X JAPAN(18年ぶり6回目/第42回/1985/46~50)
「紅白スペシャルメドレー~We are X!~」
「Forever Love」(1996/YOSHIKI/YOSHIKI/18年ぶり2回目)
「BORN TO BE FREE」(2015/YOSHIKI/YOSHIKI/初)

 1997年に解散したX JAPAN。当時の紅白歌合戦のパフォーマンス、翌年に亡くなったHIDEの告別式、2007年に再結成・世界16か国でライブをしてきたという紹介映像が最初に流されます。その間にステージ横にいた歌手の顔触れが入れ替わりました。ここではmiwa山本彩ゴールデンボンバーゆず藤あや子といった顔が並びます。
 有働アナと進行を担当するのは、18年前の紅白で白組司会を務めた中居正広「ファンの皆さんにもらった第2の人生だと思っているんです、今の再結成が」「ここに戻って来ると思ってなかったので、本当に皆さんに感謝してます」とYOSHIKIがコメント後にスタンバイ。切々と語っていましたが、ステージに向かう途中でXポーズを早くも見せます。曲紹介もまた18年前と同じく、中居さんが担当。
 メドレーで最初に歌われる曲も、あの時と同様の「Forever Love」。YOSHIKIが弾くピアノの横にはギターとベース、そこには亡くなったHIDEとTAIJIがここにいるというメッセージが込められています。ビジョンでは1990年代のX JAPANのライブ映像、他のメンバー以上にHIDEのショットが印象的です。
 「X JAPANが、紅白に、帰ってきたぞー!!」(ToshI)「We are! “X!” We are! “X!” We are “X!”」(YOSHIKI)高らかに宣言した後に演奏されるのは、発表されて間もない新曲「BORN TO BE FREE」。力強いYOSHIKIのドラム演奏に、当時と同じくとんでもないハイトーンで歌われるToshI。PATAのギターにHEATHのベース、そして再結成後に加入したSUGIZOのギターもステージを盛り上げます。間奏ではToshIがYOSHIKIに水をかけるパフォーマンスも披露。過去5度紅白に出場してますが、「Silent Jealousy」の時も「紅」の時も意外と大暴れはしていないので、そういう意味では今回が一番自由なパフォーマンスを繰り広げていたように感じました。
 YOSHIKIもToshIも50歳を迎えましたが、全くそのように見えません。特にToshIの歌声は恐ろしい声量です。解散してしばらくの間は洗脳騒動もあって、再結成など考えられない時期もあったので、余計にその印象が強くなります。YOSHIKIが歌前に語っていた通り、こうしてまた集まって紅白に出場できることも奇跡なら、全盛期並のパフォーマンスでそれを実現できたことも普通では考えられません。今回の紅白における、最大級のハイライトの一つでした。(4分40秒)

 

(ウラトーク)
 μ’sのメンバーはここで退席。しばらくは先ほどの小林幸子の余韻に浸ります。
 バナナマンの2人が出会った時、設楽さんは日村さんが歌う「紅」にビックリしたそう。23年前の当時は原曲キーで歌えていたのだとか。
 ここも目の前のステージの凄さに興奮するウラトーク席。日村さんは両曲ともサビを大熱唱、まだまだ高いキーは出せそうです。

 

(解説)
・1997年解散後はそれぞれソロ活動を展開しますが、最も活発に動いていたギター・HIDEが1998年5月2日に突然亡くなります。「ピンクスパイダー」「ever free」の発表を控えていた最中で、その訃報は日本中に大きな衝撃を与えました。また、1992年初頭に脱退したベース・TAIJIも2011年に45歳の若さで亡くなります。

・ギターの新メンバーとなったSUGIZOは2008年にサポートでライブ初参加。2009年5月に正式加入します。LUNA SEAのメンバーとして1998年・第49回紅白のステージに立っているので、彼にとっては2回目の出場です。

・X JAPANは2008年に再結成、翌年以降は複数回ワールドツアーを開催。海外のロックファンを熱狂させます。日本のテレビ出演復帰は2014年のMステスーパーライブ、紅白もこの年18年ぶり復帰という形でした。

