堺「白組は初出場でございます福山雅治さん。北島さんから激励の言葉を」
— 平成の紅白名言集 (@kouhakumeigen2) February 9, 2021
北島「いやホントに、でっけぇなオイ」
堺「食糧事情が変わる前と変わった後の日本でございますから。もう一言激励をお願いいたします」
北島「日本のコメ食って、頑張ってくれ」
(第44回・堺 正章、北島三郎)
1936年生まれ、当時30回目の紅白出場を果たした北島三郎は当時57歳。知内なので空襲ということはおそらくなかったと思いますが、少年時代に戦時中を経験しています。身長は公称161cm、大体これくらいなのかなという所でしょうか。一方この年初出場の福山雅治は当時24歳で、身長は180cmほど。少年時代はもう高度経済成長を過ぎて、少なくとも食糧には困らない時代に入っていました。そんな世代とルックスの対比をテンポ良く紹介する曲紹介は、まさしくマチャアキならではといったところ。ちなみに身長180cm台の白組歌手はこれ以前だと西城秀樹が存在。どちらも二枚目ということは共通しています。
さて1993年に白組歌手として初出場した福山さん。CDセールスから見たブレイク曲は前の年の「Good night」ですが、この年さらに売上を伸ばして見事初出場を果たします。歌唱した「MELODY」はロッテのCMソングとして多くオンエアされましたが、それ以上にこの年はドラマ『ひとつ屋根の下』のチイ兄ちゃん役が印象深い年だったのではないでしょうか。ですので当時は歌手よりも二枚目俳優のイメージが強い人の方が多かったかもしれません。イントロの曲紹介でも、ドラマ出演について触れられていました。同じ年の紅白で披露された藤井フミヤさんの「TRUE LOVE」もそうですが、この年の紅白はかなり民放ドラマを意識しています。フミヤさんのステージを紅組司会の石田ひかりさん(主題歌のドラマ『あすなろ白書』主演)が見つめる場面は、今の紅白ならさして珍しくもない光景ですが、それ以前だとおよそ考えられないような場面でした。
歌手としての代表作はむしろ次の年以降の「IT’S ONLY LOVE」「HELLO」でしょうか。この2作のミリオンセラーで、俳優より歌手のイメージが固まったような気がします。実際翌1994年の活動を調べると、その年テレビドラマの出演は無く、3月から9月までシングル「IT’S ONLY LOVE」発売~アルバム『ON AND ON』発売~42会場を回る全国ツアーといった具合。相当音楽活動に力を入れた年になったようです。
ただ1990年代中盤のJ-POPトップアーティストは紅白歌合戦に関して言うと、出ないことがステータスという時代。ご多分に漏れず福山さんも翌年以降は辞退、以降は翌年の大河ドラマ『龍馬伝』主演を控えた2009年まで紅白出場が途絶えます。その年は長崎グラバー園、翌年以降は10年連続でパシフィコ横浜からの中継でしたが、2020年はNHKホールで白組トリを飾る形になりました。気がつけば2010年代の紅白歌合戦には全て出演、すっかり常連歌手です。先日2月6日に52歳となりましたが、根強い人気はまだまだ健在。ルックス・歌だけでなく、ラジオ番組に代表されるパーソナルな部分の支持も大きいことがうかがえます。ちなみに1993年の時点で既にオールナイトニッポンのレギュラーパーソナリティ、そう考えるとラジオで培われた人気・実力も非常に大きそうです。