紅白名言集解説・47~1972年の世相をよく表したステージ~


 1972年の紅白歌合戦は昭和の中でもトップクラスの視聴率ですが、意外とここまで書く機会なく。内容は前年までの常連がごっそり抜ける代わりに、これまでの紅白なら選ばれなかったようなキャリアの浅い若手も多く選ばれてフレッシュさ重視。アイドル、という言葉が歌謡界に登場したのもこの時期でした。小柳ルミ子天地真理、そして今回取り上げる南沙織の3人が特に人気を博し、新三人娘と呼ばれていました。

1972年の日本

 ところで、1972年は日本にとってかなり重要なトピックが生まれた年になります。

 1つは沖縄返還。第二次世界大戦の敗戦後のアメリカ占領から、この年5月15日に本土復帰を果たします。もっとも基地問題は現在まで未だに続いている状況ではありますが…。この年の南沙織さんは「ともだち」「哀愁のページ」などのヒットもありますが、その中で「純潔」を選んだのはセールスの高さの他に、6月1日発売という時期も関係していたことも考えられます。

 もう1つは日中国交正常化。この年首相就任した田中角栄が9月に北京訪問、日中共同声明を成立させます。それを記念して翌月、上野動物園にパンダのカンカン・ランランが来園。瞬く間に大人気となり、社会現象になりました。他にも札幌五輪あさま山荘事件など色々ありましたが、最も大きな話題はやはりこの2つではないかと思います。

当日のステージ

 歌唱順は紅組23組中10組目の中盤、白組の対戦相手は初出場を果たした16歳の野口五郎。曲順をざっと見ても中盤の山場のように思える、超人気アイドル対決です。

 佐良さんの曲紹介で舞台袖から登場、ステージ中央で歌います。サラサラのロングヘアーとミニスカートが眩しく、オーラがあります。バックで踊るのは大きなパンダの着ぐるみ3体と、その付き添い役みたいな形でキャンディーズ。キャンディーズはこの年NHKの番組でスクールメイツから抜擢された3人組、番組各所で登場していました。翌年「あなたに夢中」でデビュー、3年後にはめでたく紅組歌手として初出場を果たします。NHKホール落成前でこの年までの会場は東京宝塚劇場、ステージは全体的に横長に作られています。現在のホールと比べると、少しホール自体の奥行きが足りない印象もあるでしょうか。

 パンダとキャンディーズが戯れている姿をバックにシンシアが歌います。有馬三恵子が書く作詞、当時では岩谷時子、安井かずみとともに数少ない女性作詞家でした。南沙織は当時18歳ですが、「純潔」の歌詞はそれくらいの年齢の女性が本当に一度は妄想していそうな内容です。ですので、シンシアくらいに純潔そうな人が歌うからこそ形になっているような気がします。ラストの”アアアアア…”とかはまさしく暗喩そのもの。色気を売りにした歌手が歌うと、それだけで放送コードにひっかかってしまうかもしれません。

 作曲はこの時期いよいよヒット作曲家になっていた筒美京平。この有馬・筒美コンビは「17才」で1971年デビュー以降、1975年の「想い出通り」までずっと表題曲を提供したゴールデンコンビ。彼女が現在まで伝説のアイドルとして語られる理由は本人の極めて高い魅力もそうですが、一連の楽曲の完成度の高さに拠る部分も非常に大きいです。

 本人が沖縄、パンダが日中国交正常化を象徴していると書きましたが、それだけではありません。歌い終わってからキャンディーズのメンバーがパンダの頭を取ると、中に入っていたのは新三人娘のあと二人・小柳ルミ子天地真理。テーマといい人選といい、その年に起こった大きな出来事を楽曲以外でこれだけ表現できるシーンは滅多にありません。バックのキャンディーズが後々伝説的な存在になったことも加わって、映像的価値は極めて高いです。紅白の映像保存が公式に行われたのはこの年からなので、これがもう1年ずれていると綺麗な状態で残っていない可能性もあります。そう考えると恐ろしい話です(1970年と1971年は外部から提供された映像もありますが、本当に保存状態が良くないので…)。

 ちなみに登場したパンダは3体。ルミ子さんと真理さんの他にもう1人入っていたのは、谷啓でした。東京宝塚劇場の紅白は会場だけでなく、美空ひばりさんも最後の出場(1979年に特別出演あり)でしたが、実はこの年まで10年近く連続で登場したハナ肇とクレージーキャッツにとっても最後の応援出演となっています。お笑いの方でもザ・ドリフターズやコント55号が台頭し、クレージーキャッツはこの年辺りからグループでの活動が少なくなりました。レギュラー出演していた『シャボン玉ホリデー』が終了したのも1972年。紅白という単位でもそうですが、それ以外あらゆる面で考えても1972年は本当に重要な意味を持つ一年であると、あらためて思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました