倖田來未(5年連続5回目/第56回/2000/27/京都府出身)
「2009紅白 KODA SPECIAL」
 「Lick me」(2009/Kumi Koda/YOO/初)
 「It’s all Love!」(2009/Kumi Koda & misono/Kenichi Maeyamada/初)
~今夜はmisonoと倖田姉妹スペシャル!~

 上段と下段の間にもう一段狭いステージセットを設けて、まずは4人の女性ダンサーとともに一人で「Lick me」を歌います。挨拶代わりに1コーラス披露した後に「It’s all Love!」。舞台上手側から登場したmisonoが黒いドレス姿で登場。
 姉が白、妹が黒の衣装で決めています。両方ともスカートの丈は短めですね。髪の色は共通ですが、姉が後ろでまとめたショートヘアーなのに対して妹はロングヘアー。コントラストが強調されています。
 姉妹の息のあったかけ合いが見事なステージでした。前後が極めてインパクトの強いステージだったので埋没する危険性もありましたが、一定の存在感は十二分に示せたのではないかと思います。(2分39秒)

(解説)
・倖田來未は2000年12月に、misonoはday after tomorrowのボーカルとして2002年8月にデビュー。双方とも最初の大ヒットは2003年(「real Emotion」と「Starry Heaven」)、ただテレビに多く露出したのは妹の方が先でした。「real Emotion」当時姉のテレビ出演は抑えられていて、本格的な出演は2005年以降になります。

・day after tomorrowは2005年に活動休止、その後misonoはソロ活動を展開しますが泣かず飛ばず。バラエティ番組に活路を求める形で、ヘキサゴンの出演でようやくタレントとして軌道に乗る形になります。もっとも前年羞恥心 with Paboのステージにヘキサゴンファミリーとしては登場せず。そこはやはり一歌手としてのプライドがあった、ということでしょうか。

・姉の助演という形ですがmisonoはこれが念願の紅白出場。その後トリ~エンディングにバッチリ登場して目立っていたのは、バラエティタレントの性と言えるのかもしれません。近年は見る機会が当時と比べてめっきり減りましたが、アメブロにもある通りタレント活動はしっかり継続中。

・「It’s all Love!」を作曲したのはヒャダインこと前山田健一。ヒャダインこと、とは書きましたが当時はまだヒャダインであることを公表していません。まだ知名度が高くなかった頃、ももいろクローバーのメジャーデビュー曲「行くぜっ!怪盗少女」を提供するのは翌年という段階でした。姉妹共演のキーワードの裏には、前山田さんにとって初めてのJ-POP界におけるヒット作という重要な要素が存在しています。





嵐(初出場/第60回/1999/26~29)
「嵐×紅白 スペシャルメドレー」
 「A・RA・SHI」(1999/J&T/馬飼野康二/初)
 「Love so sweet」(2007/SPIN/youth case/初)
 「Happiness」(2007/Wonderland/岡田実音/初)
 「Believe」(2009/100+、櫻井 翔/100+/初)
~10周年×初出場!今夜はスペシャルメドレー!~

 グループのあらましをVTRを交えて紹介します。インストで流れるバックのBGMは「感謝カンゲキ雨嵐」。活動初期から定番の人気曲です。
 「ARASHI」の文字が描かれたディスプレイが開いていよいよ5人が登場。まずはデビュー曲の「A・RA・SHI」。サクラップの後にマツジュンが「We Are ARASHI!」と叫び、一気に会場の空気を掌握します。
 5人の衣装はショッキングピンク。2年前のヒット曲、ドラマの主題歌で大ヒットした「Love so sweet」が続きます。
 「紅白歌合戦、超楽しいーー!」と二宮和也のマイクパフォーマンスも絶好調。「 Happiness」ではマツジュンがステージから降りて、森光子や西田敏行や阿部寛と拍手、原監督とはシーズン中でも見られたグータッチのパフォーマンス。大野くんは上手に移動、ニノは下手に回って白組司会の中居正広と握手します。
 盛り上がりが最高潮に達してステージにはドライアイスの嵐。その中で白い衣装に早替わり、火薬演出も起こります。メドレーのラストは2009年CDシングルセールスNo.1の「Believe」。10年間待った甲斐があったと断言して良い、堂々のステージでした。(5分8秒)