・曲紹介で登場する出場歌手はX JAPANの音楽に影響を受けた面々です。山本彩は当時まだアイドルですが、既にロック好きとして知られていました。赤いドレスが一際目立つ藤あや子はかなりのロックファンで、演歌歌手ながら洋楽にも相当精通しているというエピソードが存在します。

戦後70年 紅組特別企画
MISIA(3年ぶり2回目/第63回/1998/37)
「オルフェンズの涙」(2015/MISIA/鷺巣詩郎/初)

 ここで終戦の年に生まれた吉永小百合から映像メッセージが流れます。原爆詩の朗読、公開されたばかりの映画『母と暮せば』出演を語り、原爆・戦争を風化させてはいけないという想いをあらためて話します。
 平和への祈りを込めた曲を、長崎の平和祈念像前に作られたステージから中継で披露。色とりどりの蝋燭・灯籠がステージの周りに多数灯されています。『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』で使われている楽曲ですが、あらためて聴くと本当に平和を祈る歌詞であることがよく分かります。
 ”争いのあとに残るのはただ悲しみだけ”というBメロの歌詞。これは日本だけでなく世界、特に日々無差別に殺戮が繰り返されている中東方面へ伝えたいと痛切に感じました。MISIAさんの歌声は言うまでもなく日本トップクラスの歌唱力ですが、その持ち主が全力で平和の想いを込めて歌っています。名ステージにならない訳がありません。全力で歌い切った後に祈りを捧げる姿に、彼女の強い想いが込められていました。それはこのステージを見ている人にとっても、共通の願いではないかと感じます。(3分28秒)

 

(ウラトーク)
 中継の風景にまず”凄い”という一言。「すごい帽子だね」と、帽子にふれたシーンもありましたが、それ以外はほとんどトークもなくただただ聴き入っていました。

 

(解説)
・吉永小百合は第13回(1962年)~第17回(1966年)に紅組歌手として、第26回(1975年)・第48回(1997年)ではゲスト審査員として出演。原爆詩の朗読は戦後60年の第56回(2005年)で披露、山梨県のフィリア美術館から「序」「生ましめんかな」「折づる」を読み上げました。

・『母と暮せば』は松竹120周年記念作品として、山田洋次監督でこの年12月12日に公開。吉永さんと二宮和也が主演、翌年の日本アカデミー賞で数多くの賞を受賞しています。

・MISIAは翌年1月6日にアルバム『LOVE BEBOP』をリリース。「オルフェンズの涙」の他に、「あなたにスマイル:)」「白い季節」「桜ひとひら」などが収録されました。

・このステージは特別出演としての発表・紹介ですが、曲名・歌手名テロップの色は赤色で実質紅組歌手扱いでした。第69回(2018年)以降紅組歌手としての出場ですが、その際第63回(2012年)と合わせた2回分も出場回数としてカウントされます。

・ちなみにこの年は総合司会・小林幸子他ゲスト出演者のテロップが金色、ウラトーク進行と楽屋ロビー中継出演者は青色のテロップで紹介。青テロップの使用は今回が初ですが、翌年はテロップのデザインが変わるので唯一の使用例になります。

美輪明宏(4年連続4回目/第63回/1952/80)
「ヨイトマケの唄」(1965/美輪明宏/美輪明宏/3年ぶり2回目)

 戦争が終わった時の黒柳徹子は中学生。その当時の人々の想いを鮮烈に語るメッセージが胸に残ります。その後で聴く「ヨイトマケの唄」は、ただでさえ強い説得力を更に増す内容でした。3年前の紅白で大喝采を浴びましたが、今回あらためて見ても圧巻の一言です。
 個人的にこのステージは最初あえて映像なしの音声だけで聴きましたが、だからこそ余計に感じ入るものがありました。曲が進むに連れて自身の魂と楽曲の世界が一体化するパフォーマンスは、どう考えても80歳のそれではありません。こんなに説得力のある声を出せる80歳は他にいないでしょう。恐れいりました。文句無しです。(6分2秒)

