木山裕策(初出場/第59回/2008/40/大阪府出身)
「home」(2008/多胡邦夫/多胡邦夫/初)
~4児のパパ 家族のために熱唱!~

 続いては初出場の木山さん。なんとも4年前に癌に冒されたのだそう。声が出なくなるかもしれないと言われたほどですが、そこで心の支えになったのは家族。「家族に支えられて歌手デビューできたと考えているので、本当に感謝しています」と話します。その家族は客席に呼ばれているようで、仲間さんが紹介します。「夢の舞台で歌えることを本当に嬉しく思っています」と奥様が話します。4人いるお子さん、末っ子は母に抱えられて睡眠中。長男「やっぱ格好いいと思います」、木山は笑顔で「ありがとう」と答えます。歌詞の一節を紹介した後に、「家族を愛する全ての人にお送りしたいと思います」と曲紹介。
 やわらかな光をバックに木山さんが熱唱します。ステージには遠景でギター奏者が映るだけで、とてもシンプル。一つ一つの歌詞を、胸いっぱいに気持ちを込めて歌う素晴らしいステージでした。後ろからのカメラアングルでは、向かい合わせにいる家族とのショットも映ります。母に抱えられて眠る末っ子も、あらためてアップで映されます。サビを歌う木山さんは左手を広げて動かしながら、その薬指にはもちろん指輪が光っています。
 歌い終わった後に万来の拍手。「今日一番の拍手じゃないですかね」と、中居さんがコメントします。(2分50秒)

(解説)
・木山さんは2007年に出演した日本テレビ『歌スタ !!』出演をきっかけにデビューを果たします。そこで「home」を提供した多胡さんの目に留まったそうです。日テレを中心に積極的にプロモーションした結果多くの人の耳に留まり、ロングセラーを記録して紅白出場にまで至りました。

・歌手としてのヒットは「home」のみでしたが、そもそもの本業は歌手ではなくサラリーマン。その会社には2019年まで務めて、現在は歌と講演が活動のメインになっているようです。

・木山さんがヒットした時期は偶然にも清水翔太が「HOME」でデビュー、これまた大ヒットします。同じ時期に同名異曲がヒットする珍しい事例でした。その清水さんは現在まで歌手活動を継続、ヒット曲多数で長く支持される人気歌手となっています。




秋元順子(初出場/第59回/2005/61/東京都出身)
「愛のままで…」(2008/花岡優平/花岡優平/初)
~61才 紅組最年長で初出場!~

 秋元さんは3年前にデビュー。「色々迷った時に娘がですね、本当にやりたいんだったらあきらめずに頑張ったら?って言ってくれたことが背中をドーンと後押ししてくれました」と、その時のエピソードを話します。というわけで、その娘から手紙が届いたそうです。本人には知らされていないサプライズで、ビックリした表情。横にいた稲垣吾郎が代読。「手紙を読むと言えば僕です」、かどうかはよく分かりませんが。
 「順子様、紅白出場おめでとうございます。小さい頃から毎日のように、仕事や家事をしながら歌う順子さんの声を耳にしていたので、なんとも不思議な気持ちです。私もこんな年になり、何の親孝行も出来ずいまだ大変な思いをさせていますが、その分全力で応援させてください。そしてこれからもその素敵な歌声を、歌が大好きだというその気持ちをたくさんの人に届けてください。頑張って!」
 「めぐりあった人と生きる人の幸せを伸びやかに歌い上げる大人のラブソングです」の曲紹介でイントロに入ります。61歳という年齢ですが、伸びやかな歌声と無理のない歌い方が非常に聴き心地良いです。ストーリー性のある歌詞を含め、人々の心に深く刻まれるステージになったのではないでしょうか。(2分52秒)

(解説)
・紹介テロップでもあるように、61歳での初出場は紅組最年長記録。それ以前の最年長は民謡歌手の福士りつ(第41回・1990年の60歳)でしたが、自ら歌ってヒット曲を出してとなるとほぼ前例のないことです。「岸壁の母」を歌った二葉百合子(第27回・1976年の45歳)くらいでしょうか。これは現在でもまだ破られていません。

・「愛のままで…」はこの時点で既にロングセラーでしたが、この紅白をきっかけに年明け更に大ヒット。なんとオリコン週間1位まで獲得しました。翌年の紅白にも出場、2年連続で同じ曲を歌う形になります。

