と、与えてください。お願いします。」と話して頂きました。
 冒頭はSAM振付のもとダンスパフォーマンス。45秒ほど経ち、5人が仰向けの態勢になってからメインの楽曲のパフォーマンスがスタート。花や動物など、豊かな自然をテーマにした映像をバックに歌います。
 相変わらずピッチが不揃いな印象もあるサビの歌唱ですが、それは常に生歌でパフォーマンスしているという証。観客席のファンの声援も相変わらず大きいです。それにしてもこの曲、リズムといいメロディーといい詰め込まれている言葉の数が非常に多くて、SMAPでなくても歌うのはかなり苦労しそうです。メッセージ性は大変に伝わるものがあって、SMAPの5人が歌うからこそ説得力が増すという部分もあるのですが。(4分26秒)

(解説)
・紅組司会がSMAPを紹介するのは第49回(1998年)の久保純子アナ以来。一昨年の第57回(2006年)は、当時総合司会の三宅民夫アナが担当していました。

・「この瞬間、きっと夢じゃない」はシングル曲で、発売1ヶ月後にアルバム『super.modern.artistic.perfomance』に収録。「Theme of 019 suepr.modern.artistic.performance」に続いて「この瞬間 きっと夢じゃない」で始まる アルバムの始まり方なので、おそらく冒頭の曲はそのインストを短縮した物と思われます。

・BISTRO SMAPはフジテレビで放送されている『SMAP×SMAP』のコーナー。中居さんがゲストをもてなして4人がテーマに合わせた料理を作る内容ですが、幸四郎さんは2005年にゲスト出演しているようです。歴代のゲストは俳優を中心に時にはスポーツ選手・政治家・要人まで登場するという具合で、恐ろしく豪華なコーナーでした。おそらくスマスマ放送期に、中居さんが共演していない大物はほとんどいなかったのではないかと思えるくらいです。

天童よしみ(12年連続13回目/第44回/1970/54/大阪府出身)
「道頓堀人情」(1985/若山かほる/山田年秋/8年ぶり2回目)
~「負けたらあかんで東京に」天国の父との約束~

 3月に最愛の父親が亡くなった天童よしみ。オルゴールの「道頓堀人情」をバックに、父親とのツーショット写真が流れます。本来はもっとじっくりやっても良さそうですが、思いのほかあっという間にステージに移ります。
 篤姫をイメージしたという、金色に柄のついた衣装が非常に派手です。「負けたらあかん、負けたらあかんで東京に」と歌った後に1コーラスの歌唱ですが、バックの演奏はギターと、サビ以降に加わるバイオリンのみでほぼアカペラ。会場中に天童よしみの歌声が響き渡っていました。
 とにかくテレビで見ていても天童の歌声が響き渡っていることがよくわかるステージでした。おそらくホール内ではもっと凄かったのでしょう。女性演歌歌手の常連は他にも沢山いますが、一番の迫力だったのではないでしょうか。(3分7秒)

(解説)
・「道頓堀人情」は天童さんの代表作ですが、元は鏡五郎のアルバムに収録されていた楽曲。1985年~1986年にかけて各レコード会社から競作として発売された歴史があります。天童さんにとってはキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)からテイチクレコードに移籍してから初めての作品、有線から全国へ徐々にヒットしていった作品でした。

・地道にヒットして知名度を上げた作品で、その後の楽曲もヒットしていましたが、紅白には第44回(1993年)まで呼ばれなかった形。「珍島物語」が大ヒットした第48回(1997年)以降は一気に格を上げ、第49回以降はこの年まで終盤の歌唱位置で定着します。満を持して「道頓堀人情」が紅白で披露されたのは、初めてトリを務める形になった第51回(2000年)でした。

・この年は「幸せはすぐそこに…」が例年以上に大ヒット、オリコン年間シングル売上55位に入るほどでしたが意外にも選曲されず。その後も紅白では現在まで1度も歌われていません。セールスだけを見れば、「あんたの花道」「ソーラン祭り節」みたいに2回以上歌われても不思議ではないはずですが…。

森 進一(41年連続41回目/第19回/1966/61/鹿児島県出身)
「おふくろさん」(1971/川内康範/猪俣公章/2年ぶり7回目)
~今夜ついに復活!「おふくろさん」~