 

(ウラトーク)
 80歳という年齢には、やはり会場からどよめきが起こったそうです。ステージは前半ほぼ無言。中盤で久保田アナがステージ演出を解説。ほとんど言葉が出ない中、最後に出た感想は「優勝じゃないですか?」

 

(解説)
・80歳で紅白出場、歌手としてパフォーマンスするのは史上初の事例でした。なお特別出演では第69回(2018年)の北島三郎が82歳で歌唱、ゲストでの最年長出演は第44回(1993年)の成田きん・蟹江ぎんの101歳です。

・カバー曲を除く本人歌唱で、1960年代の曲が歌われるのもこれが最後になります。カバーに関しては「愛の讃歌」「王将」「上を向いて歩こう」などがあり、その後も歌われる可能性は高いと思われます。

・芸能活動は現在も継続中ですが、脳梗塞発症やコロナ禍もあってコンサート出演は2019年2月が今のところラストになっています。なお現在存命の紅白出場歌手で最年長は三条町子の96歳8ヶ月で、歴代でも彼女が間もなく最高齢になろうとしています(従来の記録は松田トシの96歳9ヶ月)。

レベッカ(初出場/第66回/1984/52~56)
「フレンズ」(1985/NOKKO/土橋安騎夫/初)

 歌前トークあり。今年再結成したお礼が届けられることや、会場に来れなかった皆さんに歌を届けられたらというメッセージを、ボーカル・NOKKOが話します。
 4人の友情の歌と曲紹介されましたが、”どこでこわれたの oh フレンズ”と歌われるサビの歌詞には矛盾もあります。もっとも、だからこそ余計に響く部分があるのかもしれません。とりあえず間違いなく言えることは、何年経ってもこの曲は永遠に色褪せない名曲であるということ。メンバーの容姿は相当年齢を感じさせる部分もあり、NOKKOさんの声量も当時ほどの圧倒的なパワフルさではありません。ですが重要なのはやはり、オリジナルのメンバーがこうやって集まって演奏していること。何よりも4人の絆の深さに感動せざるを得ない、そんなステージでした。リアルタイムを体感していない私がそう感じるとしたら、40代~50代くらいの人にとってはそれ以上に込み上げる物があったと思います。台本にあるかないかは別にして、おそらく紅白で見られるのは最初で最後。だからこそ余計に、紅白で見ることが出来て本当に良かったという気持ちになります。(3分17秒)

 

(ウラトーク)
 バナナマンにとって小学校高学年の時に発表された「フレンズ」。完全に直撃世代なので、歌い出し第一声から興奮・感激しています。自然にサビを口ずさみます。設楽さんはイヤホンを外して生声を楽しみます。
 久保田アナは広末涼子が出演した1999年のドラマ『リップスティック』でこの曲を知ったと話しています。照明をあえてLEDでなくハロゲンランプで表現したという情報も入りました。

 

(解説)
渡辺美里プリンセスプリンセスなどと同様、レベッカも1980年代後半人気がありながら紅白に出場しなかったアーティストでした。当時のソニーだと、バービーボーイズやユニコーンなどもこれに該当します。米米CLUBも1991年までは出場せずTM NETWORKも1回のみ、2回出場した爆風スランプのみが例外でした。

・「フレンズ」は2度ドラマ主題歌で使われています。1度目はNTV系の『ハーフポテトな俺たち』エンディングテーマ、このタイアップがブレイクのきっかけになりました。もう1つは久保田アナが挙げた月9ドラマ『リップスティック』、その時に新たなリミックスが施され、シングルとして再リリースもされています。

・NOKKOはソロシンガーとしても複数ヒット曲を出していて、特に「人魚」「ライブがはねたら」は代表曲になっています。「Natural」は連続テレビ小説『ふたりっ子』主題歌でしたが、こちらはドラマの高い話題性の割にヒットしませんでした。

