紅白歌合戦・都はるみの軌跡~ステージ編(1989~1997)~

第40回(1989年)「アンコ椿は恋の花」

作詞:星野哲郎 作曲:市川昭介
前歌手:三波春夫藤山一郎
後歌手:(ニュース)、(オープニング)、武田鉄矢
曲紹介:松平定知(総合司会)

 「さて、再び大晦日のNHKホールでございます。7時20分からお伝えして参りました紅白歌合戦の第1部、様々な歌を通して昭和の戦後史を辿ってまいりました。美空ひばりさんがいました沢山の歌がありました。その歌にそれぞれの想いが重なり合いました。しかし皆さん、ここでこの番組を終わるわけにはいきません。」

 「私どもは皆さんとご一緒に、この第1部の最後のステージにこの方をお迎えしたいと思います。5年ぶりです。そして今日のこの日だけのためのステージでございます。お待たせを致しました。都はるみさん、「アンコ椿は恋の花」!」

 5年ぶりのステージとして選んだのも引退時と同様NHK紅白歌合戦、「アンコ椿は恋の花」と「夫婦坂」は作詞も作曲も同じ星野哲郎・市川昭介コンビ。「アンコ椿は恋の花」はデビュー初期の曲ですが、紅白歌合戦の本編ステージで歌われるのは意外にもこの時が初めてでした(前回の記事で書いたように本番終了後のアンコールで歌った事例はあります)。

 曲紹介が終わるや否や大拍手、せり上がりで登場するはるみさんにはお馴染みの”ミヤコ!”コールも巻き起こります。あまりに久々のステージなので多少表情は硬めですが、歌い始めると往年と何ら変わりありません。声量・コブシを自由自在に操る歌唱法・体をふんだんに使うアクション・左手でマイクを斜めに持つ角度など全てそのままでした。一つ変化があるとすれば、ステージでじっと歌いことが多かったはるみさんが左右に動くようになったことかもしれません。アップ中心のカメラワークは、2番になると本人同様動きも大きくなっています。

 間奏で巻き起こる大きな拍手、指で少し涙を拭く場面も見られます。その種類は全く異なりますが、詰まらず完璧に歌いこなすのもまた5年前と同様でした。堂々のフルコーラス、歌い切った瞬間はこの上なく清々しい表情を見せています。

 「どうもありがとうございました。どうもありがとうございます。手、震えてらっしゃる?」「(笑いながら)震えました」「どうもありがとうございました。都はるみさん、どうぞもう一度拍手をお願い致します」。紅白歌合戦史上初の第1部・「昭和の紅白」を締めくくるにはこれ以上ないほど盛り上がったステージでした。

 なお特別出演に近い扱いのため、ステージ以外の出番はありません。そもそも歌うこと自体今回限りという話でしたが、翌年に活動復帰を発表。そのまま紅白歌合戦にも出場を続ける形となります。

第41回(1990年)「千年の古都」

ステージ

作詞:吉岡 治 作曲:弦 哲也
前歌手:石川さゆり、谷村新司
後歌手:森 進一、(エンディング)
曲紹介:三田佳子(紅組司会)

 シングル「小樽運河」で歌手復帰、そのままカップリング曲「千年の古都」で6年ぶり紅組トリのステージでした。シングル表題曲ではない、いわゆるB面曲がトリで歌われた例はこの曲以外ありません。わざわざカップリング曲を選んだ理由を挙げるとしたら、やはり出身地の京都が舞台・スケールの大きい楽曲である点ではないかと思われます。最近はCDシングルではない配信曲のトリもあるので、やや意味を成さない指標になりつつありますが…。

 「時が過ぎても変わらないもの、それはお母さんの愛と、全てを包み込む夜の星。21世紀の夜空には、いっぱいの星が輝いていますように。「千年の古都」、都はるみさんです」。紅組司会の三田さんが、丁寧に気持ちを込めて曲を紹介します。

