伍代夏子(5年連続17回目/第41回/1982/49/東京都出身)
「ひとり酒」(1994/たかたかし/水森英夫/16年ぶり2回目)
~病気からの復帰舞台をAKB48が応援~
振付:朱染かれん 踊り:AKB48

(メッセージ)今年は少し病気もしましたが、家族やスタッフの皆さんに支えていただき、笑顔で歌い続けることができました。みんなに感謝!
 松下奈緒の応援に『ゲゲゲの女房』ファミリー、夫役の向井理と両親の大杉漣古手川祐子が登場。「だいぶ緊張しているみたいですけど大丈夫ですか?」と夫の向井さんはちょっと心配そうに声をかけます。「本当の家族のような現場」「向井さんと言うと照れるんですよね」「お父ちゃんと呼んだ方が安心感があります」と松下さんは話します。両親と話している最中に、一瞬娘の気持ちになってしばしの間が出来るハプニングもありましたが、彼女の司会ぶりは古手川さんが話す通り概ね落ち着いていて、なかなかの物であったのではないでしょうか。
 さてステージです。2組続けてAKB48が登場、まずは袴姿の8人が伍代さんの後ろで踊ります。メンバーは左から順番に河西智美柏木由紀渡辺麻友篠田麻里子高橋みなみ小嶋陽菜宮澤佐江峯岸みなみの8人。1コーラス歌ってからの間奏では、くじ引きがあり、満開の桜を引き当てた柏木さんと峯岸さんが一つ前の立ち位置をゲットします。この2人はワンショットもついて、なかなか美味しい役割。
 伍代さんはC型肝炎を克服してのステージになりました。水色の着物を着ての、落ち着いた歌唱です。2コーラスですが16年前の紅白と比較すると、間奏がかなり短くなっているようでした。(2分38秒)

 

(ウラトーク)
 引き続き国分太一がゲストで参加します。ジャニーズ事務所の先輩後輩関係の話から、後輩にあげるお年玉の話。国分さんは無しですがタッキーは頑張って多くいるジュニアの皆さんにあげているそうで。ちなみにリーダーは未だに東山さんにもらっているみたいです。御年40歳ですが、一番最初に並んでいるそうで…。テリーさんや関根さんもドサクサに紛れたら貰えるかなと話している間に、MC経験も豊富な国分さんがステージに話題を移します。
 裏の控室では、同室のポルノグラフィティが発声練習。こういう裏側が見られるのはアーティストで良かったと国分さんが話します。オープニングはリラックスしてスタートしますが、歌前はやはり緊張する、と。応援の出演もあり、中村美律子さんの応援は張り切りすぎたので「すっごく疲れました」と話していました。応援で先に舞台に立てるのは舞台に慣れることも出来る、とも話しています。

 

(解説)
・『ゲゲゲの女房』で向井理はヒロイン布美枝の夫・村井茂、大杉漣は父・源兵衛、古手川祐子は母・ミヤコを演じました。古手川さんは翌年に大河ドラマ『峠の群像』出演を控えた第32回(1981年)に特別審査員として紅白出演経験あり、また1988年~1995年に『ミュージック・フェア』司会を務めたので、女優だけでなく司会としても松下さんの大先輩です。なお松下さんはこの2年前にレコ大、同年夏に思い出のメロディーで司会を務めています。

AKB48の応援参加はこの年から多くなります。伍代さんのステージに関して言うと、3年前初出場時に「舟」のバックダンサーを中川翔子と一緒に務めたことがありました。

・後年の紅白では本番まで誰がどの立ち位置か、何を歌うのかさえも分からない年もありましたが、くじ引きで前に出るメンバーが決まる演出は振り返るとその先駆けという印象もあります。

細川たかし(2年連続34回目/第26回/1975/60/北海道出身)
「浪花節だよ人生は」(1984/藤田まさと/四方章人/4年ぶり4回目)
~日本中に元気を贈るたかし節!AKBも続いて応援~
振付:西田一生 踊り:AKB48

