吉永小百合(2年連続2回目/第13回/ビクター/18)
「伊豆の踊子」
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 ティーンネイジャーのプリンセスと曲紹介。途中甘噛みて自らビンタして「しっかり物言って!」と喝を入れる江利チエミがとても格好良いです。楽曲はこの年公開の映画でもお馴染み「伊豆の踊子」。ですので伊豆の踊子・薫役の衣装がそのまま使われます。映画ではカラーの鮮やかな色彩がスクリーンに映し出されていました。今回の紅白はまだカラー化されていませんが、オリンピックを控える1964年になるといよいよカラーで放送される歌番組も増えるのでしょうか。
 ステージは、舌足らずな歌唱がかわいさをより演出してくれるような内容でした。ヒットする歌手が歌唱力高いのは当たり前なのですが、近い将来案外そうでもなくなるのかもしれません。(1分56秒)
(解説)
 日活でこの年公開された『伊豆の踊子』は吉永小百合・高橋英樹主演の映画。まだこの当時はテレビ以上に映画の勢力は強く、この年だけでも11本出演しています。制作は全て日活、まだまだこの当時の俳優は一社専属が当たり前の時代。ちなみに『伊豆の踊子』は11年後、山口百恵と三浦友和主演でリメイクされています。
 ルックスも歌声も大変綺麗で美しい小百合さんですが、音程や声の出し方自体はやはり上手いという印象ではなく。でも後年ブレイクした一部のアイドルと比べるとやはり上手いです。当時はしっかりした発声で歌うのが当たり前だった時代で、もう少し前の戦前デビューだと音楽学校で声楽を学んできた人がゴロゴロいた頃です。本業が俳優だからこれで問題なかった、という点はあったかもしれないですね。事実、1970年代以降彼女の歌手活動は大幅に減少しています。

 

北原謙二(2年連続2回目/第13回/コロムビア/24)
「若い明日」

 前回は「若いふたり」で初出場しましたが、今回も青春歌謡少し手前といった具合の若さをテーマにした歌謡曲。北原節、という言葉が適当かどうかは不明ですがそれが冴え渡るステージでした。(2分3秒)
(解説)
 1940年代後半の人々が「団塊の世代」と呼ばれたのは1970年代以降ですが、少なくともこの世代が中学を卒業して上京して働き始めたのは1963年前後のこと。彼らの世代をテーマにした、エールにした楽曲はこの時代紅白に歌われていないものでも多く存在したと思われます。ちなみにその象徴とも言える「あゝ上野駅」が発売されたのは翌1964年のこと。
 北原謙二の紅白出場はこの年まで。翌年洋楽カバーの「北風」(青春歌年鑑シリーズ収録)、さらに次の年「ふるさとのはなしをしよう」(後年山本譲二もカバー)がヒットしているはずですが、売上という数字的な根拠がこの時代ハッキリしないので断定不可能なのが辛いところ。

 

地方審査員の紹介・2

 再び総合司会・石井鐘三郎アナの案内のもとまだ触れられていない地方審査員の方々を紹介。
 福岡の審査員は荒津いそよ、石原孝一。石原さんは藤田まことの長い顔のおかげで紅組有利、と話してます。
 広島の審査員は重本一枝、船本和宏。ホテルか船の宴会場でしょうか。船本さんは今の所1点差で男性軍有利、重本さんは両組にエールを送ります。
 大阪の審査員は筒井満喜子、龍村基雄。時代劇か新喜劇の和菓子屋っぽいセットで、妙に凝ってます。2人とも紅組有利との評。本当に先ほど藤田まことが言っていた通り、大阪は女性有利みたいです。
(解説)
 石井鐘三郎アナウンサーは第5回から第17回まで、途中抜けはありますが全部で12回総合司会を務めたのだそうです。その割にデータが少ない気もしますが…。書物を探ればまだ出てくるかもしれないですが、少なくとも今の段階では生年月日もNHK入局年も分かりません。

 