 歌い終わって先輩の中居さんが大喜び。そのままステージ脇に彼らを迎えます。ゲスト審査員の深田恭子「大野さん以外の方とはドラマや映画で共演させて頂いているのですが、こういう歌ったり踊ったりする姿は初めて見たので本当に素敵でした、感動しました」とコメント。各々のメンバーが言う通り、緊張の中でも本当にこの紅白と言うステージを楽しんでいたように見えました。本来なら11回目の出演になるはずなので初出場とは思えないのは当然ですが、それを抜きにしても素晴らしいステージだったように思います。「嵐、紅白ありがとうーー!」という男性の観客の声が全てを表していたのかもしれません。
 来年の抱負など色々話している間に、スタッフからオッケーの声。「いま嵐が喋っているでしょ、なにがOKだよー。えっ?誰?永ちゃん?」

(解説)
・この年12月までにリリースされたシングルは28作。前年までジャニーズを2枠に制限していた中で、それが解禁されたのは非常に大きなニュースでした。嵐は2007年の「Love so sweet」以降特に活躍が目覚ましく、前年の「truth」とこの年の「Believe」はオリコン年間1位のセールスを記録しています。

・1999年以降の代表曲を1年ごとに挙げると「A・RA・SHI」「感謝カンゲキ雨嵐」「時代」「a Day in Our Life」「ハダシの未来」「Hero」「WISH」「きっと大丈夫」「Love so sweet」「One Love」といったところでしょうか。後年メドレーで組み込まれた楽曲もありますが、紅白で歌われなかった大ヒット曲は特にこの期間で数多く存在しています。

・「Happiness」はメンバーが4箇所(ステージ下・中央・右通路・左通路)に分かれて歌っていますが、これだけ広くステージを使うのは紅白史上初でした。以降SMAPのステージで、こういった演出はよく見られるようになります。





矢沢永吉(初出演/第60回/1975/60)
 「時間よ止まれ」(1978/山川啓介/矢沢永吉/初)
 「コバルトの空」(2009/せきけんじ/矢沢永吉/初)

 VTRにはNHKホールの通路を歩く永ちゃん、まぎれもなくあの矢沢永吉の姿。かつて何度もNHKがアプローチしたものの紅白出場を承諾しなかったあの永ちゃんです。スタッフの拍手の列を、時折カメラにガッツポーズしながら進みます。ひと呼吸置いて向かう先は、NHKホールで行われている紅白歌合戦のステージ。コード付きのマイクがスタッフから渡され、姿が見えた瞬間会場から大きな拍手が発生。矢沢永吉がNHK紅白歌合戦の舞台に降り立つ瞬間が、舞台裏からガッツリ中継されています。
 演奏された楽曲のイントロは1978年の大ヒット曲、「時間よ止まれ」。ステージにはツアーバンド勢揃い、当然のように生演奏です。ギターやベースだけでなく、弦楽器隊には指揮者までついています。メガネを掛けた姿は服部隆之氏、これまでの紅白でもタクトを振っていますが、こちらも紛れもなく大物。
 ♪罪なやつさ Ah PACIFIC、そこで歌っているのは間違いなく矢沢永吉。もうそこにいるだけで絵になります。♪まぶた閉じよう…。テロップと歌詞が食い違っています。どうやら冒頭から歌詞を間違えた模様です。ただそれが生放送、それが紅白という舞台であることもまた確か。
 2コーラス目も早い段階で歌詞間違い、以降歌詞テロップは全く表示されなくなりました。ですが、それが表示されないことによってかえってライブ感が増したような気もします。ライブではビジョンに歌詞が表示されることもあるものの、基本的にはステージと観客席が向き合って対峙していて、大事なのは歌詞を正確に歌うことよりもあくまで歌い手のパフォーマンス。もしかすると、テロップを出した人のその場での英断だったのかもしれません。そうだとしたらそのスタッフに拍手を贈りたいです。
 もう1曲は2009年に発表された「コバルトの空」。誰しもが知っている曲とは言えないものの、そんなことはもはや関係ありません。彼のパフォーマンスにひたすら見入る、あるいは盛り上がる。テレビで見ていた人はほぼ全員画面に釘付けになったはずです。もはや素晴らしいとかそんな月並みな言葉で表現することは出来ません。神です。(4分37秒)