(メッセージ)芸道35年の締めくくり、視聴者の皆様に喜んでいただけます様一生懸命唄(うた)わせていただきます。
 AKB48の61名がノリノリで応援。イントロからメンバーが1列に並んでいます。伍代さんの後ろで踊ってた8名も続けて登場、いつの間にかプリキュアを歌ってた前田敦子他3名も加わります。2番前は派手な紙吹雪放射があった後に「細川さーーん!」のコール、そこからどんどん動きがおかしくなっていき、ラストは全員正座で首を振り回すという訳のわからない踊りに発展しました。これで歌詞を間違えたら大変なことになっていたと思いますが、今回はそんなことありませんでした。いつも以上に満面の笑みで物凄く嬉しそうな表情、最後の挨拶は明らかに観客席ではなくAKB48の方を向いていました。この曲を紅白で歌うのは4回目ですが、いつもと違う感じで非常に面白かったです。(2分20秒)

 

(ウラトーク)
 「細川さん校長先生になってますね」とテリーさん。「これ校歌じゃないですか」「飲めと言われてから始まらないですよ」と関根さんナイスツッコミ。そして「細川さんゴルフ焼けし過ぎだよ!」とテリーさんさらにツッコミを入れます。細川さんについては「ムードメーカー」「お話してくれるのが嬉しいですね」と話しています。サブちゃんからは「元気で何よりです」と言われたようで。
 AKB48も振付を憶えるのが大変そうとステージを見ながら話します。ちなみに先ほどのTOKIOの練習時間は「10分、15分」だったようです。結論を言うと「AKBと細川さん合うじゃん!」「女子校の集合写真」、そして好き放題に言われている細川さんを松本アナが気遣います。

 

(解説)
・「浪花節だよ人生は」はこれ以前3回中2回歌詞を間違えるという事案が発生した曲でした。最終的に6度紅白で歌われましたが、この年以降は一度も歌詞を間違えずに歌っています。その代わりに意味が分からない振付が恒例化するようになりました。振付の西田一生は第64回(2013年)で再び「浪花節だよ人生は」のバックを担当することになります。

・好き放題言われまくっているウラトークですが、この年以降テリーさんは毎年細川さんのステージのたびに「ゴルフ焼けし過ぎ!」とツッコむのが恒例となります。

・AKB48は2ステージ連続してバックダンサーとして出演。複数のステージに応援で登場する例は1970年代の時点で既に見られますが、2ステージ連続は非常に珍しいケースです。

ポルノグラフィティ(6年連続9回目/第51回/1999/36/広島県出身)
「君は100%」(2010/岡野昭仁/岡野昭仁/初)
~J-POP界を支える2人組~

(メッセージ)今年ライブでたくさんの人と素敵な時間を過ごす事ができました。そんな一年を締めくくれるような良い歌が歌えるよう頑張ります
 SMAP草彅剛が登場して地上デジタル放送開始の告知。審査員席の前にマスコットキャラクターの地デジカも登場しますが、なぜかその横に地デジ慎吾(香取慎吾)も登場。裏声を使う香取さんのセリフに「へー、そうなんだ。」と冷たく返す草彅さん、という大変わかりやすいコントでした。
 岡野昭仁はタワー好きで、東京スカイツリーにも注目しているという曲紹介。おかげでイントロで「スカイツリー、楽しみッス!」と今回も絶好調。そのせいかどうか知りませんが、1番サビのラストを思いっきり間違えて「歌詞間違えましたー!すみません!」というオチがついてしまいました。紅白で歌詞を間違えるのは最後の最後で間違えた第56回の「ジョバイロ」の時以来5年ぶり2回目。それを除くと相変わらずのパワフルなステージで、ここまで出て来た若手と比較しても格の違いを見せつけるようなステージでしたが。
 ラストも「今年1年ありがとうございましたー!歌詞間違えてすみませーん!」と爽やかかつ潔い挨拶。今回は横浜アリーナのカウントダウンライブを控えた形での出演でしたが、MCでネタにしていたのはもう間違いないでしょう。紅白でのポルノグラフィティは必ず何かがある、というのは今回も健在でした。次の紅白でもおおいに期待したいです。(2分47秒)

 

