1986年・第37回の紅白歌合戦における加山さんの「仮面ライダー」は、30年以上経った現在でもたびたび振り返られる紅白のキングオブ迷言です。もちろんbotにも収録しているのですが、紅白という枠内でもそれだけで収まらないのが恐ろしいところ。その年の紅白では一般審査員にいじられ、少年隊自身も1992年紅白で仮面ライダーが登場するショーコーナーで蒸し返しています。それらの名言もbotには入れてますので、細かくはまたその時に解説します。

 で、今回選んだのは1987年、2度目の出場を果たした少年隊の曲紹介。こうやって自らネタにする辺りが、若大将の若大将たる所以です。当時NHKで加山雄三ショーのホストを務めていた関係で、ああいう発言があったにも関わらず1986年から3年連続で白組司会でした。前任者が宮田輝→山川静夫→鈴木健二という超人的な能力を持つアナウンサーばかりでしたので、司会技術は到底比べようもありませんが、その悠然とした立ち振舞いと人柄は、当時の国民や白組歌手からも熱く支持されていたものと思われます。考えると1976年~1982年に白組歌手として出場した時も、二枚目俳優というポジションながら全く気取らず全力で歌手席から白組を応援していました。80代をなった現在でも世代を超えた共演に積極的なのは、おそらくそういうマインドが昔からあったからでしょう。この世代の方々がここ最近妙な形で話題になっていますが、若大将に関してはそういう批判的論調から最も遠い位置にいるような、そんな印象もあります。

 少年隊に話題を移すと、1987年は最も音楽活動が目立っていた年。シングル発売は「stripe blue」「君だけに」「ABC」、3曲とも大ヒットしました。ただ年後半からは光GENJIがデビューして一気に社会現象を引き起こします。ミュージカルを含めたパフォーマンスは現在まで高く評価されていますが、民放歌番組軒並み終了と合わせて音楽活動が縮小されていったのは残念な形でした。その一方曲紹介にもある通り、より注力していったのはミュージカル。1986年に始まったPLAYZONEは、2008年まで23年連続で開演されました。ジャニーズ自体がそもそも日本にミュージカルを定着させることを目標に作られた集まり、そう考えると少年隊はまさに”正統派ジャニーズ”としての活動を全うしたと言えそうです。1990年代以降シングル売上が減少、そもそもリリースも目立たなくなっていきますが、1993年まで出場できたのは高い実力が評価された部分も大きかったのではないでしょうか。

 なお一部でこの年の若大将も「君だけを」と間違えて紹介したという声もありますが、映像を確認した限りではしっかり「君だけに」と紹介しています。一応これだけは口を大にして言っておきたいと思います。