木村カエラ(初出場/第60回/2004/25/東京都出身)
「Butterfly」(2009/木村カエラ/末光 篤/初)
~結婚式ソングの新定番「Butterfly」~

 この曲が作られたきっかけを自ら語り、「おばあちゃん孝行が出来て嬉しい」と話してステージに向かいます。金髪のショートヘアーにシースルーの上着、全体的にはそこまで派手さを感じない衣装。ファッションリーダーとしても名高いと紹介されていますが、確かに自然体な印象の衣装は彼女らしさをよく表しています。
 バックバンドを引き連れ、後半からは歌詞の通りに白い羽が舞う中で歌唱します。もちろんバックの映像はウエディングをイメージしたチャペル。本来なら4年前にブレイクした「リルラ リルハ」辺りで出場してもおかしくない存在、初出場ながらとても堂々としたステージでした。基本的にこの時期の彼女は幕張メッセのCOUNTDOWN JAPAN出演がメインのアーティストですが、気が向いたら是非次回も紅白に出演してほしいなぁ、と思います。(2分35秒)

(解説)
・カエラさんの中で一番有名な楽曲となった「Butterfly」ですが、シングルはCDではなく配信限定。その後すぐにアルバム『HOCUS POCUS』に収録されてCD化されました。4年前の松任谷由実 with Friends of Love The Earth「Smile again」が配信限定で最初の紅白歌唱曲となりましたが、この時期辺りからそういった事例が少しずつ目立ち始めます。

・上にも書いた通り、この時期のカエラさんは幕張メッセのCOUNTDOWN JAPAN出演が恒例。そちらの出演回数は2019年まで、計13回となっています。どうしても男性がメインになるバンド社会で、彼女は当時チャットモンチーらとともに数少ない女性のフェス常連アーティストでした。

・カエラさんの初ヒットは2005年の「リルラ リルハ」なので、紅白初出場とは言え既に一定のキャリアは積んでいます。知名度を上げたのはそれ以前からで、何と言ってもtvk『saku saku』のMCでお馴染みでした。また、自身のラジオ番組でPerfumeの「チョコレイト・ディスコ」を毎週のようにオンエアして、そこから彼女たちの仕事が広がってブレイクに繋がったという功績もあります。

・彼女自身も翌年に俳優の瑛太(現・永山瑛太)と結婚。現在は2児の母親であると同時に、歌手活動も変わらず精力的に展開しています。なお紅白出場はこの回のみでした。




アリス(4年ぶり3回目/第51回/1972/60~61)
「チャンピオン」(1978/谷村新司/谷村新司/9年ぶり3回目)
~アラ還の星・今年全員還暦に!~

 のメンバーが一人ずつ、「絆」をテーマにしたメッセージを桜井、相葉、大野、松本、二宮の順番に話します。大雑把に言うと、最初はバラバラだったけど10年経って絆は深まった、それは30年・40年経っても大切にしたいという内容でした。
 「さあみんな、一回立ち上がろうか!そのまんま、手拍子いくよー!」と谷村新司が叫ぶとともに、NHKホールの観客全員…ではないですが大多数が立ち上がって手拍子。基本的に紅白歌合戦の観客は座って聴くもので、ノリは決して良い部類に入らない印象もありますが、このステージに関しては会場が完全に一体になっていました。メンバー全員60代となり、谷村さんはすっかり白髪姿になりますが、ステージに衰えは全くありません。カッコ良さはやはり、何年経ってもずっと健在のようです。(3分53秒)

(解説)
・観客が立つシーンは事前に打ち合わせがあったと思われますが、そうであったとしても観客総立ちは以前の紅白歌合戦では見られない光景でした。第40回(1989年)後半のスタートで観客総立ち演出はありましたが、ステージ単位で見ると間違いなくこの年が初めてのはずです。

・「チャンピオン」はアリスが初出場した第51回(2000年)にメドレーで演奏されて以来ですが、第49回(1998年)に谷村さんのソロでフルコーラス披露があります。ソロバージョンは大胆なアレンジも施されていましたが、ものすごく格好良いというのは同様でした。

