1978年の紅白歌合戦、当時20歳なったばかりの岩崎宏美さん。1975年の「ロマンス」以来ずっと続くヒットはこの年も継続、アイドルと実力派歌手の狭間で大活躍していました。1978年発売のシングルは「二十才前」「あざやかな場面」「シンデレラ・ハネムーン」「さよならの挽歌」。レコード売上は「二十才前」の方が上ですが、11月に無事20歳となった彼女がこれを歌うのは少し相応しくありません。その次にヒットしていたのは「シンデレラ・ハネムーン」なので選曲はこれが妥当、紅組2番手で平尾昌晃・畑中葉子「カナダからの手紙」対決というのも、ハネムーンという点で共通していて問題無し。今回取り上げた、紅組司会・森光子さんの曲紹介も大きなツッコミどころはありません。参考までに、岩崎宏美さんが結婚したのはこれより10年後の1988年、現在の婚姻数は2019年のデータだと約60万組だそうです。

 ただ紅白のステージはいささか気になる点がありました。

・演奏テンポが速い速い

 この時期の紅白歌合戦は彼女に限った話ではなく、アイドルのアップテンポは軒並みリズムが速くなる傾向にありました。最も酷かったのは1977年で、ケイちゃんが体調不良明けのピンク・レディーや解散後ラストのキャンディーズでさえも、振付があるのにお構いなしに超速テンポ。その点この年は多少マシになっていましたが、それでも割を食うステージは出てきます。この年はニューミュージックがわざわざコーナーで設けられるほど重視されていて、そこにはあまりメスが入りませんでした。ツイスト「あんたのバラード」はスローで、庄野真代さんの「飛んでイスタンブール」は専属バンド持ち込み。後者は多少速くなりましたが、そこまで極端ではありません。

 したがって割を食ったのは、このステージを筆頭とする前半のアイドル系アップテンポ。ただ意外と前半6組でそういう曲は少なく、演歌の「火の国へ」では不可能で、「しあわせ芝居」「ブルースカイブルー」辺りは速くするにも限界があります。「バイブレーション」「夏のお嬢さん」辺りも多少スピードアップしましたが、特にこの「シンデレラ・ハネムーン」と、野口五郎さんの「グッド・ラック」が思いっきり超速演奏と化しました。後者は紅白を見た後に原曲を聴いた時、あまりのスローさに驚いたものです。ただ「シンデレラ・ハネムーン」の紅白歌割りは2コーラス+ラストサビ。当時としては歌唱できる部分の割合は高めです。歌唱力が高いからこそ、速いテンポで無茶しても対応できるだろうという制作側の考えも多少あったかもしれません。実際2年前に歌った「ファンタジー」も、かなり速いテンポで2コーラス半歌い切るステージでした。

・本人もスクールメイツもなぜか衣装がインディアン

 このステージ最大の謎は、インディアンをテーマにした衣装。「シンデレラ・ハネムーン」は2人で過ごす夜をイメージした歌詞で、ステージのテーマとは関連性が何ひとつありません。ダンサーはスクールメイツ、クレジットによると振付担当は西条満さん。そこからインディアンへ着想する根拠は、やはり思い浮かびません。

 一つだけ考えられるとしたら…対戦相手が平尾昌晃・畑中葉子ということ。「カナダからの手紙」が大ヒットしましたが、この年は他にエーゲ海やサンフランシスコ、ヨーロッパをテーマにしたシングルを発売しています。新婚旅行で憧れる行き先と違う方向性でなおかつ国際的な、という発想から生まれた結果だったのでしょうか…。

・コロッケもこのステージから着想はしていないはず

 この曲の知名度をさらに高めたのは、言うまでもなくコロッケのモノマネ。必要以上に顎を突き出して歌うモノマネは大変衝撃的で、自らのコンサートで歌うと笑われてしまうという被害が発生したほど。言われてみると確かに、紅白でも顎の動きが少し目立ちますが、あくまで”言われてみると”というレベルです。それよりも衣装やテンポが目につくという点を考えると、コロッケさんが参考にした映像はおそらく夜ヒットなりカックラキン大放送なりで歌ったシーンでしょう。ちなみに彼が紅白に初登場したのは、美川憲一さんが復活した1991年。岩崎さんの紅白出演には重なっていません。

・その後の岩崎さん

 紅白には1988年まで14年連続で出場。1980年まではテレビの出演も多い半アイドル的扱いで、アップテンポの選曲中心でしたが、レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞した1981年以降はバラードメインの実力派歌手という位置づけに変化しました。平成以降は待望論も根強くあるものの、現在まで紅白復帰という形にはなっていません。とはいえ昭和の紅白歌合戦を彩った存在、またピックアップして書く機会もあると思うので、次回をご期待ください。