森 進一(48年連続48回目/第19回/1966/68)
「おふくろさん」(1971/川内康範/猪俣公章/7年ぶり8回目)

 今回の紅白が最後の出場になることを表明している森進一。五木ひろし和田アキ子を初めとした演歌・歌謡曲の同士が一斉に集まります。「色々な思い出を胸に、今夜歌ってくださいます」という言葉で締める井ノ原さんの曲紹介。ちなみにこの場面では上手側、かつての白組側に歌手が集まっています。下手側に白組歌手がいるのは昨今特に珍しい光景でもなくなりましたが、上手側に紅組歌手がいる例はあまり記憶にありません。
 振り返ると、これまでの47回のステージ演出は全て王道。第54回(2003年)で長渕剛がギター&コーラスで参加、平幹二朗や高橋惠子が後ろで演劇を披露した第52回(2001年)の「それは恋」や曲紹介で日本エレキテル連合が出てきた例もありますが、基本的に全て自身の歌をメインにした王道のステージでした。”王道の演出で普通に歌うだけで名ステージになるという、まさに選ばれた中で更に選ばれた歌手だけが紅白で実現できるような内容”とSuperflyのステージレビューで書きましたが、森さんはこれを毎年当たり前のようにやってきたわけです。もっともここ10年近くは新曲を歌えず全て往年の名曲を選曲、最近は歌唱力の衰えや健康状態の悪化なども取り沙汰されてきました。以前の紅白では”体調を整えて歌うことが本当の歌”という本人のメッセージが紹介されたこともありましたが…。そう考えると、デビュー50周年を迎え、”演歌歌手”ではなく”流行歌手”と呼ばれることを好んだ森さんにとって、この選択はやはり自然なことなのかもしれません。
 かつて故郷・鹿児島を離れた時に見送った母親のことは、この曲が発表される以前から常に自身にとって大切な存在でした。第19回で紅白初出場した際の曲紹介も”鹿児島のお母さん見てくれてますか?”という内容。その母は1973年に亡くなります。間もなく補作詞がつけ加えられ、紅白でも3度そのバージョンで歌いますがそれが『おふくろさん騒動』に繋がります。この曲が発表されて44年になりますが、その間にも多くのドラマが存在しています。
 そのドラマは、歌い終わった後の”母さん!”という魂の叫びに昇華されました。完全フルコーラスの大熱唱。本当に長い間ありがとうございました、という感謝の言葉がまず思い浮かびます。
 なお歌い終わりの楽屋では息子・Taka(ONE OK ROCK)のInstgramで親子のツーショットが掲載されました。ジャンルは違えど、父の意志は今後も息子たちに脈々と伝えられそうです。紅白の場だけでなく、音楽という広いフィールドの中で、今後の本人および家族の活躍をあらためて期待したいです。(3分41秒)

 

(ウラトーク)
 久保田アナの祖母は、ファンクラブに入っていたほど森さんのファンだったそうです。「うわー」「はあー」と序盤は感嘆詞しか出てこないバナナマンの2人。日村さんは時々モノマネを交えていますが、状況が状況なのでツッコミはありません。歌い終わり、久保田アナは完全に号泣してしまいました。

 

(解説)
・48年連続出場は当時最長記録でしたが、紅白では3年後輩となる五木ひろしがその後更新します。石川さゆりの37年連続(現在継続中)、初出場からの記録に限定すると小林幸子の33年連続が、現在森さんに次ぐ連続出場記録となっています。

・森さんの息子はONE OK ROCKのボーカル・TakaとMY FIRST STORYのボーカル・Hiro。上にも書いた通りTakaさんはNHKホールに駆けつけて、インスタでツーショット写真を披露しています。いずれはこの2組のパフォーマンスも紅白歌合戦で見たいところですが…。両アーティストともここで書く必要ないくらいに、2010年代以降音楽界に多大な実績を残しています。

・白組トリも期待されましたが、色々ありましてトリ前の歌唱という形に落ち着きます。仮に白組トリを務めていた場合第41回(1990年)以来25年ぶりで、最長ブランク記録になっていました。なおこの時に歌った曲は19年ぶりの「おふくろさん」、23回目の出場で初めて自身の過去曲を歌った年です。