(ウラトーク)
 「ここに僕がいてもいいと思うんですけどね」とまだ愚痴っている国分さん。松本アナがここにいる理由は「そういうキャラクター」だからと自分で話していました。アナログ放送終了についてはウラトーク席でもアナウンス、この副音声はデジタル放送のみ対応ですが、早めのデジタルテレビ購入をこちらでも促していました。
 『のど自慢』司会の松本アナは、ポルノを歌う人はみんな歌が上手いと話します。すっかりウラトーク席に馴染んでいる国分さん、「ここにいていいのかなと不安になります」と普通にLEDライトを振りながら楽しんでいます。なお席には喉が枯れないように松本アナ用にチョコレートが置いてあるみたいです。
 「前回テリーさんにすごく楽しかったよと言われて嬉しかった」という、晴一さんのコメントも紹介。「いい年の取り方をしている」と、国分さんも絶賛。もちろんそのコメントの目的は国分さんもそうですよと言ってもらう為で、松本アナがまんまと引っかかりました。

(解説)
・歌詞を間違える場面は過去にも多くありますが、ここまで何度も謝罪するケースはそれこそ第35回(1984年)・第57回(2006年)の細川たかし「浪花節だよ人生は」以来の珍しいケース。しかも再びそれを歌った直後に発生した、というのがまた面白いです。

・冒頭話題にあがった東京スカイツリーは2012年2月29日に完成、5月に観光施設として開業します。ちょうどこの日は紅白終了後の23時45分から45分間、工事用の照明が点灯されました。

・アナログ放送は2011年7月24日正午に完全移行、フジテレビではちょうど27時間テレビの『笑っていいとも!』コーナー内で切り替わる形でした。ただ翌年3月に起こった東日本大震災の影響で、岩手・宮城・福島は2012年3月31日まで延期されました。

西野カナ(初出場/第61回/2008/21/三重県出身)
「Best Friend」(2010/Kana Nishino/GIORGIO CANCEMI/初)
~女の子のカリスマ!ケータイ世代の歌姫~

(メッセージ)本当に夢のようです。当日は応援して下さっている皆様、家族、友達のことを想いながら、心を込めて歌いたいと思います!
 初出場の彼女の衣装は赤いドレス、そして松下さんは白いドレスに着替えました。嵐のメンバーもいつの間にカジュアルな格好に変わっています。初出場の感想を話してから、ステージに入ります。
 バックの照明が全てピンクで統一されています。初出場の若い女性歌手の明るい歌にありがちなダンサーいっぱい、あるいはバンドを従える、ということもなく、ステージに全く何もない状況で歌います。
 キャラクター的には案外どこにでもいそうなルックスで、歌詞も比較的平易な内容で、そこが共感を持てる最大の要因であることは間違いないですが彼女の歌唱力は類稀なものがありまして。このステージでも如何なくそれを発揮していました。非常に美しい声質で、さらに裏声が非常に綺麗なんですね。バックに何もないことで、余計にその声が響いていたように見えました。初出場とは思えない堂々としたステージ、見事です。(2分14秒)

 

(ウラトーク)
 ダウンロード数2000万とウラトーク席で紹介。バラをモチーフにした衣装、松本アナによるとテーマは大人girly。「よく分からなかったですすみません」と思わず本音が出ますが、関根さんが「大人っぽく女の子っぽく両方を入れた…」としっかりフォローします。
 歌い出し1秒で「うまい」と思わず。もちろんこちらでも初出場の時の話題、国分さんも相当緊張してバックとは全然違うと話していました。「無駄に衣装に力を入れちゃって」とも話しています。仕事がなかった頃の苦労話を経て、「12月の31日に舞台に立てるっていう幸せは、これは変わらないですね」「原点は、僕らは歌手なので」と力強い言葉も出てきます。

 

(解説)
・この時期はダウンロード中心に支持を集めた若手女性アーティストが多くいました。LoveJuliet菅原紗由理JASMINEなどが挙げられますが、2010年後半になると完全に西野カナの圧勝というと結果に落ち着きます。「会いたくて 会いたくて」「君って」「if」にこの「Best Friend」、4枚のシングルはいずれも音楽配信で100万以上のダウンロードを記録しています。「会いたくて 会いたくて」の”会いたくて 会いたくて 震える”の歌詞は非常に大きな話題になりましたが、紅白では一度も歌われていません。