 紅組歌手全員が集まる舞台袖からゆっくりと登場。イントロは短く、すぐに歌パートに入ります。いわゆる唸る歌唱が持ち味のはるみさんですが、この曲は演歌というよりもバラードと言った方が相応しい雄大なメロディーです。声の伸ばしに揺らぎはありつつも、ゆったりと美しい旋律に乗せて歌う姿は新境地と言えるものでした。

 衣装は往年と同様着物姿ですが、そういえばメイクもやや濃いめのアイシャドウが明らかに薄くなっています。楽曲の企画・原案ははるみさん本人。セルフプロデュース作品が紅白歌合戦で披露されるのも、22回目の出場にして初でした。

応援など

 この年は現役の歌手として復帰、オープニングにも顔を見せます。ステージ後ろ階段からの入場は、一番最後に黄色い着物姿での登場でした。

 その次の登場は、海外から招待されたティム・コールのマジックショー。公園通りの中継にいたはずの森口博子がマジックで登場して駆けつけた際、見物客として他の紅組歌手と一緒に映っています。

 B.B.クイーンズ「おどるポンポコリン」の応援演出にも参加。個性の強い近藤房之助の隣で手拍子する姿が映っています。昭和と違い、こちらの衣装はドレスでなく白い生地の着物姿でした。ただ海外からの中継が非常に多く応援合戦も存在しないこの年の紅白、歌以外の出番は放送時間の割に多くありません。

第42回(1991年)「王将一代 小春しぐれ」

ステージ

作詞:吉岡 治 作曲:市川昭介
前歌手:永井真理子、河島英五
後歌手:(全員合唱)、(ニュース)、山本リンダ
曲紹介:浅野ゆう子(紅組司会)

 第1部・前半大トリを担当。「王将一代 小春しぐれ」は1988年、自らプロデュースした新人歌手・大和さくらの持ち歌です。ヒットして賞レースの新人賞を多く受賞しましたが、はるみさんの歌手復帰後プロデュースから離れて以降は低迷。1994年を最後に引退状態となっています。演歌のためJ-POP勢に押されて露出が激減したという説もありますが、同時期に伍代夏子香西かおりなど多くの女性演歌歌手がブレイクしているのであまり当てはまらない気がします。1991年当時大和さくらはまだ引退しておらず、かつてプロデュースした歌手の持ち歌をセルフカバーして紅白で選曲するという背景を考えると、若干しっくり来ない部分もあります。

 とは言えステージはやはり凄まじいものがありました。河島英五がピアノを弾く「時代おくれ」から僅か10秒後、イントロを経てすぐ浪曲パートに入ります。いわゆる”浪曲歌謡篇”の一節、白組だと三波春夫が何回もやっているこういったステージも、紅組では過去に全く見られなかった光景です。

 全身全霊、楽曲中の人物に扮するはるみさんの芝居は鬼気迫る物がありました。「浪花恋しぐれ」で初代桂春団治に寄り添う姿も素晴らしかったですが、坂田三吉の妻を歌うこの曲はそれ以上の入れ込みようです。おそらく本来なら大和さくらが紅白で歌いたかったステージだと思いますが、それまでに培ってきたキャリアを比較すると、この凄さ・これだけの持ち時間はやはりはるみさんでしか不可能だったように思われます。6分12秒の大芝居、これは歴代紅白歌合戦における演歌のステージでもっとも長い演奏時間です。

 はるみさんは第20回でも、紅組では唯一の股旅演歌を披露しました。そして第42回の「王将一代 小春しぐれ」も、紅組では唯一の浪曲歌謡という形になります。中村美律子島津亜矢もこの手の曲は歌っていて、本来ならそのどちらかが歌っていても不思議ではない所ではありますが…。

応援など

 前半は白い着物、後半はやや薄い緑色の生地の着物姿で番組に参加しています。前半ラストの全員合唱「SMILE AGAIN」は青いステージ衣装、2番歌い出しのソロパート担当でした。