・演歌・歌謡曲系に多い身内からの応援は、この年辺りから恒例の演出となりました。昭和でもそういった事例はいくつかありますが、案外平成20年代の紅白の方が見る機会は多いです。




キマグレン(初出場/第59回/2006/28/神奈川県出身)
「LIFE」(2008/KUREI/ISEKI/初)
~湘南・逗子の海と地元の絆を愛する2人組~
振付:南 流石 踊り:東京流石コレグラ

 キマグレンの2人を前にして、中居さんが「LIFE」の一節を歌います。恐ろしく音を外してます。「紅白、本当魔物が棲んでますから。僕ね、十何回出てますけども紅白で一回もメロディー合ったことないですから」。白組からの初出場ですが、ここでの進行はどちらかと言うと仲間さんが中心。中居さんはさりげなく、スタンバイ時に2人が裸足であることに注目します。
 「来年は嘘のない自分だ!」と高らかに宣言するのはKUREIさん。ISEKIさんはギターを弾きながら歌うパフォーマンス。バックバンド&コーラスはギターやコンガ、キーボードなど合計6人。100人近い人数で動きも大きいバックダンサーの振付は、やはり南流石先生のようです。湘南のパーティーをイメージした振付でしょうか。最後は「キャーキャー」と飛び跳ねていました。
 全体的にテンション高め、会場中に手拍子が響き渡っています。良いステージだったのではないでしょうか。(2分39秒)

(解説)
・中居さんが所属するSMAPはこの年16回目の出場。当然1回もメロディーが合っていないという話は誇張ですが、歌唱力に関しては度々自らネタにしていました。

・「LIFE」はCDセールスだけを見ると年間100位にも入っていませんが、ロングセラーコースの指標は辿っていました。チャートで目立っていたのはやはり配信で、6月と7月のダウンロードは相当上位につけています。これが評価されて紅白初出場になった形です。

・ただヒットした曲はこの曲のみで、2015年に解散。もっとも彼らの業績としてより大きいのは逗子のライブハウス・音霊 OTODAMA STUDIOの方ではないかと思われます。




いきものがかり(初出場/第59回/2003/24~26/神奈川県出身)
「SAKURA」(2006/水野良樹/水野良樹/初)
~卒業ソングの新定番「SAKURA」~

 メンバーにそれぞれ初出場の周りの反応を尋ねます。「とにかく家族とか、親戚とか近所の人がもうすごく喜んでくれて、おばあちゃんが赤飯を二升も炊いてくれました(笑)」(吉岡)、「父親に電話したら、父親が電話先で泣いてましたね、珍しいことなんですけど」(水野)、「実家のテレビがですね、えらいデカいモンに変わってました(30インチから50インチ)」(山下)。まとめると「大画面に向かって赤飯を食べながら号泣してご覧になっているわけですね」(中居)。ちなみに中居さんが初出場した1991年は、当時持っていなかったビデオデッキを買ったとのことです。
 衣装は全体的に普段着スタイル。吉岡さんは白と淡黄色を主体としたTシャツにGパン、良く言えばとても歌いやすそうな衣装です。Tシャツには”KING”という文字が書かれています。
 ステージはやはりスクリーンに映し出される青空の中の桜の美しさが印象的ですね。一つ一つの歌詞を噛みしめながら歌う吉岡さんの歌唱も良かったですが、年末の多忙さもあって若干本調子と言えない部分もあったでしょうか。間奏なしの1コーラス半という構成でしたが、十二分の存在感を示していたステージだったでしょうか。(2分36秒)

(解説)
・この年のいきものがかりはシングル5枚・アルバム2枚をリリースして、春にはライブハウスを中心とする全国ツアー。非常に多忙な1年でしたが、楽曲はリリースされるごとに大ヒット。『NARUTO』タイアップの「ブルーバード」がこの年の最大ヒットでしたが、初出場として選んだのは大きく知名度を上げるきっかけになったメジャーデビュー曲の「SAKURA」でした。

・この曲は放牧という名の活動休止直前、第67回(2016年)でも歌われていますが、その時は作り込まれた桜の美術セットが見どころの一つでした。時が遡ったこの年は映像で桜を表現しています。時代が進んでかえってアナログなステージになるという、珍しい現象が起こっています。




前川 清(18年連続18回目/第42回/1969/60/長崎県出身)
「東京砂漠」(1976/吉田 旺/内山田洋/5年ぶり4回目)
~大みそか 東京の夜に響け!「東京砂漠」~
コーラス:クール・ファイブ