・若手J-POPソロ歌手で、ダンサーやバンドセットなど何も用意されていない上に自ら楽器も演奏しない初出場のステージはこの時期かなり珍しいです。一応第58回(2007年)の中川翔子が該当しますが、こちらは早替えなど演出がありました。第56回(2005年)のAI、第55回(2004年)の平原綾香、第53回(2002年)の中島美嘉辺りまで遡るとチラホラ出てきますが…。後年だと第69回(2018年)のDAOKOでようやくといったところで(しかも派手な映像演出あり)、そう考えると相当レアな内容とも言えます。

・ちなみにデビュー曲は2008年2月の「I」、初ヒットは2009年3月の「遠くても feat. WISE」。Mステ初出演は同年6月の「君に会いたくなるから」で、初のミリオン認定は同年10月の「もっと…」でした。なお現在まで10曲ミリオン認定されていますが、そのうち9曲までが2010年までの楽曲。そもそも2015年以降の楽曲のミリオン認定が11曲だけなので、それだけ当時よりダウンロード市場が縮小していることがよく分かります。

FUNKY MONKEY BABYS(2年連続2回目/第60回/2000/28~32/東京都出身)
「あとひとつ」(2010/FUNKY MONKEY BABYS・川村結花/FUNKY MONKEY BABYS・川村結花/初)
~若者のヒーローは応援歌の第一人者~
振付:パパイヤ鈴木 踊り:P-Project

(メッセージ)2年連続の紅白出演。本当に光栄な事です。今年もたくさんの人たちに、僕達なりの“歌の力”を届けようと思ってます。
 今回の曲のジャケット・MVに出演して自身の登場曲にもしている東北楽天ゴールデンイーグルスの田中将大選手、そして彼らの地元八王子在住の北島三郎が応援に駆けつけます。サブちゃんは右手でマー君の左腕を組んでいます。「八王子の若者たちが期待してますから。頑張れー!」とサブちゃんが3人にメッセージ。非常に紅白らしい内容です。スタンバイ後に櫻井さんがグループ名を派手に噛むハプニング。マー君も「今日は日本中の皆さんにそのパワーを届けてください」とメッセージ。
 ステージは会場の手拍子もあって非常に温かい内容。ABCの高校野球中継のテーマソングになった関係もあるでしょうか、学生服のコーラスもバックについていました。もちろんスクリーンは野球をテーマにした内容。DJディスクにはウタ♪ウッキーのマスコット人形が置かれています。
 サビ以外がラップで構成されるイメージの強い彼らの曲ですが、この曲は全体的にメロディーがはっきりと表れている曲。良いステージでしたが実質1番のみで終わったのが残念。ラストの深いお辞儀での挨拶も良かったです。DJケミカルの顔を上げるタイミングはやや早かったですが。(2分23秒)

 

(ウラトーク)
 すっかりウラトーク席に馴染んだ国分さんですが、残念ながらここで退席。歌前のトークでテリーさんは、マーくんの大きさにビックリ。櫻井さんのトチリにウラトーク席も反応、関根さんがボソッと「ファンキーな感じになりましたね」と呟いてます。
 Twitterのコメント紹介。「副音声がネタらしいが、家族がいて変えづらい」「そんなこと言わずに変えてください」と思わず。振付の名前を見てパパイヤ鈴木の話題に。20kgくらい痩せたらしいです。田中投手からファンモンへのメールは絵文字が多いというプチ情報もありました。

 

(解説)
・田中将大投手はこの年プロ入り4年目。既に東北楽天ゴールデンイーグルスのエースで、早くも3回目のシーズン2桁勝利を達成しています。なお里田まいとの交際をこの年11月に公表、その後2012年に結婚します。ちなみにももいろクローバーがメジャーデビューしたのもこの年です。

・「あとひとつ」は朝日放送の夏の高校野球応援ソング。この主題歌が紅白で歌われるのは史上初でした。田中将大投手がCDジャケット表紙とMVに出演、それ以降東北楽天ゴールデンイーグルスとの関係も深くなります。解散後もファンキー加藤はたびたび楽天の始球式に登場してミニライブも開催していますが、そのたびにチームは負けているそうです。