第43回(1992年)「つくしんぼ」

ステージ

作詞:水木かおる 作曲:市川昭介
前歌手:大月みやこ、森 進一
後歌手:谷村新司、坂本冬美
曲紹介:石田ひかり(紅組司会)

 平成復帰後の3回は大きな扱いでしたが、この年は終盤立て続けに登場するベテラン演歌歌手の1人という状況で、あまりクローズアップはされていません。「都はるみさんです。今日は沢山のレパートリーの中から、ご自分が一番お好きな歌を聴かせてくださいます。「つくしんぼ」です」。落ち着いた雰囲気の演歌らしい演歌、この年4月にリリースされた新しいシングル表題曲です。例のごとく客席から起こる「ミヤコ!」コール、それに笑顔で反応するはるみさん。

 紫色の生地に金色の花があしらわれた着物姿、大人の雰囲気です。はるみさんが紅白で歌う際は緊張が顔に出ることも多いのですが、この年は他と比べるとかなり余裕のある様子に見えました。

 デビュー以来長年続く市川メロディーですが、「アンコ椿は恋の花」「涙の連絡船」どころか「大阪しぐれ」辺りと比べても、肩に力が入らない素直なメロディー進行に癒されます。結果的にはこれが、都さんの紅白で歌う最後の市川昭介作品になりました。

応援など

 この年は前半に尾上梅幸(7代目)・尾上菊五郎(7代目)・尾上丑之助(現・5代目尾上菊之助)の口上が挟まれます。音羽屋三代による挨拶後、各組の歌手5人も1人ずつ名乗ります。白組歌手5人の挨拶後紅組、はるみさんは紅組1番手ですが、なぜか直前に細川たかし前川清「ほ、ほ、細川たかしでございます」「ま、ま、前川清でございます」とおかしな挨拶。おかげではるみさんもつられて?「み、都はるみでございます~」と少しアクションもつけた豪快な内容になりました。もっとも直後の石川さゆりは何事もなかったかのように普通に挨拶。紅組5番手は女装した吉幾三「わらわの名は吉幾三でござります」とオチをつけてます。

 口上は袴姿ですが、その後は普通に着物姿で登場。前半ラストの全員合唱「TEARS ~大地を濡らして~」は、2番で一節ソロパートが用意されています。

第44回(1993年)「おんなの海峡」

ステージ

作詞:石本美由起 作曲:猪俣公章
前歌手:和田アキ子、谷村新司
後歌手:森 進一、石川さゆり
曲紹介:石田ひかり(紅組司会)

 55歳の若さで亡くなった作曲家・猪俣公章の追悼ステージ、トリ前に対決が組まれます。当時の猪俣氏の弟子といえば坂本冬美ですが、6回目出場で新曲もヒットしている彼女に「あばれ太鼓」「祝い酒」を歌わせるにはまだ早過ぎます。白組は代表曲多数の森進一で即決ですが、紅組で冬美さん以外になると案外少なく、「女のブルース」「京都から博多まで」の藤圭子も海外生活。結果的にははるみさんに、紅白では21年ぶりの「おんなの海峡」を歌ってもらう形になります。

 暗転状態にスポットライトが当たった状態で、舞台下手側から登場します。画面から見て左側の位置で歌唱、”汽車から~”と歌いながら真ん中に向かって走ります。2番も後ろ向きから少しずつ反時計回りした後にダッシュ、21年前とは全く違うステージングを見せる形になりました。

 歌唱はやはり猪俣先生に向けたもので、イントロとアウトロはともに天を仰ぐ目線になっています。ラストは右手の拳を顎に当てて上を見渡すポーズ。2コーラスという短さですが、その分非常に内容の濃いステージでした。