・アリスは1981年に活動停止しますが、それ以降も定期的に再始動をします。本格的な再始動はこの2009年で、翌年2月には東京ドーム公演も開催されました。その後も新しいアルバム発売に47都道府県ツアー、70歳を迎えても全国ツアーを敢行するなど、まだまだ元気な様子です。




中島美嘉(8年連続8回目/第54回/2002/25/鹿児島県出身)
「流れ星」(2009/クボケンジ、田中ユウスケ/田中ユウスケ/初)
~”星のバラード”の決定版を熱唱~

 またまたオードリーの二人が登場。なんでも、次に登場する中島美嘉はこの2人の大ファン。「照れ方が気持ち悪いんですけどね」「何の応援だよ、自分の苗字言ってるだけじゃねーか」「ちょっと謙遜しなさいよ」。以上若林さんのツッコミです。なおこの部分の春日さんのボケは、字幕だと「へへっ…。」「♪カ~スガ、カスカス、カ~スガ」「もちろんそのとおりですね。」と表現されています。
 さて春日さん曰く自身のファッションを真似する人、通称「カスガー」が激増しているということ。「見たことない、初めて聞いた」というツッコミが若林さんと中居さんから漏れますが、そこで春日の衣装に扮した天童よしみが登場。衣装はもちろん髪型もガッチリ七三分け。2人で一緒にトゥースのポーズ。ノリノリでカスカスダンスも一緒にやって、本家よりウケていました。というわけで曲紹介。その後も小声で続くオードリーの2人に、中居さんが静かにと指で指示。
 ステージは客席のペンライトにバックの星空の映像。一定のタイミングで、タイトル通りに流れる星の動きも見られます。もちろん、観客席はペンライト演出。自ら持ち込んだサイリウムを光らせる人もいる様子でしたが。
 イントロなしのサビから1コーラスという構成は、そこそこの演奏時間でも随分短さを感じてしまいます。曲前のコントが紅白には珍しい?充実ぶりだったので、どちらがメインか分からない状況でした。中島さんの声が若干掠れ気味だったのも、少し気になります。(2分32秒)

(解説)
・基本的に一定の間隔でドラマ主題歌にも起用されていて安定した歌手活動でしたが、耳の病気が悪化したため翌年の秋で一旦活動休止。そのため紅白連続出場はこの年8回でストップします。

・歌手活動は2011年に再開、その後第63回(2012年)に3年ぶり紅白出場もありましたが、以降の紅白は未出演。

・オードリーは2008年のM-1準優勝をキッカケに大ブレイク。当時は優勝したNON STYLEよりもテレビ出演が多い印象でした。キャラの濃い漫才だったので一発屋の懸念も多少ありましたが、その後も現在まで高い人気を保っています。なお土曜日のオールナイトニッポンはこの年放送開始、ラジオ聴取率調査では5年近くずっと1位を取り続けています。




ゆず(5年ぶり3回目/第54回/2002/32~33/神奈川県出身)
「逢いたい」(2009/北川悠仁/北川悠仁/初)
~亡き父に届ける真心のメッセージ~

 去年のツアー中に北川の父が病気で他界して、それを歌にしたのが今回の曲ということ。ツーショットの写真もVTRで流れます。「悠仁、泣かないでー」という女性ファンからのコール。
 曲の出来た背景をこうやって説明してくれるとステージにより説得力が増す、という好例ですね。胸に手を当てて歌う北川悠仁の歌唱に感動した、という人もきっと多いことでしょう。そしてそれは岩沢厚治のハモリがあることでさらに説得力を増したことも忘れてはなりません。歌い終わった後に、審査員の深田恭子が涙で目を赤くして拍手していたのも印象的。(3分5秒)

