1982年から1988年まで活動したシブがき隊。紅白歌合戦にはデビューした1982年から5年連続で出場しました。その後モッくんは1992年にソロ歌手として出場、1997年と2008年にゲスト審査員として登場しています。審査員としては双方とも当時主演を務めたNHK大河ドラマに関係していて、前者は翌年の大河『徳川慶喜』、後者は翌年から3年間にわたって放送されたスペシャル大河『坂の上の雲』。どちらも中居さんが白組司会で、多少イジりが入ったコメントを尋ねるという所が面白い部分です。なお1997年には白と紅どちらが優勢かという質問に「(白か紅か決められないという意味を込めてウケも狙って)…しか!」と答えて、多少スベりましたと言われる始末でした。本木さんの大河と言えば、2020年『麒麟がくる』の斎藤道三役も大きな話題を呼びました。1991年『太平記』にも出演していますが、メインの脚本家は池端俊策氏で共通しています。

 ジャニーズではほとんど凄さが語られた記憶のないシブがき隊ですが、紅白に5年連続出場するくらいはヒットしていました。ただ歌唱力・ダンスともに、少年隊がデビューすると先輩の彼らも負けを認めるような状況で…。事実、上記のコメントから12年後もシブがき隊は再結成どころか3人集まった気配もほとんどなく…。ただ3人ともそれぞれの分野で未だに活躍していることは、とても素晴らしいことですね。

 ちなみに上記のコメントが生まれたタイミングは、水谷豊さんが「カリフォルニア・コネクション」をリバイバルヒットさせて初の紅白のステージに臨む直前でした。このやりとりが生まれた背景には、尋常じゃない程に緊張していた水谷さんを多少ほぐす意図ももしかしたら、あったのかもしれません。