 飛行船は渋谷から移動して六本木上空から中継。ライトアップされた東京タワーが見えます。時間は夜の8時半、小野アナウンサーによると、東京タワーから夜明けを見るためにこの時間から集まる人も多いのだとか。そのまま飛行船から前川さんの曲紹介に入ります。デビューの際に上京した時の前川さんには、余分な物を削ぎ落とした鉄骨だけの東京タワーが妙に寂しく映ったというエピソードを紹介。
 今回もクールファイブがバックコーラスを務めています。相変わらずの名曲ですが、年齢を重ねたこともあって、若干寂しさの度合いが増したような気がします。あとは以前と比べて、コーラスの4人の声が少し枯れ気味にも聴こえました。
 歌い終わった後の中居さんのコメント、「去年ね、今夜限りとおっしゃってましたけどね、今年も今夜限り復活して頂きましたありがとうございました」。歌謡コンサートでもしょっちゅう復活しています。ありがたいことではありますが、確かに2年前のあの言葉は何だったのだろうという気はしないでもありません。(3分0秒)

(解説)
・「東京砂漠」は第27回(1976年)に内山田洋とクール・ファイブとして歌唱していて、以降前川さんのソロで第50回(1999年)・第54回(2003年)にも歌われています。内山田洋さんは2年前に亡くなっていますが、こうやってクールファイブと一緒に紅白で歌うのは32年ぶりのことです。

・前年には薬師丸ひろ子さんの中継で登場、また3年前にも企画コーナーで大きく取り上げられました。この時期の紅白は、妙に東京タワーが登場する割合が高いです。そういえば、リリー・フランキーさんの小説が大ヒットしたのは2007年のことでした。

・クールファイブ時代を含めると29回出場した前川さんですが、この年限りで紅白から去ります。歌手活動はもちろん現在も変わらず続いていて、一昨年の楽曲は水野良樹さんの提供でした。九州では『前川清の笑顔まんてんタビ好キ』が2012年以降おなじみで、今年で10年目を迎える人気番組となっています。




川中美幸(11年連続21回目/第32回/1973/53/大阪府出身)
「二輪草」(1998/水木かおる/弦 哲也/3年ぶり3回目)
~夫婦演歌の決定版!「二輪草」~
振付:花柳糸之 踊り:花柳糸之社中

 ここで紅白のバックバンド紹介が入ります。NHK506スタジオから中継、香取慎吾がリポーターとして登場します。
 演奏を担当するのは三原綱木とザ・ニューブリード。紹介されるとともに、ファンファーレの演奏。第37回(1986年)以来22年ぶりの演出です。三原さんにもインタビュー。「(歌手と離れた場所で)大変と言ったら大変ですけど、でも何キロ離れていても歌手の皆さんの心は私と通じ合っております」。その決め顔に、バンドメンバーの皆さんちょっと苦笑い。それにしても、バンド指揮者が紅白の本番で喋る場面を見たのは昭和でもほとんどなかったような気がします。
 大きな白鳥が描かれた黒い着物に銀帯、お姫様のような髪型で歌います。50名規模の赤い着物、途中から黄・緑・白の着物に早替えした女性の踊りは毎度おなじみ花柳社中。歌い慣れた曲ということもあって、全体的にタメが大きい歌唱。色々な意味で1980年代中頃の紅白における彼女の立ち位置(前半での登場、バックに踊りあり)に近いイメージ。間奏では506スタジオからの中継、香取さんが特別に指揮棒を振る風景が映りました。(2分54秒)

(解説)
・三原綱木とザ・ニューブリードは、第37回(1986年)以降ほぼ毎年演奏を担当。三原さんはジャッキー吉川とブルー・コメッツのギターとして、第17回(1966年)~第19回(1968年)まで白組歌手の一員でもありました。テロップでは毎年紹介されていましたが、こうやってご尊顔を排したのは本当に紅白では22年ぶりの出来事です。

・紅白での「二輪草」は3年ぶりですが、3年前は普通に歌っていてそこまでタメは大きくありませんでした。何年も歌っていると歌い方を変えたくなるという、典型的な事例です。