 歌う前にステージ上の森さんからメッセージ。「歌の力、人の絆。あらためて人生の尊い物を胸に深く刻んだ一年でした。これからも一筋に心をこめて歌い続けたいと願っています。作詞・川内康範、作曲・猪俣公章。「おふくろさん」。お聴きください。」
 真っ白なタキシードで、左胸にも白い薔薇の花。目に涙を浮かべながらの、まさに魂のこもった熱唱でした。ステージに関する感想は色々あると思いますが、紅白を見ている人全てが聴き入ったステージだったことに疑いの余地は全くないでしょう。ここで言えるのはそれだけです。(4分22秒)

(解説)
・第56回(2005年)・第57回(2006年)の紅白で繰り返し歌われたことで巻き起こった「おふくろさん騒動」。作詞家の川内康範に無断で、冒頭に新たな歌詞を加えてパフォーマンスしたというのがそもそもの発端。森さんの対応の悪さもあって、川内氏の怒りは尋常なものではありませんでした。自分の曲を歌わせないとまで話していましたが、この年4月に川内氏が逝去。以降は遺族と話し合いを重ねた結果解禁となり、この紅白で久々の「おふくろさん」披露となりました。

・とは言え紅白単位で考えると4年間で3回も歌っている状況で、「河内おとこ節」「さそり座の女」ほどでないとしても歌い過ぎではないか、という印象も当時はありました。なお問題になったパース付きのものは第45回(1994年)も含めて計3回紅白で歌われている計算になります。こちらはおそらく再びオンエア出来ない状況だと思いますが、どうなるのでしょうか。

・トリ前の曲順は前年の「北の螢」に続き2年連続ですが、それ以降は前半トリが定位置になります。再びトリ前で歌うのは7年後で、これが紅白ラスト出場となる「おふくろさん」でした。なお最後にトリを務めた第41回(1990年)で歌った曲も「おふくろさん」です。それだけ森さんだけでなく、紅白歌合戦にとっても重要な意味を持つ「おふくろさん」は、最終的に計8回歌われる形になりました。

和田アキ子(23年連続32回目/第21回/1968/58/大阪府出身)
「夢」(1997/石井竜也/石井竜也/7年ぶり3回目)
~40周年!メッセージは「夢」~

 トリということで、例年通り紅組歌手が続々集まります。「紅組最後の歌の力をお届けしましょう」と曲紹介しますが、トリの割には妙に落ち着いた雰囲気にも見えます。
 今回はサビの終わりの部分のアカペラから始まります。アッコさんの歌唱は相変わらず口とマイクの間にかなりの距離があって、それでいて一定の声量を保っているのは流石。また気合いの入った所を存分に見せていますが、声質や音程はちょっとここ数年の調子の悪さを隠せない印象もあります。
 会場は手拍子、間奏になると金色の紙吹雪が舞い、中盤以降では紅組歌手がステージ上に集まります。温かさを感じさせる良い演出です。ですがよく見ると小林幸子は途中から明らかに白組の方を向いていたり、藤巻直哉はポニョの人形をアピールすることに夢中だったり…。ツッコミどころは案外多いです。アッコさんにとってはやり切ったステージであることは間違いないですが、残念ながら勢いは次と比較すると歴然としていました。(4分7秒)

(解説)
・この年はデビュー40周年。アポロシアターで開催されたコンサートは、当時日本人女性歌手初の出来事でした。

・「夢」は当時米米CLUBを解散したばかりの石井竜也が提供。紅白では3回歌われ、この時だけでなく第52回(2001年)でもトリで歌われています。本人の愛唱歌の一つでコンサートでも歌われる機会が多い曲ですが、1997年当時のCDセールスはオリコン週間100位圏外。Spotifyで見る限りでも、特別再生数の多い楽曲という状況でもありません。

・アッコさんは7年後の第66回まで連続出演。通算7回目の紅組トリでしたが、もうこの時点で紅白出場に対する疑問がネット中心に沸き起こっている状況でした。歌手としての実力は間違いなく確かで、特に声量は歌謡史に燦然と輝くレベルだと思いますが、ご意見番という芸能界的な立場で随分損をしている印象はやはりあります。