 歌唱後には中居さんと、以下のやり取りがありました。
中居「どうもご無沙汰しております、ご無沙汰しております(興奮気味に)」
矢沢「いやー、どうも」
中居「なんでこんなような形でステージに来てくださったんですか?」
矢沢「…今日、60回でしょ?」
中居「紅白歌合戦60回です」
矢沢「この区切りのいい時に、本当に、出れて幸せです」
(会場、大拍手)
中居「矢沢さんも、今年で還暦を迎えたとお伺いしましたが、同い年なんですね」
矢沢「いやもうね、60回と聞いた時にああ、生まれた時にスタートしたんだなと思いましたね」
中居「ええ、紅白と同い年ですから。でも貫禄のステージでございました。また懲りずに紅白歌合戦、また来年出てください」
矢沢「ありがとうございます」
中居「はい、どうもありがとうございました、矢沢永吉さんでした、ありがとうございました!」

(解説)
・この年の矢沢永吉はレコード会社をインディーズの「GARURU RECORDS」に移して活動。夏フェス出演(ロッキン3日目のトップバッター)、初の無料インストアライブなど、再デビューと称して新しい試みに次々に果敢に挑戦してきた1年でした。この紅白歌合戦の出演も、もしかするとその一環だったのかもしれません。

・「時間よ止まれ」は1978年に資生堂のCMソングとして大ヒット。前年ロックシンガー初の日本武道館単独公演を実現した次の年のことでした。以降長期にわたってライブアーティストとして君臨、武道館単独公演回数142回は歴代1位の記録です。

・翌年のツアーMCでこの紅白について言及していて、オフィシャルYoutubeでも聴くことが出来ます。当日はスタッフ数人しか知らないサプライズでリハ無し、ホールの裏口からステージに直行、NHKホールが狭いなぁと思った瞬間に歌詞が飛んだ、ということを話しています。

・また2010年3月10日はSONGSでこのステージが再放送されています。服部さんをはじめとする演奏メンバーはノンクレジットでしたが、SONGSの公式アーカイブスであらためて公開されています。服部氏は第55回(2004年)、第56回(2005年)以来4年ぶり3回目の出演でした。




コブクロ(5年連続5回目/第56回/1999/32)
「STAY」(2009/小渕健太郎/小渕健太郎/初)
~熱唱!貫禄のデュオ~

 矢沢さんが去ってもステージの余韻は思いっきり残っています。「話聞いている場合じゃなかったわ」と嵐に謝る中居さん。仲間さんも「知らなかった」ということですが、一応スポーツ新聞では前日に矢沢永吉特別出演か?というすっぱ抜きはありました。このタイミングで審査員席の原辰徳監督にコメントを求めます。「嬉しいですね。来季に対して英気とパワーを頂きました。矢沢さんは私の大先輩なんですが、おこがましいですが、格好がいいです!」とのこと。
 さて続いてはコブクロです。前回もヘキサゴンのステージの直後ということでなかなかやりにくい状況でしたが、今回はそれとは比較になりません。「災難」という二文字が真っ先に思い浮かびました。と言いつつもやはり終盤ということで、1コーラスポッキリということは決してなく2コーラスじっくり歌い切って、コブクロらしいステージをしっかり作り上げていました。2人のハーモニーは相変わらず健在です。
 かつては紅白出場20回以上のベテラン演歌歌手が出てくると紅白も終盤だな、と感じたものですが、今はこの2人がしっかりその役割を担っていますね。今回の曲は大ヒットというわけではなかったのですが、次に「桜」「蕾」ばりの大ヒット曲=名曲が生まれたらトリを務める可能性も結構高いかもしれません。(4分12秒)