・演歌系のステージに必ず1つは登場する花柳糸之社中。その歴史は非常に長く、テロップが出ない第19回(1968年)の時点で既に確認することが出来ます。本当に毎年恒例になったのは第26回(1975年)からで、その際は三波春夫のステージの専属でした。その後第35回(1984年)から色々な歌手のステージに出るようになり、川中さんのステージに登場したのは「男じゃないか」を歌った第36回(1985年)以来23年ぶりとなります。




宮沢和史 in ガンガ・ズンバ&ザ・ブーム(6年ぶり3回目/第59回/2006/38~50)
「足跡のない道」(2008/宮沢和史/宮沢和史、高野 寛/初)
「島唄」(1992/宮沢和史/宮沢和史/6年ぶり3回目)
~ブラジル移民100周年 「島唄」熱唱!~

100年前に笠戸丸に乗ってブラジルに渡った800人から始まったブラジル移民史。『ハルとナツ』でブラジル移民を演じた仲間さんは「夢を求めてブラジルに渡っていった移民の皆さんなんですけども、着いた苦労、その現実、本当に計り知れないものがあると思います。でもドラマを通じて感じたことはその苦しい時でも家族が手と手を取り合いながら支え合ってきた、そういう家族の皆さんの絆、それがこの100年を支えて今こうしているんじゃないかということをすごく実感しました」と話します。
 ブラジル移民が最も多く住んでいるサンパウロ・リベルダーデ広場から中継。塚原愛アナがリポーターとして登場します。
 午前9時半を過ぎたばかりの現地では、今年で38回目となる餅つきが開かれています。日系1世の方が6世の孫と餅つきをしている様子を伝えます。今回の餅はいつもの倍の2万個配られるそうです。ポルトガル語の説明が同封された紅白の餅には、日本人だけでなく地元ブラジル人もそれにあやかろうとしています。
 同じ場所には特設会場も作られて、紅白歌合戦を楽しんでいるようです。塚原アナが観客にインタビュー。60代くらいの男性は「おふくろさん」に思いがあるそう。「いい歌ですねぇ~。私もいつもおふくろを思い出しますよ」とコメントします。もう1人やや高齢の女性は、終わった後にはいつも「紅白が終わりますと、故郷が恋しくなって、いつも電話で姉や親戚に新年の挨拶をしております」とコメント。それぞれの思いで紅白を楽しんでいる、とレポートします。
 ステージでの人数は合計12名。THE BOOMだけでなく、コーラスやコンガなどの演奏者もいます。「虹の都へ」をかつて大ヒットさせた高野寛さんもいますね。バックのスクリーンには、日本とブラジルの国旗が両端に大きく映し出されています。
 「足跡のない道」の歌唱では、ブラジル日本移民史料館の写真をメインに映し出します。最後の写真が白黒からカラーになったところで「島唄」のイントロ。小林孝至さんのギターがカッコ良いですね。
 宮沢さんは三線を弾きながら、Bメロのパートは女性コーラスのクラウディア大城さんが担当します。ブラジルからの中継も挟まれますが、衛星中継のため映像と音がずれているのが手と口の動きから分かります。歴史を感じる良企画でしたが、なんとなく「島唄」ありきのステージかな、という印象もあります。(3分56秒)

(解説)
・THE BOOMとブラジルの繋がりと言えばアルバム『極東サンバ』。ですので個人的には「風になりたい」か「berangkat-ブランカ-」辺りを聴きたかったかな、という思いは正直今でもあります。

・とは言えその後もTHE BOOMはブラジルと深く関わり、アルゼンチンでは「島唄」が国民的ヒットになります。日本で知名度が高いのはやはり「島唄」の方で、ブラジルでも多くの日系人に愛されている曲の一つであると容易に推測は出来ます。全く納得できない選曲、というわけでは当然ながらありません。

・前年にZARDと美空ひばりの追悼企画がありましたが、現役のミュージシャンを特別企画のゲストとしてステージを披露してもらうのはこれが初めてでした。翌年の紅白で矢沢永吉とスーザン・ボイル、さらに次の年には桑田佳祐が出場歌手と別の形で特別出演。紅白に特別枠が定着するのはその時期からですが、一番最初に本格採用となったのはこの年だったのではないかと感じます。

・塚原愛アナは前年にラジオ中継担当、紅白に携わるのは2回目になります。その後第68回(2017年)ウラトークちゃんねるの進行担当、バナナマンとテンポの良いやり取りを見せていました。そういえば、この少し前までは『爆笑オンエアバトル』のMCでもありましたね。