氷川きよし(9年連続9回目/第51回/2000/31/福岡県出身)
「きよしのズンドコ節」(2002/松井由利夫/水森英夫/6年ぶり2回目)
~ふるさとへ届け!初の大トリ熱唱!~
振付:南 流石 踊り:流石組しめなわ鯛

 「今から14年前、故郷福岡を離れて一人の若者が歌手を目指して東京にやって来ました。アルバイトに明け暮れる毎日、歌手になる夢を何度も諦めそうになったとき、涙を流して自分を送り出してくれた両親の姿を思い出しました。若者は歌手になる夢を諦めませんでした。念願のデビューから9年、演歌のプリンスは走り続けています。歌の力、そして人の絆に支えられて、歌の限り、声の限りに歌います。2008年12月31日第59回NHK紅白歌合戦、大トリです。歌い納めです。参りましょう。氷川きよしさん、「きよしのズンドコ節」!」白組の歌手が集まり、観客席から沢山のきよしコールが舞う中、最後を締めるにふさわしい曲紹介でした。
 ステージに向かう前にサブちゃんとガッチリ握手。その前に五木さんが両手を差し伸べますが、氷川さん気づいてない模様です。ステージ中にいっぱいいる、今回の紅白歌合戦のシンボルマークが模様になっている衣装とおかしな振り付けの女性のダンサーは、やっぱり流石組。しめなわ鯛というネーミングがついておりました。
 緊張と感激で泣きそうな状況ではありますが、抜群の声量で歌い上げる氷川きよし。会場中、観客席からも出場歌手からもダンサーからも一斉に「きよし!」コール。おそらくお茶の間でも、相当な人数が曲に合わせてやっていたものと思われます。アレンジされた間奏では、思わず大きな声で「ありがとうございまーす!」と挨拶。
 出場歌手はこのタイミングで全員舞台上に移動。一様にみな楽しそうです。小林幸子は氷川さんの右に陣取り、何度もエールを贈っています。白組歌手はともかく、紅組歌手も先ほどのトリのステージより相当楽しそうな表情に見えます。気のせいでしょうか。
 アウトロから”ヘイ!”で締めた後に、大トリ用のファンファーレが流れます。「ありがとうございました!」と挨拶、中居さんが興奮しながら感謝のコメント。氷川さんは横にいた幸子さんと握手、そしてサブちゃんと抱き合って五木さんとも握手。思いっきり涙を流しています。
 2009年が少しでも良い年になるようにという願いを込めた点も含めて考えると、もっとも締めにふさわしい内容だったように思います。間違いなく紅白トリの歴史に、新たな1ページが刻まれた瞬間だったのではないでしょうか。(2分38秒)

(解説)
・氷川きよしは当然この時期新しい曲もヒットさせています。「玄海船歌」「哀愁の湖」はどちらも好セールス・ロングセラーを記録させていましたが、2曲とも今のところその後の紅白でも歌われていない状況です。大トリという演出の関係上、どうしてもその年のヒット曲が犠牲になるという側面が出てきますね。もっともセールスの割に、実際の浸透度がどうなのかという問題もありますが…。

・当然氷川さんは今後も何度か紅白のトリを務めると思われましたが、J-POPの時代に突入したこともあって今のところはこの年のみ。ただトリ前はその後も5回、特に近年は4回も起用されています。重要度の高い歌手であることは、現在も同様です。

・流石組は第42回(1991年)の西田ひかるのステージで初登場、その後毎年のように奇抜な振付で紅白を楽しませてくれました。第54回(2003年)以降はステージごとにネーミングをつけるようにもなりましたが、第63回(2012年)の天童よしみを最後に紅白では見られなくなりました。

・エンディング

 興奮さめやらぬ中で、総合司会の松本アナが視聴者審査員に投票を呼びかけます。先ほどのステージ途中から舞い始めた紙吹雪は、まだ止んでいません。

 会場審査はうちわを上げてもらう方式。段取り上、仲間さんは「紅が多く見えますね」と言いますが、中居さんが言う通りどう見ても白優勢。なおゲスト審査員の票は以下の通り。ボードを見せる姿がはっきりと映し出されていました。
…高橋、松坂、姜、堀北、上野
…本木、吉田、太田、幸四郎、妻夫木