(解説)
・「逢いたい」はこの紅白でも紹介されたエピソードが印象的ですが、NHKドラマ『ゴーストフレンズ』主題歌でもありました。

・デビュー当時は原則地上波テレビ出演なし、第54回(2003年)で初出場した時点でも貴重なテレビ出演でしたが、この頃辺りから歌番組にも普通に出演するようになりました。北川さんは前年に、フジテレビ系ドラマ『イノセント・ラヴ』の主演まで務めています。

・ちなみにこの年は「虹」という曲を出してますが、コブクロも全く曲の異なる「虹」を同年にリリースしています。「虹」には同名異曲が多数ありますが、同じ年にしかも同じユニット形態のアーティストがそれぞれリリースされた例は他にないような気がします。




アンジェラ・アキ(4年連続4回目/第57回/2005/32/徳島県出身)
「手紙~拝啓、十五の君へ~」(2009/アンジェラ・アキ/アンジェラ・アキ/2年連続2回目)
~全国に広がった心の歌「手紙」!~

 前回のアンジェラ・アキのステージに引き続き、草彅剛がプレゼンターとして登場。春に多くの中学校の卒業式で歌われたそうで、中学生だけでなくその上の世代にも愛されています。卒業式で歌われて涙ぐむシーンと、新宿のうたごえ喫茶で多くの人たちに歌われるシーンがVTRで流れました。阪神大震災の慰霊式で歌われた映像も流れます。
 今回は200人くらいはいるであろう大合唱団がバックにいます。内訳は若い人だけでなく、それこそ老若男女が揃う幅広い顔ぶれ。広い世代に愛されているこの曲にはピッタリの演出でした。前回のMr.Children「GIFT」でも様々な人々が合唱に加わるシーンがありましたが、発想はそれに近い部分もありそうです。
 前回は1番を草彅さんが朗読して2番から歌う構成でしたが、今回は朗読抜きで2番から入る構成。どちらにしても1番の歌唱ではないようです。バックには、直筆の歌詞が表示される映像演出。(3分39秒)

(解説)
・大人数の合唱団が登場するステージはこれまでの紅白でもありましたが、カジュアルな服装で老若男女もバラバラで一緒に歌うステージはなかったような気がします。これまでの紅白では見られなかった新しい演出でした。

・歌詞が大きな映像に表示されるステージはここ2回の紅白でもありましたが、装飾やアニメーション無しのシンプルな形もまたこの紅白が初のことでした。

・ちなみにこの年は「虹」という曲を出してますが、コブクロも全く曲の異なる「虹」を同年にリリースしています。「虹」には同名異曲が多数ありますが、同じ年にしかも同じユニット形態のアーティストがそれぞれリリースされた例は他にないような気がします。




布施 明(7年連続25回目/第18回/1965/62/東京都出身)
「MY WAY」(1972/Lucien Marie Antoine, Thibaut & Paul Anka/Claude Francois & Jacques Revaux/5年ぶり3回目)
~ラスト紅白!万感の「MY WAY」!~

 ゲスト審査員の森光子が、堺正章の手に引かれて登場。この2人が一緒になるのは森さんがお風呂屋を経営していて、マチャアキがそこのボイラーマンをやってた時以来だそうです。つまり『時間ですよ』の時の話。
 布施明の曲紹介ということで森さんからのメッセージ。「たくさん歌って頂きたいと思います」。そこでマチャアキが先日発表された布施さんの紅白卒業について説明。「そうかもしれませんが、他にも色々やり方がありますでしょ」と森さん。とりあえずここは「布施さんには一生元気に歌って頂きたいと思います」と何とかマチャアキがまとめました。そしてそのまま「万感の思いを込めて歌っていただきましょう」と曲紹介。
 2日前のリハーサルで今回限りで紅白から一旦身を引くと宣言した布施明。初めてこの曲をレコーディングした時は25歳でしたが、いつのまにかもう62歳にまで到達しました。これからの若い歌手のために出場枠を開放したい、事務所の制止を振り切っての判断だったそうで、その声明には歌に対する想いが満ち溢れていました。
 万感の思いで今回披露された「MY WAY」はこれまでの人生を去来しつつ、そしてこれからも歌い手としての人生を前向きに進んでいく、今回の声明はこの曲の歌詞と完全にリンクしています。彼の類稀なる歌唱力は勿論のこと、今回はその気持ちも歌声に秘められていました。それは62歳になった今だからこそ余計に説得力が生まれています。本当に感動しました。年齢的に考えても今回が最後の紅白になる可能性も高いですが、もし機会があればあと1回だけ紅白に顔を見せてほしい、そういうことも感じさせたステージです。(3分20秒)