応援など

 全員合唱「山に抱かれて」はソロパート無し、2~3人がそれぞれ分け合う形になっています。はるみさんは過去にデュエットを発表したことのある五木ひろしとの歌唱でした。

 着物はこの年ステージ用1着とそれ以外前半用・後半用で合計3つ用意。もう1着は後半・中間審査で全歌手が集まった場面で確認することが出来ます。

第45回(1994年)「古都逍遥」

ステージ

作詞:たかたかし 作曲:弦 哲也
前歌手:石川さゆり、五木ひろし
後歌手:(エンディング)
曲紹介:上沼恵美子(紅組司会)

 平安遷都1200年、この年の大河ドラマも京都を舞台にした『花の乱』でした(応仁の乱真っ只中なので京が焼け野原になる作品ですが…)。この年発表された「古都逍遥」で、京都出身・さらにデビュー30周年のはるみさんが大トリを飾るのは早くからの既定路線だったと思われます。

 「第45回紅白歌合戦、とうとう最後の曲になりました。京都は今年建都1200年で大変賑わいました。その京都は都はるみさんにとっても故郷であります。1994年歌い納めはやっぱりこの方、都はるみさん「古都逍遥」!」

 曲紹介を担当する上沼さんの横でスタンバイ、曲名が読み上げられた後に歩いて舞台に向かいます。楽曲の発売は4月21日、桜の季節は少し過ぎていますがちょうど春爛漫の頃でした。歌詞も美しい京都の風景を連想させる内容、三拍子のリズムはまるでクラシックのような雰囲気です。

 ピンクの照明に、セットの階段は紫色に照らされています。1番途中からは、長方形に細かく刻まれた銀色の紙吹雪が降り始めます。間奏で大拍手、少し前に出て2コーラス目になると桜吹雪が舞い始めます。終盤ははるみさんの右側から、ちょうど桜をバックに歌う大変美しい光景がカメラに映し出されました。

 2コーラス歌唱、歌い終わったはるみさんは少し涙ぐんでいる様子も見えます。ファンファーレをバックに、目をつぶりながら深々と挨拶。桜吹雪はエンディングに入ってもしばらくの間、舞台上に降り続けます。

 最終審査はボール投げ、僅か1個差という僅差で紅組優勝。エンディングでは目立たない位置にいることが案外多いはるみさんも、この年はさすがに司会者の真後ろで一番よく映る場所にいました。なおはるみさんがトリで歌った年は紅組の4勝1敗、勝率8割は5回以上トリを務めた歌手だとSMAP(白の5勝1敗、.833)に次ぐ高い勝率となっています。

応援など

 第42回以降は1965年初出場のはるみさんが紅組最古参の歌手になりますが、この年1957年初出場の島倉千代子が復帰。前半トリの「人生いろいろ」では、応援する紅組歌手の1人として参加しています。またこの際に横にいたのは「川の流れのように」で5年ぶり出場のキム・ヨンジャ、日本デビュー初期のプロデュースを担当したのははるみさんでした。

第46回(1995年)「草枕」

ステージ

作詞:吉田 旺 作曲:徳久広司
前歌手:石川さゆり、北島三郎
後歌手:森 進一、和田アキ子
曲紹介:上沼恵美子(紅組司会)

 「わたし今日この紅白の司会をしていなかったら、今頃おせち料理を作ってたと思うんですよね。レンコンの皮をむいたり、数の子の塩抜きしたり、黒豆炊いたり、やってたんだと思います。でもこの瞬間絶対に、テレビに釘付けだったと思うんです。小さい時から歌の大好きだった私には、神様のような存在でした。お待ちどうさまでした。都はるみさんです」。イントロ開始後も「さあ、紅組の全てを託します。この瞬間、全国津々浦々はるみちゃん!って声がかかっていることでしょう。この人の歌は絶対です。この人の歌は感動です。紅組必勝の期待を受けて、力のこもった舞台で、大きな花が咲きます。都はるみさん「草枕」」とかなり力の入った曲紹介です。歌手を目指していた上沼さんにとってはるみさんは本当に憧れの存在だったようで、各所で各歌手と軽妙なやり取りを見せた彼女にとってもはるみさんに関しては完全に特別でした。アッコさんや幸子さんなどのように番組内で直接やり取りする場面がなかったのも、上沼さんのはるみさんに対するリスペクトの表れだったような気がします。