 投票の時間が終わって集計にはいります。その間に、今回初めての試みということで、今までの54ステージを映像で一気に振り返ります。1ステージ辺り1~5秒で完全なるダイジェスト。画面の両端下部にはワイプが映ります。ステージ後ろにも映像が設けられていて、その様子を見守る出場歌手の様子が映し出されていました。

 終わり際に、松本アナが「あぁぁ…」とズッコケそうなリアクション。和田アキ子が割り込みます。「約束したんですよ。私はこらえたのに、泣いてんじゃん!」と氷川さんにツッコミを入れていました。また、飛行船にも中継を繋ぎます。明治神宮は、初詣を待つ人たちでもう一杯の人たちが集まっています。最後に小野アナウンサーが挨拶して中継を締めます。

 結果発表。大きなスクリーンに映し出されますが、長い集計期間に対して発表はあっさり。今回も白組優勝でした。投票結果が下のテロップに表記されます。圧勝ですね。
会場 594 vs 1853
ケータイ 22330 vs 53951
ワンセグ 22763 vs 38937
デジタルTV 65313 vs 110789
合計 112000 vs 205530

 優勝旗贈呈は松本幸四郎。ゲスト審査員で2度贈呈を担当したのは史上初。中居さんは「冗談半分で間違いなく勝つだろうみたいなこと言ってましたけども、やっぱり3年連続ですから。皆さんどうもありがとうございましたー」とコメント。一方仲間さんは「優勝は取れませんでしたけども歌手の皆さんの素晴らしい歌声を近くで聴けて私も沢山元気をもらった気がします。本当に最後までありがとうございました。」

 最後はもちろん「蛍の光」。作曲家の平尾昌晃さんの指揮。以下、気になったところを箇条書き。
・マイクに入る中居の音程がすごいことに
・氷川きよしが北島三郎にマイクを向けます
・一青窈がカメラに向かって何かを探す
・肩を組むSPEEDの4人
・どーもくんと紅白応援隊の3人、さかなクンもエンディングに参加
・一青窈が床に落ちている紙吹雪を森山直太朗の頭の上から落とす
・木村拓哉が独特の手のポーズ
・Perfumeの3人のスリーショット
・乳牛柄のドレスの石川さゆり

(解説)
・紅白歌合戦の会場投票と言えばうちわを挙げてもらう演出と、日本野鳥の会→麻布大学野鳥研究部による集計。ただこの時期は会場の集計もアナログではなく、コンピューターで自動で計算してもらうシステムでした。

・紅白全ステージをダイジェストで振り返る演出はこの年から始まりました。最終審査の集計時間の使い方がおそらく議論になっていたはずで、前年は「世界に一つだけの花」全員合唱をそこに入れた形でした。おそらくこのダイジェストは相当好評だったのでしょう、その後第65回(2014年)を除いて毎年恒例となります。

・幸四郎さんがゲスト審査員を務めたのは第28回(1977年)・第34回(1983年)以来25年ぶり3回目でしたが、第28回は優勝旗授与の担当も兼ねていました。第55回(2004年)まではNHK放送総局長が渡す優勝旗ですが、昭和の時期でも第27回~第29回に限ってはゲスト審査員の代表が渡す形。ちなみに第28回は大河ドラマ『黄金の日日』を翌年に控えた形の出演で、当時の屋号はまだ市川染五郎でした。

・蛍の光は年によって思わぬ場面が映り込むことがありますが、おそらく床に落ちている紙吹雪を他の出場歌手に投げたのはこの時の一青窈が唯一の事例だと思います。アッコさんが歌ってるシーンから、彼女は妙にテンションが高かったです。

・最後に、さゆりさんが着ていた乳牛のドレス。これは一部から度肝を抜かれたという評判が挙がっています。アッコさんのトリのステージでは真後ろの位置で手拍子していましたが、どう考えてもさゆりさんの方が目立っていたという話も…。なお2009年は丑年、それに因んだデザインであることはおそらく間違いはずです。