(解説)
・「STAY」はTBSで放送されたドラマ『官僚たちの夏』主題歌。大ヒットではない、とは書きましたがこれはあくまでも「蕾」「桜」辺りとの比較。CD売上はオリコン年間69位、十分なヒットを記録しています。ただアルバム先行シングルということもあって、同年においては3ヶ月前発売の「虹」の方が売れてはいました。

・コブクロはこの年の時点で5回目ですが、初出場を除き全て後半の遅い曲順でのステージでした。演奏時間4分超、曲順を見ても当時は非常に大切に扱われていたことが分かります。直前のステージが永ちゃんというのは災難とこれまた書きましたが、それだけ彼らを制作側も信頼していたという証でもあります。もっとも2011年の活動休止以後、扱いが少し軽くなった印象もありましたが…。

 

和田アキ子(24年連続33回目/第21回/1968/59/大阪府出身)
「もう一度ふたりで歌いたい」(1986/阿久 悠/森田公一/9年ぶり4回目)
~来年還暦!紅組最多出場!~

 審査員席の阿部寛にコメント。「同じ時間を過ごしているここにいる皆さん、そして日本の皆さんと帯同していることがすごく幸せです」と話します。歴代司会者でもあると紹介されるアッコさんは、中居さんが初めて紅白の司会を務めた時に一緒だったコンビ。当時は色々なことを教えられた、歌をすごく大事にするということを感じましたと話します。
 彼女の後ろに大人数のバックコーラス、というステージは何度もありますが、彼女を一番後ろに配置してその前に大人数のバックコーラス、というのは初めて見るフォーメーション。コーラス隊はざっと100人くらいでしょうか。途中からは全員赤い布を持ってパフォーマンス、思わぬ展開を見せました。
 アッコさんは圧倒的な声量で押すイメージが強いですが、今回はいつも以上に歌詞を伝えることを重視したような歌い方。それでいてコーラスに負けていることを全く感じさせない圧倒的な声量。還暦目前という年齢も含めると、やっぱりこの人は凄いんだな、とあらためて思わせるステージでした。
 自身のラジオでの発言が物議を醸していますが、「日本人の出場歌手から目玉を作れないものか」という発言はそれだけ紅白に対する思い入れが深いということを感じさせるので、個人的には特に問題ないと思います。ラジオとマスコミ向けではある程度発言を使い分けているように思うのでスーザン・ボイル云々についてもそんなに気にすることではないはず(ただ発言には気をつけた方がいいんじゃないかとは思いますが)。ただ内心そう思ってたとしても、「今年は白組が勝つと思う」とだけは言ってほしくなかったですね。他の人が言うならともかく、この人は仮にも紅組の最多出場者ですからね。ただでさえ紅組が勝つ雰囲気が薄いのに、その発言によってさらにそれが増長され、全体がそういう雰囲気になってしまいかねないので…。
 布施明が今回限りで辞退を表明しましたが、歌のジャンル的に彼と一番重なるのは紅組だと間違いなくこの人。そうなると次回の出場はどうなるのでしょう。ステージに関してはまだまだ魅せる物があるようには思いますが発言的には…。(4分1秒)