 楽曲はギターが鳴り響くマイナー調の内容で、演歌の真髄をいくような作品です。カラオケで流行ることを念頭に置いて作られることが多い平成演歌のトレンドとは全くの逆路線で、第33回トリ「涙の連絡船」の相手となった「影を慕いて」に近い雰囲気です。歌唱中に笑顔は全く無く、間奏の表情を見ても歌の世界に没頭していることが容易に分かる熱唱でした。

 ヒットはしませんでしたが、平成の紅白ではあまり見られないタイプのステージは後年から振り返るとおおいに価値のある内容です。紅白歌合戦どころか、近年の演歌でもこういった曲は聴く機会がほとんどなくなっています。売れる売れない以前に、もう曲を作れる人がいないのかもしれません。

応援など

 オープニングは白い着物での出演です。この時期になると各歌手特に演歌勢は変な台本に巻き込まれることも多くなりますが、はるみさんに関してはそういった場面一切無しでした。もしかするとこういった台本に内心では納得できず、これが出場辞退の遠因になったという可能性もあるかもしれません。

第47回(1996年)「好きになった人 ’96」

ステージ

作詞:白鳥朝詠 作曲:市川昭介
前歌手:大月みやこ、森 進一
後歌手:(ニュース)、SMAP、安室奈美恵
曲紹介:松たか子(紅組司会)、森口博子

 『おもいでぽろぽろ』の主題歌で洋楽カバーを歌ったり、大河ドラマ「花の乱」のメロディーに歌詞をつけた曲を歌ったりするなど、平成以降のはるみさんはジャンルに縛られない活動が多くなりました。紅白歌合戦でそれを最も表現したステージが、第47回の1部ラストで披露された「好きになった人 ’96」ではないかと思います。紅白では第19回以来28年ぶり2回目、いや第35回のアンコールでも歌っているので12年ぶり3回目ですが、それらとは大きく異なる内容でした。

 松「紅組前半戦の最後を飾るのは、紅白出場28回目の都はるみさんです」
 森口「はい。都はるみさんが今夜歌うのは「好きになった人」なんですが、今までのイメージと違ってもう、激しくってとにかく格好良いんですよ。皆さん楽しみにしていてくださ~い!」
 松「そうなんですか。それでは紅組も白組に負けないように応援しましょう!都はるみさんのエキサイティングなステージ、「好きになった人 ’96」!」

 衣装こそ黒い生地の着物姿ですが、ベース・ギター・キーボードと4人の生演奏が加わっています。移動量の多いステージは3年前の「おんなの海峡」もそうでしたが、今回はその比ではありません。舞台の端から端まで駆け回り、じっとして歌う場面がほとんど存在しないひたすらテンションの高いステージです。考えれば曲が発表された第19回のステージも固定マイクながら手の動きは非常に大きく、それがハンドマイクでのステージになると…。こうなるのはむしろ必然なのかもしれません。第35回で想定外のアンコールは明らかに納得いかない表情でしたが、もしかするとそのリベンジの意味合いもこのステージにはあったでしょうか。そう考えるとこれは、はるみさんが紅白でやりたい「好きになった人」のステージをまさしく体現した内容だったと言って良さそうです。

 顔をペチンと叩くシーンもあったり、最後の歌唱はついに座り込んでしまったり。生バンド演奏なので、最後はジャンプして締めるという演歌では考えられないような内容になりました。舞台両側に全歌手が集まっているのも、盛り上げにより拍車をかけています。

応援など

 この年はオープニングと前半トリのステージ以外に参加している様子があまりありません。特に後半の「男はつらいよ」全員合唱は1983年の『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』出演経験もあるので外せないはずですが、そこにも姿は見当たりませんでした。

