今ではモノマネレパートリーにもなるくらいに著名な由紀さおり・安田祥子「トルコ行進曲」。ただ、当時曲目発表でこれを見た時は正直一体何をやるのだろう?と思った人が多かったのではないかと思います。少なくとも私はそうでした。

・当日のステージ

 小林幸子のド派手なステージ、そしてX JAPANのラストステージが終わって客席には大きな余韻が残ります。ただ進行はかなり押し気味で、紅組司会・和田アキ子さんは演奏が終わるや否やすぐ次の場面に入ります。この年引退したばかりの佐ノ山親方(元大関・小錦関、現・タレント)とのトークでセット転換の時間を繋ぎ、次のステージを淡々と曲紹介。この時点では、まだ会場に前ステージまでの余韻は多少残っていたように思います。

 まずは2人の挨拶と会場からの拍手。その直後、安田姉妹のステージで必ず登場する塚田佳男さんのピアノ演奏からステージは始まります。そのメロディーは、確かに世界でも知らない人は数少ないモーツァルトの「トルコ行進曲」。2小節進行後歌に入ります。”♪ティアララルン、ティアララルン…” 歌詞が全く存在しないスキャットです。勿論画面下の歌詞表示はありません。かつて由紀さんは「夜明けのスキャット」を大ヒットさせていて、歌無しのステージも第41回(1990年)のG-クレフという前例はありますが…。はっきり申し上げると、全く今まで見たことのない種類のステージです。

 2人の歌声が奏でるハーモニー、祥子さんのソプラノと由紀さんのアルトが奏でる美しさ。一音ごとの細かいパート分けもあって、相当熟練させないとステージで表現など出来そうにありません。おっと、”サバダバダバダバ…”とお姉さんのソロパートで由紀さんが軽く踊り始めました。ものすごく早口です。そして滑舌が相当良くないと出来ないような音の並びです。早口な譜割りの歌謡曲・J-POPはこの時点で色々あって、1997年当時だと川本真琴の「1/2」が大ヒットしていました。私なんかはよくテンポを最速にしてカラオケで歌ったりしていたものですが、そんな次元をはるかに超えた難しさです。アナウンサーでも、完璧にこれだけ発音できない人は多いのではないかという勢いです。2人ハモりながら歌うパートでは4小節ずーっと一息で”サバダバダバダバ…”。思わず息を呑んで見てしまうステージとはこのことを指します。人間業ではないと、当時中学生だった自分が見ていても思ってしまいました。

 2分20秒ほどのステージ、歌い切った2人はやりきったという笑顔。それは「赤とんぼ」や「故郷」、「月の砂漠」を歌った時とはまた違う表情でした。会場から割れんばかりの拍手は、この年の紅白でもトップクラスの大きさだったように思います。直後にダバダバと何回言ったでしょう?と、白組司会の中居さんがややふざけた表情で話はしましたが、内心は圧倒されていたのではないかと思います。

 

・その後

 年が明けて以降、確か日テレのモノマネ番組だったでしょうか。この時の「トルコ行進曲」のモノマネをしていた人は見た記憶があります。阿佐ヶ谷姉妹がレパートリーにしたのはこれより約10年経ってから、とんねるずの『細かすぎて伝わらないモノマネ選手権』ですね。「天城越え」もそうなんですが、難しいステージほどやり甲斐があって、歌いこなしたりモノマネをする人が増えたりするものだということがよく分かります。次年のアッコさんの大トリもそうでした。当時紅白を見ていた人は今現在ほぼ30代以上のはずですが、20代以下でも由紀姉妹の「トルコ行進曲」はかなり知られているのではないかと思います。そのきっかけが1997年の紅白だったことは、おそらく間違いないはずです。

 J-POPや歌謡曲・演歌が完全にメインとなった今の紅白歌合戦も好きですが、こういうクラシックなど、オリコンやビルボードに集計されないようなジャンルの曲の歌唱がそろそろ紅白でも久々に見たいなぁとは、個人的に思います。90年代の由紀姉妹、それ以前だと菅原洋一さんなどが毎年出ていましたが、21世紀以降本当に少なくなったので…。