本日2021年春の叙勲受章者発表がありまして、森進一さんといしだあゆみさんが旭日小綬章を受章しました。大変めでたいことです。そんな2人が揃って紅白歌合戦に出場したのは1969年、今から52年前のこと。いしださんは「ブルー・ライト・ヨコハマ」で初出場、森さんは「港町ブルース」で2回目の出場ながら、白組トリを務めあげました。いしださんの初出場も総合司会・宮田輝アナから「このあゆみは貴重ですよ~」と言われるくらい捨てがたいエピソードですが、今回は森さんの初トリについて書くことにします。

・昭和40年代中盤の森進一

 なにせこの当時の森さんは、出す曲出す曲全てが大ヒット。1968年から1971年まで、オリコン年間TOP50にランクインした曲はこれだけありました。

楽曲 発売日 オリコン年間順位 その他補足
命かれても 1967/9/5 1968年31位 1968年1月以降の集計
盛り場ブルース 1967/12/5 1968年13位 同上
花と蝶 1968/5/5 1968年22位 第19回(1968年)初出場時の歌唱曲、第60回(2009年)でも歌唱
ひとり酒場で 1968/7/10 1968年と1969年にまたがるヒット、総売上は1968年23位相当
年上の女 1968/11/5 1969年14位 これ以降、年間売上は前年度12月~11月での集計 第65回(2014年)で歌唱
港町ブルース 1969/4/15 1969年2位 第20回(1969年)・第62回(2011年)で歌唱 レコード売上はこの曲が最大
おんな 1969/7/25 1969年29位
花と涙 1969/10/10 1970年24位 総売上は1970年16位相当
恋ひとすじ 1970/2/15 1970年19位
波止場女のブルース 1970/6/5 1970年17位
銀座の女 1970/9/15 総売上は1970年33位相当 第21回(1970年)で歌唱
望郷 1970/12/25 1971年9位 オリコン週間1位獲得はこの曲が唯一
おふくろさん 1971/5/5 1971年50位 第22回(1971年)~第66回(2015年)まで計8回歌唱

 「おふくろさん」「襟裳岬」くらいしか代表曲がないと言う方も稀にいらっしゃるようですが、表を見て頂ければ分かる通り。デビュー5年間だけ見ても山のようにヒットがあります。その後にも「冬の旅」「襟裳岬」「さらば友よ」「新宿・みなと町」「冬のリヴィエラ」「北の螢」「ゆうすげの恋」など、枚挙にいとまがありません。もっとも「おんな」「恋ひとすじ」辺りはテレビで歌っている場面を見た記憶がまるでなく、実際Youtubeでも検索結果は無く後年の全曲集にもほぼ入らない状況。どうしても年ごとに賞レースで歌う曲は固定されるので、仕方のないことではあるのですが…。

 ちなみに森さんのストリーミング事情は大変充実していて、シングルはB面も含めて全曲・アルバム曲に至るまで解禁しています。歌謡曲・演歌でここまで揃っている人は今のところ森さんくらいしかいません。他は全曲集レベルまでは聴けても、全シングルさえ揃っていないのがいまだに大多数ですからね…。

・1969年紅白歌合戦のトリ事情

 ヒットだけでなく歌唱力も大きく評価されていた森さんですが、とは言え22歳でのトリ抜擢は現在だと考えられない人選です。20代ソロ歌手の抜擢は、その後も白組では五木ひろしさんしか出ていません。

 色々調べたところ、スタッフは20回記念でベテランに往年の曲を歌わせると同時に次世代へのバトンタッチを意図していたようで、実は紅組も「池袋の夜」が大ヒットしていた青江三奈さんを抜擢する予定でした。この年放送された『第1回思い出のメロディー』も、年代を追って紹介するという名目で「港町ブルース」をトリに選んでいます。ところが前年まで6年連続トリを務めた美空ひばりサイドにしたら面白くないわけで…。実際NHKはひばりさんにも過去曲を歌ってもらう予定だったようですが、結果的にはそれを蹴ってその年発表の「別れてもありがとう」で大トリを務める形になりました。

 白組のトリ常連は三波春夫さんがいますが、4年前に当時22歳の橋幸夫さんにトリを明け渡した例もあり、それ以前は三橋美智也さんとほぼ交互に務めていたので特に問題はありません。すんなり森さんに決まります。30年後くらいの紅白は逆に白組で、2003年までトリの世代交代が全く進まなかった時代もありましたが…。

 

・当日のステージ

 この年は紅組司会・伊東ゆかり、白組司会・坂本九でしたが、双方トリの紹介を担当したのは総合司会の宮田輝アナでした。ちなみに両軍司会は、その間舞台から捌けて洋服姿から和服に衣装替えしています。

 全国の港町を歌う「港町ブルース」ですが、たとえトリでもフルコーラスは歌えません。宮古・釜石・気仙沼まではそのままですが、その後は別府・長崎・枕崎に飛びます。1, 2, 5, 6番の4コーラス歌唱で、これは第62回(2011年)で再度歌った際も同様でした。したがって三崎・焼津・御前崎・高知・高松・八幡浜については一度も紅白で歌われていません。

 この年は日本レコード大賞の最優秀歌唱賞も獲得。言うまでもなく大熱唱のステージでしたが、個人的に一つ気になったのはネクタイ。蝶ネクタイの蝶を大きな三角にしたような形状ですが、この紅白以外で全く見たことがありません。当時の週刊誌等でも言及はなかったのでしょうか…。なぜあんな形にしたのか、今の今までエピソードが伝わってもいいように思うほどのインパクトなのですが…。

 

・その後

 森さんは2015年・第66回まで48年連続出場。2019年に五木さんに更新されましたが、文句無しの大記録です。トリも1990年・第41回まで合計9回、トリ前が10回で平成以降の前半トリが8回。したがって紅白に関わるエピソードもまだまだ多数あります。書く機会もおそらく出来るかと思うので、楽しみにしてください。