 エンディングも後ろの方で何とか発見出来たという具合で、「蛍の光」にも全然映っていません。ただトリで坂本冬美が「夜桜お七」を歌う場面、もっとも目に見える位置で彼女を応援していたのははるみさんでした。

第48回(1997年)「海峡の宿」

ステージ

作詞:坂口照幸 作曲:南郷 孝
前歌手:坂本冬美、谷村新司
後歌手:細川たかし、石川さゆり
曲紹介:和田アキ子(紅組司会)

 歌唱前に南極観測隊との電話中継。この年初めて女性の隊員が誕生したとのことで、彼女たちと電話でやり取りします。夏なのに2.8℃という話題の後に回線が混乱、向こうの洋服について質問する最中にスタッフからの指示が入り、無理やり締めるという失礼かつグダグダな内容になってしまいました。

 赤地と白い生地を折衷したような着物の衣装です。海峡は夏泊、つまり津軽海峡のことを指すので、バックのセットは針葉樹林をイメージしています。楽曲はいわゆる型通りの本格演歌で、聴き応えのある楽曲ですが、紅白のステージとしてはややありふれた内容でした。なお作詞の坂口さんは2000年代もはるみさんの曲を多く手掛けていますが、残念ながら今年65歳の若さで逝去されています。

応援など

 前半はオープニングからトップバッターの応援に参加、「WHITE BREATH」で白い布を振り回すシーンが映ります。後半も一応『ありがとう1997ショー』には参加していました。

 珍しく見せ場があったのはこの年の紅組司会・和田アキ子の曲紹介。「はい、紅組は我らのアッコちゃんの登場です、はい拍手~!」と盛り上げて森高千里藤あや子にマイクを向け、松たか子に曲紹介を振る役回りを担当します。アッコさんはこの年紅白出場21回目、彼女より出場回数が多くアッコ”ちゃん”と呼べる人物ははるみさんくらいです。

おわりに

 テレビタレントと違う、あくまで「歌手」に徹する姿は昭和~平成の時代でも際立っていました。ここぞという場面では活躍しますが、やはり主戦場は舞台で歌う姿。歴代の紅白歌合戦出演シーンを振り返ると、はるみさんからは特にそれを感じさせる部分が多いです。

 第49回で記念すべき30回目、50代を迎えて初の出場となるところでしたが、出場歌手発表を前に辞退を表明します。川中美幸が「二輪草」で復帰確実、田川寿美も「哀愁港」でヒットしていたため、CD売上がやや低迷していたはるみさんが入れ替わりになるという可能性があるという事情もありました。もっとも第48回の歌手だと岩本公水オーロラ輝子(河合美智子)と入れ替えれば済む話、1987年の三波春夫が会見で話したことと同様、もしかすると番組演出に対する不満もあったかもしれません。実際和田アキ子由紀さおり、あるいは石川さゆりと比べても余興等で出演する場面は少ない印象がありました。

 出場辞退後は2001年に「夕陽坂」をヒットさせますが、そのまま宣言を貫きます。2016年を最後にマスメディアの出演も撤退、現在は東北での暮らしが週刊誌によって報じられています。

 1つずつ振り返ると、29回出場した紅白歌合戦の歴史は非常に波瀾万丈です。1984年の引退劇が象徴的ですが、探っていくと他の紅組歌手がやっていないことを幾度も実現させていることがよく分かります。また、舞台にかける想いは特に引退を経た平成以降相当な物があり、紅白歌合戦のみならず普段のコンサートでもおそらくそうなのだろうと思わせる場面が随所にありました。早いうちに紅白を辞退したのは惜しまれますが、「好きになった人 ’96」を見る限り紅白でやり残したことはもう無いというのが本当のところだったのかもしれません。歌手活動に関しても、もしかすると今となれば同じ気持ちなのでしょうか…。

 

 

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