・再結成は1995年横浜アリーナのライブ、2000年の楽曲発表と2015年以降の活動に大別されます。紅白出場後にも全国ツアー開催、2017年には新曲も発表しました。解散したというアナウンスはありませんが、現在は活動をお休みしている状況のようです。

今井美樹(9年ぶり2回目/第57回/1986/52)
「PIECE OF MY WISH」(1991/岩里祐穂/上田知華/初)

 有働アナが審査員の上橋菜穂子にコメントを求めます。「歌手の皆さんの歌だけではなくて命の全てがぶつかってくる感じがして、体が燃え上がるような感じですね。本当に素晴らしくて、紅白つけるというのが難しいなと思ってしまいました」
 照明が暗転して、綾瀬さんが両手でマイクを持ちながら曲紹介。震災の被災地を訪ねた時に、前を向いて歩いていこうという人々の思いを見て地元のラジオ局で流された曲が「PIECE OF MY WISH」だそうです。被災地にあらためてこの歌が届いていることを知り、歌い続けていく意味を見つけたという今井さんのコメントを紹介して、歌に入ります。
 24年前の曲となり、当時の高音を出しにくい年齢になりましたがキーは変わらず、歌声も同様に澄み切った美しさで熱唱するステージでした。先ほどのレベッカと同様、この曲も生演奏。贅沢な気持ちになる楽曲・ステージです。ただその要因には、丁寧に考えられた曲紹介も挙げられそうです。個人的には9年前に夫が駆けつけたステージ以上に意義があって、胸に響く内容でした。(4分7秒)

 

(ウラトーク)
 このステージも第一声から興奮気味。「ドンピシャの世代でなくてもグッときますね」「いやいやこっちの方がきます」となぜか世代間で争う2人、日村さんが思わずツッコミます。こちらも全体的に、世代であるバナナマンが特に聴き入ったという形。最後は後ろの方にいたコーラスに注目、「マイクが見えなかったからただずーっと立ってる人がいるのかなと」「逃げ遅れた大道具の人かと思った」とコメント。

 

(解説)
・上橋菜穂子は翌年以降NHKで放送されるドラマ『精霊の守り人』原作者です。これは『守り人シリーズ』の第1弾にあたる作品で、2018年まで全14巻続く大作になっています。

・「PIECE OF MY WISH」も1991年の大ヒット曲ですが、紅白歌合戦で初披露になったのは24年も後でした。TBS系のドラマ『あしたがあるから』で大ヒット。自身が主演を務めると同時に、福山雅治のドラマデビュー作品でもあります。

・「PIECE OF MY WISH」「PRIDE」を筆頭に、今井さんはやはりドラマ主題歌のヒットが多いです。「瞳がほほえむから」「Miss You」「SLEEP MY DEAR」「Goodbye Yesterday」「愛の詩」などが該当、CD売上上位のシングルもこういったドラマ主題歌が中心になりました。

・2015年は6年ぶりのアルバム『Colour』リリース、オールタイムベストの発売に全国ツアー開催もありました。この年は歌手デビュー30年目というタイミングで、近辺の年と比べても活動が多い年でした。

SMAP(11年連続23回目/第42回/1991/38~43)
「This is SMAPメドレー」
「Triangle」(2005/市川喜康/市川喜康/5年ぶり3回目)
「Otherside」(2015/Leo Imai/MIYAVI/初)