・この年は森さんの他に、和田アキ子伍代夏子藤あや子細川たかしの連続出場がストップ。さらにSMAP德永英明EXILEもいなくなりました。第23回(1972年)や第53回(2002年)など常連の一斉整理が行われる年が時折ありますが、第67回(2016年)もそれに当たる紅白だと考えて良さそうです。

髙橋真梨子(2年ぶり4回目(ソロ3回目)/第25回(ソロ第35回)/1973/66)
「五番街のマリーへ2015」
「五番街のマリーへ」(1973/阿久 悠/都倉俊一/初)
「桃色吐息」(1984/康 珍化/佐藤 隆/31年ぶり2回目)

 いよいよ終盤に近づいてきました。総合司会の徹子さんが、あらためて綾瀬さんの司会を称えます。曲紹介する司会の後ろでは、既に紅組歌手が勢揃い。
 『SONGS』には毎年出演していて、近年でも全国各地多くのステージに立って歌っている髙橋さん。金色と赤色をイメージした照明は、非常に高貴な雰囲気です。ステージに姿が見えないオーケストラはおそらく事前録音ですが、バンドメンバーは生演奏。贅沢な空間をじっくり作り上げています。
 今回はオマケがあると本番前に話していましたが、これは紅白で31年ぶりに「桃色吐息」を歌うことを指していたようです。個人的には「五番街のマリーへ」フルコーラスでも良かったかなという気持ちもありますが、素晴らしい内容であることに変わりはありません。次回以降の出演もあらためて期待したいです。(4分29秒)

 

(ウラトーク)
 母と祖母を思い出して号泣しまくる久保田アナですが、日村さんのモノマネで元気が出たそうです。
 「次生まれてきたら、歌手になりたいなぁ」と話す設楽さんですが、どんな歌手に?と聞かれるとなぜかボケずに本気で悩みます。「桃色吐息」に入ってからは、歌詞の咲く咲かないで議論しています。ですので”咲かせて咲かせて”のくだりでちょっと興奮気味、終始咲かない展開かと思いきやラストで咲いたので、「良かった~咲いた~」と締めのコメント。

 

(解説)
・「五番街のマリーへ」は1973年10月発売、ペドロ&カプリシャス時代の楽曲です。「ジョニィへの伝言」に続くシングルで、紅白初歌唱でした。この2曲は阿久悠・都倉俊一コンビの作品。ピンク・レディー山本リンダの一連の楽曲と同様、と言われると意外と思う方が多いかもしれません。

・「ジョニィへの伝言」は第25回(1974年)初出場の時に歌われましたが、「桃色吐息」は第35回(1984年)ソロ初出場の時に披露した曲です。ソロデビューは1978年ですが、初の大ヒットはこの「桃色吐息」でした。カメリアダイヤモンドのCM曲、1980年代後半~1990年代に多かったこのタイアップの初ヒット曲でもあります。

・ペドロ&カプリシャスの最大シングルヒット曲は「ジョニイへの伝言」でもなく「五番街のマリーへ」でもなく「別れの朝」です。ただレコード発売当時のボーカルは前野曜子で、彼女が脱退後髙橋さんが歌い継ぐ形になりました。後のベストアルバムでもしっかり取り上げられています。

近藤真彦(19年ぶり10回目/第32回/1980/51)
「ギンギラギンにさりげなく」(1981/伊達 歩/筒美京平/34年ぶり2回目)

 総合司会の徹子さんが、今度は井ノ原さんの司会も称えます。V6の坂本さんも「初司会と思えないほどの安定感」と絶賛。白組ラストはマッチ。初めて会った時にはヤンチャ坊主で紅白トリは誰があの時想像したでしょう、でも私は常にマッチの味方でしたよとあらためて語る徹子さん。
 この曲で紅白に初出場したのは34年前、あの時は金色の衣装でヤンチャに暴れ回ってました。音程もヘッタクレもなかったですがその分ものすごい勢いを感じたステージで、堂々のトップバッターでした。それから34年経ったステージは衣装でなくセット・照明が金色に統一、特に天井のシャンデリアが豪華さを演出しています。その一方で衣装は黒のスーツにスパンコール。やはり若い時とは違う歳相応の落ち着きが身について、歌唱力も明らかに当時より上がっています。
 1コーラス歌い終わらないうちに、出場歌手が全員ステージに立ち盛り上げます。マッチの気持ちが全て歌に込められていた、大熱唱のステージです。ただX JAPANから髙橋真梨子までのステージを思い返すと、やはりこれが紅白のトリと言われてもしっくり来ない印象は事実としてあります。『ザ・ベストテン』の1位ならば全く違和感ありませんが。あとトリにしては異例とも言える演奏時間の短さも気になります。(2分39秒)