(解説)
・原曲がフランスで発表されたのは1967年、フランク・シナトラが英語詞で歌って世界のスタンダード・ナンバーになったのが1969年。布施さんが新たな日本語詞でレコードにしたのは1972年。その年の第23回紅白では、白組トリ前の曲順で歌われています。ちなみに堺さんはその年歌手として2回目の出場ながら、白組応援団長を務めていました。

・楽曲は布施さんによって計3回、第39回(1988年)には加山雄三が全英語詞で歌っているので紅白では4回披露されています。第55回(2004年)で歌われた際も圧巻のステージで、ここから翌年の『仮面ライダー響鬼』主題歌「少年よ」に繋がったという話もあるほどです。

・曲紹介は『時間ですよ』コンビが担当。TBS系列で放送されたホームドラマで、1970年代前半に大人気を博しました。「水色の恋」「赤い風船」「街の灯り」「昭和枯れすゝき」など、この作品から生まれたヒット曲も数多いです。

・西田敏行・武田鉄矢とともにこの年スペシャルプレゼンターを務めた堺さんは後半このシーンからの出演。この時期は既に大晦日の放送ではなくなっていましたが、1996年から2011年まで日本レコード大賞の総合司会を務めていました。現在そのポジションは、安住紳一郎アナが引き継いでいます。




小林幸子(31年連続31回目/第30回/1964/56/新潟県出身)
「万葉恋歌 あぁ、君待つと」(2009/「万葉集」より、新井 満/新井 満/初)
~史上最大!今年は「メガ幸子」!~

 堺正章西田敏行武田鉄矢。歴代の白組司会者がステージ脇に勢ぞろい。誰が一番偉いんですかとの中居正広の問いから掛け合いが始まります。面白かったのでそのやり取りを全て掲載します。

中居「誰が一番この中で偉いんですか?」
武田「それは…(笑)」
西田「偉いと言えばね、堺さんは孫悟空だったしねぇ。」
堺「で、この人、豚ですから」
西田「猪八戒。ちょっと落ちますけど。この人(武田)何なんだろうねぇ」
堺「妖怪ですよ」
西田「妖怪だ(笑)」
武田「妖怪とは何なんですか、大晦日の夜に…」
中居「3人は仲良いんですか?」
堺「(即答で)仲悪いですよ」
西田「特にね、この人(堺)とこの人(武田)とっても仲悪い」
堺「だってグループサウンズとフォークですから」
武田「もうお父さんの自慢ばっかりですよ、こちらの方は!」
西田「私は新劇ですから」
中居「でもやっぱり司会にね、色んな思い出あると思いますけど…」せんとくん登場に会場ざわつく)
堺「もうああいうのが出てきたら負けですよ我々は」
仲間「平城遷都1300年ということでせんとくんが応援に駆けつけてくださったんです。そして万葉集も1250年ということで、小林さんが歌われる歌はですね、万葉集の中から恋の歌を選んで曲をつけたものなんだそうです。楽しみですね。皆さんが司会をされていた時、小林さんの衣装ってどうでしたか?」
武田「僕はね40回だったんですけど、小林さんが衣装からセットになっちゃったっていうね。」
中居「革命期ですね」
堺「そうそうそうそう、見覚えありますよ、小林さんがどこにいるかわかんないんですから」
西田「顔探しちゃいましたね」