川中美幸(13年連続23回目/第32回/1973/55/大阪府出身)
「二輪草」(1998/水木かおる/弦 哲也/2年ぶり4回目)
~しあわせな演歌の女王を「てっぱん」ダンスが盛り上げる!~
振付:近藤良平 踊り:コンドルズとてっぱんダンサーズ 世田谷区ラジオ体操連盟

(メッセージ)来年は、お陰様でデビュー35年目を迎えます。皆様に楽しんで頂ける歌や舞台を、全力投球でお届けできるよう頑張ります。
 川中さんは現在連続テレビ小説『てっぱん』に出演中、ということでヒロインの瀧本美織赤井英和富司純子が応援で登場。のっけから「赤い組応援の…逆や、紅組応援の赤井です」とトチったり、全体的に相当ベタベタの台本でかなりグダグダの内容でした。特に赤井さんは全体的に段取りをあまり憶えていないご様子。内容自体は紅白で実によくある光景ですが、今回は例年になくテンポが悪かったです。
 オープニング映像でダンスがあるようで、それをこのステージでもそっくりそのまま採用した形なんですが…。この曲に乗せて踊るとなると振り付けも扮装もツッコミどころがあまりに多すぎて、大変困ったステージでした。とりあえず赤いロングヘアーの人が異様に目立っていて、とても気になります。
 応援の3人もステージ袖で一緒に踊ってます。祖母役の富司さんは45年前の紅白で静御前の格好で応援していて、それはそれは美しかったものですが…。川中さんの歌唱はリズムをちょっと変えている以外はいつも通りの笑顔。コンセプトがはっきりしたステージだったせいか、心なしか間奏とアウトロが第59回の時よりも長く感じました。(2分40秒)

 

(ウラトーク)
 ステージ前のやり取りはドラマを見ているかのよう、という感想でした。てっぱんダンスと「二輪草」のコラボは、始まった瞬間に思わず声が挙がります。踊りはお好み焼きのカツオの動きをイメージしていると松本アナが話します。ベレー帽を被っている長髪の方が振付の近藤良平さんという紹介もありました。
 先ほどの細川たかし×AKB48同様、このステージも「ミスマッチが新鮮」「新しい文化」とテリーさんは評価しているご様子。ポルノのCDを買ったと話していたテリーさんは川中さんも好き、「越前岬」がカラオケのレパートリーの一つと話します。関根さんは一瞬起こった音声トラブルについて指摘、「テレビは大丈夫なんですけど場内のね…」と松本アナは話しますが、そのテレビでも一瞬音声の乱れは起きていました。

 

(解説)
・応援はドラマの台本のようなやり取りでしたが、赤井さんがかなり上手くいかなかったようで非常に残念な結果でした。連続テレビ小説を紅白で再現するコーナーは第36回(1985年)『澪つくし』の前例がありますが、3年後以降相当本格化して紅白に組み込むとはまだ誰も想像していません。

赤井英和は第45回(1994年)審査員、第53回(2002年)に『まんてん』応援で出演しているので3回目の紅白。富司純子は第24回(1973年)・第43回(1992年)審査員と第16回(1965年)応援ゲスト。第16回は藤純子、第24回は寺島純子としての出演なので3名義で紅白出演する大変珍しいケースです。また直接やり取りはありませんでしたが、この回ゲスト審査員に娘の寺島しのぶがいるので、地味に親子で顔を合わせている中でてっぱんダンスを踊る状況です。

・ちなみに『てっぱん』は主題歌が設けられず、テーマ曲は葉加瀬太郎作曲のインストゥルメンタル「ひまわり」でした。当然ながら、「二輪草」とは全く異なる曲調です。これもこれでてっぱんダンスと合っている曲なのかな…とは、楽曲だけ聴くと少し思います。テリーさんではないですが、よくこのステージに組み込んだものだと少し感心。

HY(初出場/第61回/2001/26~27/沖縄県出身)
「時をこえ」(2010/Izumi Nakasone/Izumi Nakasone/初)
~戦争を知らない世代へ「おばあ」「おじい」の想いをつなぐ~
エイサー演奏:琉球國祭り太鼓 琉球鼓舞道場