 

(ウラトーク)
 当然のように「黒柳さーーん!」と絶叫しながら熱唱するバナナマン。特に日村さんはほぼフルコーラス、モノマネで歌いきってます。久保田アナは「2人とも似てる」と言いながら大ウケしていました。

 

(解説)
・このトリは史上初の記録が非常に多いです。マッチのトリは勿論ですが、トップバッターとトリ両方で歌われるのはこれが初めてとなりました。もう一つ非常に意外なことですが、筒美京平作曲のナンバーが紅白トリに選ばれるのもこの時が初めてでした。

・近藤真彦はこの年デビュー35周年。30周年を迎えた第61回(2010年)にも出場内定の記事がありましたが、その時は不出場。ただ「心 ざんばら」でレコード大賞の最優秀歌唱賞を受賞、これはジャニーズ事務所にとって20年ぶりのレコ大出演でした。

・19年ぶりに突如紅白に復帰して白組トリは、当時もやはり物議を醸しています。35周年を迎えた2014年12月にFNS歌謡祭やジャニーズカウントダウンでも後輩と共演していましたが、こちらも当時の評判は必ずしも良いものではありませんでした。

・デビュー40周年の2020年も何かしらあると思われましたが、雑誌で不倫を報じられた結果活動休止。そのまま2021年に事務所を退所します。アイドル時代の実績は確かですが、あまり評価されない状況を自ら作っている印象もあるので、今後どういった形の活動になるのか気になる所です。

・冒頭やや早めのカメラワークでスタッフが移動に間に合わず、焦った末に台本をステージ後方に落とすハプニングが発生します。引きのショットを映す間に片付けも可能だったと思いますが、最終的には次のステージが始まるまで撤収されない形になりました。

・演奏時間約2分台は平成以降の大トリだとかなりの短さです。近年では第59回(2008年)の氷川きよしが同じくらいの演奏時間でした。

松田聖子(3年連続19回目/第31回/1980/53)
「赤いスイートピー」(1982/松本 隆/呉田軽穂/初)

 前年同様、非常に緊張している聖子さん。「お母さーん!と言ってた頃のあなたを思い出すと夢のようです」と話す徹子さんが指している光景は、35年前『ザ・ベストテン』で初めて1位を獲得した際の名場面。今回この両組トリに意義があったのは、ひとえにこの場に黒柳徹子がいたからだとあらためて感じた瞬間でした。「大晦日の夜空に松田聖子さんの歌声が響きわたります。全ての人に幸せをプレゼントしてくれる歌の花束です、赤いスイートピー」。曲紹介も前年大トリと比べるとかなり落ち着いていました。
 大トリとして今回選ばれた「赤いスイートピー」は、まさに満を持しての紅白初歌唱。むろんヒットした33年前と比べると、キーは下がっていてリズムもズラしています。これに関して色々と感じる人は、ファンもそうですが日常でこの曲を聴いていたテレビの視聴者に多くいたのではないかとも思いました。ただ同じ人間でも時が経てば、年齢だけでなく立場も自然に変化するもの。会社務めのサラリーマンだと新入社員から部長くらいにはなる年齢。当時一世を風靡したアイドルも、今やデビュー35周年を迎えた大人のベテラン歌手。年齢も気がつけば美空ひばりが亡くなった52歳を過ぎました。時の流れは残酷でもあり、でもだからこそ意義のあるものでもあったり。2015年が終わるまであと25分ほど、今はこういうことをあらためて考えさせる存在こそが大トリに相応しいのかなというのが正直な心境です。あるいはこの曲のゆったりとしたリズムがそう思わせたのかもしれません。そういう意味では実に妥当な大トリの人選・選曲だったように思います。
 果たして次回はどうなるのでしょうか。松田聖子の紅白として見ると、次回は久々に盛り上がるステージを見せて欲しいという気持ちがあります。よくよく考えるとアップテンポな選曲は第45回の「輝いた季節へ旅立とう」、第46回のヒットメドレー以来長く紅白で歌っていません。ライブで盛り上がる「20th Party」「夏の扉」「Rock’n Rouge」などの歌唱も、そろそろあってもいいのではないかと思います。(3分32秒)