 曲は万葉集で書かれた歌をそのまま歌詞に乗せた美しい作品なんですが、よりにもよって今回のテーマはメガ幸子。総重量3トンとも言われるセットで、そのセットの手のひらの上で彼女が歌うというアイデアは、おそらく東大寺の大仏から生まれた発想ではないかと推測されますが、なんともはや。どことなくメガ幸子が聖武天皇に見えてきました(超無理やりな発想)。そりゃ司会者の皆さんも「ありがたい」と拝むしか術はありません。凄かったです。この人にはもう死ぬまで紅白ではこの路線を貫いてほしいと思います。(2分57秒)

(解説)
・堺さんが西田さんを豚呼ばわりしているくだりはもちろん、1978年に放送されたドラマ『西遊記』の役柄によるもの。一方武田さんは映画『幸福の黄色いハンカチ』で俳優として評価され始めた頃、1979年の『3年B組金八先生』とその主題歌「贈る言葉」でブレイク後の低迷期を脱出します。

・せんとくんは奈良県の公式マスコットキャラクター。当初は独特のキャラデザインがかわいくないと不評でしたが、いつの間にか人気者になりました。ちなみに紅白歌合戦で初めて登場したゆるキャラでもあります。くまモンやふなっしーよりも前に、こうやって紅白に出場しているわけです。

・幸子さんは平成以降どんどん衣装がエスカレートしていますが、武田さんが司会をしていた時はまだ自力で歩行できました。西田さん司会時点でもまだ遠目から顔は判別できました。本格的にセットと化したのは第43回(1992年)以降で、第44回(1993年)に至っては本当に遠目から見るとどこに顔が分からない状況。当時白組司会のマチャアキはステージ後、「どこにいたか分かりましたか?」「楽屋で歌ってたのかもしれません」と盛大にツッコミを入れまくっていました。




福山雅治(16年ぶり2回目/第44回/1990/40/長崎県出身)
「はつ恋」(2009/福山雅治/福山雅治/初)
~龍馬ゆかりの長崎から届ける「歌の力」~

 1月3日開始の『龍馬伝』の宣伝映像の後に、龍馬の母親役の草刈民代がステージ脇に登場。武田鉄矢もやはりそのまま残っています。非常にスラッとしたスタイルで、身長は鉄矢さんや両司会よりも高いです。中継に入り、グラバー園についてまたまた武田さんが説明。明らかに武田鉄矢は歴代司会というより、坂本龍馬の説明のために紅白に来たような状況です。現代劇との違いについて当初土佐弁に戸惑ったと話した後にスタンバイ。その間草刈さんともトーク、「声が魅力的、歌手としても役者としても素敵なアーティスト」と話します。
 黄緑色のレーザー光線、白い雪や地面の電飾の特殊効果、グラバー園から見える綺麗な夜景、そして何より福山雅治の甘い歌声で聴かせるバラード。非常に幻想的なステージで、思わず見ていて、あるいは聴いていて酔いしれてしまいそうなステージでした。そういえば前半で雪が時々チラついているというリポートがありました。となるとこれに関しては人工ではなく、自然が起こしてくれた演出と考えて良さそうです。間違いなく今回の紅白の名場面の一つ。今はただ紅白に出場してくれてありがとう、と言いたい気分です。(3分13秒)

(解説)
・その後第70回(2019年)まで連続で中継出演しますが、この年に限ってはパシフィコ横浜ではなく長崎グラバー園からの中継出演でした。このスポットは個人的にも一度足を運んだことがありますが、生で見ると本当に美しい夜景でした。

・『龍馬伝』で武田鉄矢は勝海舟役、草刈民代は実母・坂本幸役を務めました。幸は1話で亡くなってしまうのですが、草刈さんはその後に寺田屋の登勢役で再登場することが発表されます。また長崎ロケは大晦日時点で敢行されていませんでしたが、7月18日放送分以降は長崎が舞台。当然そこでは現地ロケも行われています。

・現地からのリポーターを務めた久保田祐佳アナは、前年12月から『ブラタモリ』のアシスタントでお馴染み。リポーターやウラトークちゃんねるの進行などで紅白には計6回出演、これは司会未経験者のNHKアナウンサー紅白最多出演回数になっています。