 今年のど自慢スペシャルで訪れた岩手県山田町から中継が入ります。番組に出演した方々が、山田町中央コミュニティセンターに集合。レポーターはのど自慢司会の小田切千アナが担当。
 木村拓哉稲垣吾郎が船に同乗したカキ漁の佐々木友彦さんは、町が本当に明るくなりましたという感謝の想いをあらためて伝えます。香取慎吾が背中を押してステージでプロポーズした藤澤真吾さんは、その麗奈さんと結婚したことを報告。中居正広草彅剛が仮設住宅を訪れた89歳のおばあちゃんからは手紙を預かった形。故郷が頑張っていることと、SMAPのメンバーに感謝していることをあらためて文章にしたためていました。
 そんな山田町からの感謝の言葉にお返しをするという形で、紅白では3度目になりますが「Triangle」を1コーラス歌唱。5人一緒に集まって映るショットが何より美しいです。10年前に新曲として初めて聴いた時は正直微妙な楽曲という印象もありましたが、何度も聴くと胸に響く言葉が本当に散りばめられている名曲だとあらためて感じます。もう1曲は前回パフォーマンスした「Top Of The World」に続く、MIYAVI作曲のロック色強い2015年のナンバー「Otherside」。そもそも曲自体がそうですが、SMAPのカッコ良さはこの曲に乗せられると何倍にも膨れ上がります。サビのメロディーにも大団円感があって、この曲順で歌うに相応しい格とオーラに溢れています。
 大トリで歌ったり前回のように3曲メドレーで歌ったりとここ数年は破格の待遇が目立っていましたが、今回は2000年代後半の立ち位置に戻った形。そういう意味では少し懐かしさも感じるステージでした。ただやはり風格は当時と比べても今の方が格段に上です。大トリが続いていた時期はそろそろ代わって欲しいとも感じましたが、今はまたもう一度大トリのSMAPを見たいというのが正直な気持ちです。メドレーで過去曲が混ざることもありますが、新曲を歌わなかった年はここまで1回も無し。その偉大さは、特に今回の紅白の構成で余計に感じてしまう部分も大きいです。(5分36秒)

 

(ウラトーク)
 「Triangle」はほぼ聴き入る形。前回ハイタッチを交わしたと話していた2組ですが、今回はバナナマンとSMAPは会う機会がなかったようです。「Otherside」では「やっぱ深みがあるよねカッコ良さに」と話します。「5人が集まるだけですごい説得力がある」と久保田アナ。キムタクのダラっとした感じの衣装はキムタクだからカッコ良いという感想もありました。

 

(解説)
・NHKアナウンサーが歴代引き継いでいる『NHKのど自慢』MCですが、2013年から務めている小田切千アナは現在も担当しています。平成以降では一番の長期間になっていますが、17年務めた宮田輝アナや金子辰雄アナと比べるとまだ半分です。紅白はラジオ中継担当が過去にありますが、中継リポーターの出演はこの時が初。2006年以降歌番組を継続して担当していることを考えると、総合司会の経験がないのは正直意外という感もあります。

・当然翌年以降もまだまだ紅白に連続出場すると思われましたが、年が明けてすぐの1月13日に全く予想できなかった報道が入ります。2016年はこの騒動が、年末まで絶えず取り上げられた年になりました。雑誌によると、この紅白の時点で裏ではかなり事務所周辺でゴタゴタしていた部分があったようです。

・結論を言うとSMAPは2016年大晦日で解散、したがって紅白歌合戦もこのステージが最後になりました。事務所の行為は視聴者やファンはもちろん、この紅白を振り返って見返すと、『のど自慢』でお世話になった人々に対しても後ろ足で砂をかけるような内容だったように思えます。

・中居さんは事務所に残留後2020年に個人事務所を設立、稲垣さん・草彅さん・香取さんは個々の俳優活動だけでなく新しい地図のユニットでも活動中。木村さんは事務所に残っていますが、こちらも俳優・音楽活動で相変わらず主演級の活躍を見せています。

・当然ファン中心に現在も再結成の声が多く発生しています。シングル「世界に一つだけの花」は解散騒動中だけでなく、その後も複数回購買活動が行われました。

・メンバーのチームワークは現在も健在で、1996年に脱退した森且行がオートレース日本選手権で優勝した時は5人全員がコメントを寄せています。事務所は新しいグループを売り出す方針もあるはずなので、常設グループとして再結成は難しいと思いますが、せめて1夜限りでもいいので5人揃って歌う姿を再び見せてほしいと個人的には願うばかりです。あの解散劇に心から納得している人は、いまや世の中にほとんど存在していないはずなので…。