(解説)
・「もう一度ふたりで歌いたい」は紅白で計4回歌われている楽曲で、作詞作曲は「あの鐘を鳴らすのはあなた」と同コンビ。実を言うとオリコンでは数字が全く計上されていないほどヒットしていない曲ですが、1986年の発売当時から広く知れ渡っている楽曲でもあります。TBSで『アッコにおまかせ!』が放送開始されたのは1985年10月、8年ぶりの紅白復帰を果たした際に歌った曲でもありました。

・既にこの時期、アッコさんが番組で何か言えば記事になるのはいつものことで、年末は特にほぼ毎年紅白について苦言を呈していた印象があります。歌手としての評価は本来もっと高く、少なくとも歌手仲間からは相当なリスペクトをされている存在ですが、その「芸能界のご意見番」的ポジションが一般層から見たイメージを下げてしまっているような印象もあります。

・歌手の前にコーラス隊を置くフォーメーションは、その後の紅白でも登場していません。声量が極めて大きいアッコさんだからこそ実現したステージであることは間違い無さそうです。





氷川きよし(10年連続10回目/第51回/2000/32/福岡県出身)
「ときめきのルンバ」(2009/水木れいじ/水森英夫/初)
~「ルンバ」で飾る10周年!~
振付:夏まゆみ 踊り:FUN-KEY HEARTS

 氷川さんの原点は高校生の頃。演歌を聴いて涙したお年寄りを見て歌手になろうと決意しましたと話します。白組でも舞台下手側の登場が続いていますが、このステージは上手側から曲紹介。
 赤い薔薇をつけたスパンコールの衣装に帽子を被り、イントロでは1回転して踊ります。なんと軽い身のこなし。ダンサーの華麗な踊りもこのステージに花を添えています。「愛してルンバ」の後における観客席からの合いの手は非常に大きく、放送にもしっかりその声が乗っています。青春時代に西郷輝彦や三田明のファンだったご婦人方のほとんどが、彼の虜になってしまったのではないでしょうか。御姿だけでなく歌唱力も本当に抜群、最後のロングトーンはもうお見事!という言葉しか出ないステージでした。(2分56秒)

(解説)
・「ときめきのルンバ」「虹色のバイヨン」「情熱のマリアッチ」、この年から3年連続夏に発売された3曲は”異国歌謡3部作”。紅白でもこの3曲が連続して歌われています。上にも書いた通り、イメージはやはり1960年代の青春歌謡。西郷輝彦や三田明、橋幸夫に舟木一夫辺りが瞬時に思い浮かびます。

・ハロプロやAKB48の振付として名高い夏まゆみも、紅白ではお馴染みの振付師。この時期の氷川さんは南流石振付のダンサーが多かったのですが、この年に関してだけは例外でした。

 

石川さゆり(26年連続32回目/第28回/1973/51/熊本県出身)
「津軽海峡・冬景色」(1977/阿久 悠/三木たかし/2年ぶり6回目)
~これぞ名曲「津軽海峡・冬景色」~

 曲名どおり、冬の冷たい海を連想させる着物で堂々の歌唱。2年前のトリのステージには及びませんが、さすがの歌唱でした。相変わらずの名曲です。一言くらい亡くなった三木たかし先生に触れてもいいんじゃないかとも思いましたが、曲紹介も時間なさそうだったので仕方のないことなのかもしれません。(3分16秒)

(解説)
・氷川さんのステージが終わってから、この曲のイントロが流れるまでの時間は約10秒。その間にダンサー全て退場させる舞台上の動きは、テレビで映ってはいませんが相当な神業だったと推察できます。ちなみにこの回の「津軽海峡・冬景色」はセットに関して言うと全く装飾無しのシンプルなものでした。

・「津軽海峡・冬景色」はその後も奇数年の紅白で毎年歌われていますが、いずれも何かしらの大きな演出が入ってます。この時のように紙吹雪程度で編曲に大きなアレンジも無く歌うのは、実を言うと「天城越え」も含めてこの年が最後だったりします。