朝丘雪路(5年連続6回目/第8回/東芝/28)
「永良部百合の花」

 そういえばここまで紹介がなかった紅組演奏のオーケストラ。原信夫とシャープス・アンド・フラッツが担当します。「原さんいい男!」と観客の女性から声援。江利チエミ曰く「昔からだって言ってます」、そして「手八丁口八丁、まるでタコみたいな人なんですけども」という紹介で和服姿の朝丘雪路がステージに向かいます。
 南国ブームを担った曲の一つですが、奄美大島ではなく沖永良部島が舞台になっている部分が特徴的。言うまでもなく、本土とは違う雰囲気。歌詞もさることながら、メロディーの使い方も独特に聴こえます。リズムも変拍子が入って、他の歌謡曲とは全く違う雰囲気。(2分14秒)
(解説)
 当時の紅白歌合戦はもちろんオーケストラの生演奏。紅組・白組それぞれにバンドが設けられていました。原信夫とシャープス・アンド・フラッツはこの年初めて紅白歌合戦に出演。第22回まで連続して紅組ステージの演奏を担当します(その後第25回でも担当)。
 紅白で沖永良部島をテーマにした楽曲はこの曲のみ。今となればもう民謡の一つにまで昇華しているようです。朝丘さんの場合、紅白では宝塚絡みや民謡、洋楽カバーなどかなりレパートリーがノンジャンルです。歌手以外もかなり活動が幅広いので、調べるのが大変です。ちなみにこの年大河ドラマ第1作『花の生涯』が放送されてますが、唐人お吉役で出演。相手の恋人役が後に親戚関係となる長門裕之、津川雅彦と結婚するのはまだしばらく後の話ですが、後年から見るとなかなか興味深いです。

 

田端義夫(初出場/第14回/テイチク/44)
「島育ち」

 拝啓池田総理大臣殿、という書き出しで始まる手紙を読み上げる宮田輝。島物ブームを作り上げた田端義夫に大きな拍手を送ってください、とのことで読み終わるとそのまま演奏が始まります。
 トレードマークのエレキギターを、イメージ通りネックを下に傾けて弾きながら熱唱。歌中起こる「バタやん!」という歓声にも笑顔で応えます。本来なら第1回~第8回辺りまでの間に出場してもいいところを、色々あって紅白初出場となった今回。バタヤンを紅白で見られる、それだけで満足できて嬉しい気持ちになるステージでした。(2分14秒)
(解説)
 冒頭にもあった通り、当時の総理大臣は池田勇人。1960年から1964年、東京五輪終了直後まで在任、特に経済面で大きな功績を残しました。
 奇跡のカムバックと言われた田端さん、戦前戦後と大ヒットしましたが1955年頃にはヒット曲が出なくなりました。当時一度ヒットしなくなったベテランが新曲で再び脚光を浴びたという前例はおそらくなし。ちなみに1950年代前半のヒット当時は、地方公演優先のため紅白は不出場でした。
 「島育ち」自体は紅白だと前年に朝丘雪路が歌っています。また、第2回で越路吹雪が急遽初出場した際に歌ったという説があります。NHK公式では「ビギン・ザ・ビギン」となっていますが私的研究の結果によると「島育ち」の方が有力、ただまだ確定事項ではないようです。

 

島倉千代子(7年連続7回目/第8回/コロムビア/25)
「武蔵野エレジー」
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 新婚ホヤホヤですが、曲紹介でもあった通り曲は思いっきり別れをテーマにした暗い曲。お千代さんの泣き節が響き渡る、聴かせるステージでした。(2分29秒)
(解説)
 この年父親が亡くなりましたが、直後に阪神タイガースのスラッガー・藤本勝巳選手と結婚。かなりの反対があったようですが、実際のところ1968年に離婚。この後の結婚生活を含めて考えても、結果的には選曲がそれを暗示していたような…。ちなみに前年4番で優勝に貢献した藤本選手は、この年以降大きく成績を落としてそのまま1967年に引退しています。

 

三橋美智也(8年連続8回目/第7回/キング/33)
「流れ星だよ」

 前回「星屑の街」で大トリ、今回は前半のトリとして登場。単純に聴かせるステージです。張り上げるような威勢の良いメロディーではないので、その点やや物足りなさがあるでしょうか。(2分6秒)
(解説)
 前年のステージの時点で、声の調子の悪さは指摘されていたようです。この曲の発売も1962年後半、つまり言うと1963年の発売曲は例年になくヒットしなかったということでしょうか。一応16枚シングル発売しているようですが…。ちなみにこの年各社競作となった「東京五輪音頭」ですが、作曲者の古賀政男は三橋さんが歌うことを想定して作られたらしいです。

 

応援合戦

 江利チエミが芸者っぽい衣装に代わっています。大きな団扇を持っているのは、巫女姿で眼鏡をかけた武智豊子と、もう一人は楠トシエでしょうか。双方とも、NHK『お笑い三人組』でお馴染みのベテランで応援の先頭に立つにはうってつけ。後ろでは紅組歌手が総出で応援歌を歌います。
 一方白組は「ソーラン節」を白組応援の歌詞に変えて、大漁のハッピやねじり鉢巻を身に着けて。大きな旗を振るのは坂本九ジェリー藤尾。賑やかですが、思いのほか短い時間でまとめられています。その後石井鐘三郎アナウンサーの案内で攻守交代、後半戦に入ります。
(解説)
 応援合戦にかけられた時間は両軍合わせて2分もありません。最近の紅白だけでなく、昭和40年代以降と比べてもあまり時間をかけていないですね。それより前だとさすがに分からないですが…。