現在の紅白と昔の紅白、違う部分は様々ありますが、一つ挙げるとすれば生演奏のオーケストラが紅組・白組別個で設けられていたこと。そして彼らの紹介が番組前半で必ずあったということ。今回ピックアップしたのは、1977年の紅組側オーケストラであるダン池田とニューブリードと、東京放送管弦楽団を紹介した紅組司会・佐良直美の名調子。これでもかという位に”ダン”でかけるセリフを、とんでもなくテンポの良い早口で全く噛まずにこなします。今の歌手どころか、アナウンサーでもこれだけ上手く紹介出来る人は少ないのではないでしょうか。おそらく当時でもこのレベルがゴロゴロいたのではなく、抜きん出た存在だったはずです。

 ダン池田、と言われても若い人はほとんど知らないかと思いますが、昭和の歌番組を見た人なら誰でも知っている存在でした。紅白のみならず、当時は夜のヒットスタジオでも専属オーケストラのメイン指揮者としてもお馴染み。一時期に設けられたコント紛いのコーナーでも活躍していました。夜ヒット以外でも当時民放はフジテレビと専属契約で、オールスター家族対抗歌合戦など各番組でも指揮をしていたそうです。紅白歌合戦では1972年から、1974年を除いて1984年まで合計12度紅白の演奏を担当。紅白別個に設けられていた1982年まで、ずっと紅組担当でした。またラテンミュージック出身ということもあって、コンガ演奏も合計4度(第23回・山本リンダ、第27回・研ナオコ、第30回・榊原郁恵、第31回・ロス・インディオス&シルヴィア)披露していました。

 紅組・白組(1970年代は小野満とスイング・ビーバーズが担当)の専属バンド紹介は概ね紅白2組ずつのステージが終わってからというのが通例。紹介されるとともにファンファーレを演奏するという形式。1970年代後半以降は、両組(紅組が多いのですが)歌手が指揮者に花束を贈る演出も恒例でした。

 1985年のとある一件(調べればすぐ分かると思います)によって表舞台を去って以降は振り返られることも少なくなった印象ですが、歌謡曲が最も輝いてた時代と言われた頃の紅白歌合戦(そして歌番組)を支えた存在として、しっかり伝えていきたいです。

 佐良直美さんの司会の素晴らしさについては、また別の機会に語ることにしましょう。名言集に登録しているだけでも、40以上あるので…。