(メッセージ)命の尊さを歌う「時をこえ」。沖縄で生まれ、たくさんの方と出会い育ったこの曲を、全ての人に感謝の気持ちを込めて歌います。
 ボーカル仲宗根泉の祖母・花城千代さんが経験した戦争の体験談を基に作られたのがこの曲の歌詞。ドキュメンタリータッチの映像がステージ前に流れます。その祖母は今夜NHKホールに駆けつけていて、客席で見守る様子が映し出されます。
 さてこの曲は極めて完成度の高い名曲ですが、個人的には若干不満の残るステージでした。メンバーのパフォーマンスは全く問題なく、感情を込めた両ボーカルの歌唱は素晴らしかったのですが、こういう曲はやはり出来ればフルコーラスの歌詞で聴きたいもの。それだけに1番と2番を混ぜこぜにした後にサビというのはちょっと違和感がありました。歌詞のポイントは後半で、またもともと1番が女性、2番が男性という構成でさらに時間を考えると仕方のない措置ではありましたが(演奏時間もフルだと7分半、このステージは約4分)。あとはエイサーの演奏、沖縄らしい演出という意図はよくわかりますが全体的に人数が多く、音が大き過ぎでシンプルさに欠けていたような気がします。この曲はやはり歌詞を伝えることに意義があるので、出来る限りシンプルな音で抑えた方が良かったような気がします。(3分49秒)

 

(ウラトーク)
 ドキュメンタリー映像は前日のプレ番組でも放送されていました。”いい歌詞書いたね”と、おばぁが泉さんに言っていたそうです。
 楽曲が楽曲なので、適当なことを喋る場面は無く一同じっくり聞き入ります。地元の人たちが描いてくれた旗の紹介があったのと、テリーさんが沖縄の人たちに思いを馳せる場面があった程度でしょうか。

 

(解説)
・HYはこの時点で既に日本を代表するバンドで、「AM 11:00」「366日」「てがみ」といった代表曲も既に発表されています。紅白出場に関してはこの年8月15日に放送されたドキュメンタリー番組、『僕らが伝えなきゃ~HY沖縄から”命”を歌う』が大きかったようです。この年終戦65年でした。

・上にも書いた通り、この曲はフルコーラスだと7分32秒におよぶ大作です。1番を仲宗根泉、2番を新里英之が歌うという構成ですが、こればっかりは本当に仕方がありません。

クミコ(初出場/第61回/1987/56/茨城県出身)
「INORI~祈り~」(2010/GOD BREATH/佐々木祐滋/初)
~被爆した少女の平和への祈りをつなぐ…~

(メッセージ)自分が「紅白歌合戦」に出場できる日が来るとは夢にも思っていませんでした。夢なら、ずっと覚めないでほしいなあ。
 こちらも広島の、「原爆の子の像」についてのドキュメント映像が曲前に挿入されます。この曲は原爆の子の像のモチーフになった佐々木禎子さんの想いを歌詞にした楽曲。
 暗転した舞台の中で100本近くの蝋燭の炎がバックに光っています。彼女の白いドレス、肩の部分には無数の折り鶴がデザインされています。2コーラス半、僅かにカットされた歌詞もありますがこちらは何とか許容範囲内。以前から彼女はこの曲についての想いを各所で話していましたが、その祈りが十二分に伝わったステージではないでしょうか。素晴らしい歌唱でした。シンプルな演出も雰囲気があって非常に良かったです。(3分22秒)

 

(ウラトーク)
 先ほどと同様、こちらも歌に聴き入る形で喋りはありません。歌唱後に「蝋燭の中で歌ってくれたクミコさんでした」というコメントがあったのみでした。

 

(解説)
・ポプコン出演経験を経て、1982年に銀巴里からシャンソン歌手としてデビュー。初のアルバムは高橋久美子名義の『POKKOWA PA?』で、1987年のことでした。広く注目され始めるのは2000年以降となります。

・この紅白で歌われた「INORI~祈り~」は有線で週間1位を獲得。オリコンのCDセールスでは目立たない数字でしたが、作品がおおいに評価されたのとテーマとの合致で紅白出場に繋がります。

・蝋燭を使用したステージ演出は前年のゆず「逢いたい」、一昨年の一青窈「はじめて」に続く形となりました。