 

(ウラトーク)
 「これで終わるのか、最高だなぁ」「最高の紅白だったなぁ」とここまでを振り返るバナナマンの2人。このステージは「聴きたい気持ちもあるんですよね」と言いつつやはり歌いたい、ということで久保田アナも少し歌います。横にいるディレクターの一文字さんにも話を振り、マイクを渡してコメントまでしてもらいます。
 袖にいる多くのアイドルは、今回のトリ2人が道を作ってくれたからこそという内容のトークも設楽さんが展開。乃木坂46のメンバーもウットリしながら口ずさんでいて、全然こっちを見てくれないという話もしていました。

 

(解説)
・聖子さんが「青い珊瑚礁」で『ザ・ベストテン』に初登場したのは1980年8月14日放送分、羽田空港で搭乗した飛行機から降りてくる場面からの中継でした。ちなみに例の「お母さーん」は初登場のシーンかと思っていましたが、実際は初めて1位を獲得した時の場面。スタジオから福岡にいる母親に中継で報告する形でした。

・1982年の第33回紅白は特にアイドルで直近発売のシングル曲を選曲するケースが多く、聖子さんがその時に歌ったのは「野ばらのエチュード」でした。意外とここまで紅白で歌う機会は訪れず、「赤いスイートピー」は発表から33年経ってようやく満を持して初披露という形となります。

・筒美京平と同様、松本隆作品も多くの作品が紅白に歌われながら初のトリ選出になりました。ちなみに紅白で歌われた楽曲数は筒美さんが作曲家歴代2位、松本さんが作詞家歴代10位。また、松任谷由実(呉田軽穂)作品が紅白トリで歌われるのも初です。

・新曲以外で紅白初歌唱曲が大トリに選ばれるのは、メドレーを除くと3例目。第33回(1982年)の森進一「影を慕いて」、第49回(1998年)の和田アキ子「今 あなたにういたい」以来です。ちなみに「影を慕いて」は藤山一郎のカバーで、当時から見て50年前の発表でした。

・2年連続大トリは紅組だと第30回(1979年)・第31回(1980年)の八代亜紀以来35年ぶり、それ以前は美空ひばりの記録があるのみ。島倉千代子和田アキ子石川さゆりも達成していない、史上3人目の快挙です。

・エンディング

 最終投票に入ります。今回もペンライトの色で判別する方式。映像で見る限り、今回も1階席は紅優勢、2階席と3階席は白優勢。数を数えるのはお馴染み麻布大学野鳥研究部。両司会だけでなく、徹子さんからもペンライトを上げてもらうよう「どちらもお願いします」とリクエスト。何人かの紅組歌手はペンライトを赤にして振っていますが、これはカウントされているのでしょうか。ちなみに今回ゲスト審査員のショットがなかったので、誰がどちらに入れたかは分かりません。
 集計時間中の繋ぎはハイライトを2年ぶりに採用。ワイプでは出場歌手のショットもあります。このハイライトは会場にも映像という形で映りますが、階段ステージ上のAKB48NMB48乃木坂46の一部メンバーはその間ビジョンの後ろに隠れる状態でした。
 今回は356832vs346929、4年ぶりに紅組優勝。ただ合計の投票数は前回より30万票近く票数が少なくなっています。ホームページで発表された内訳はデジタル審査員が355545vs345509で紅(前回より24万票ほど減)、ワンセグが9286vs10652で白(前回より1万票ほど減)、アプリが99554vs97871で紅(前回より7万票ほど減)、会場審査員は1287vs1420で白でした。
 優勝旗を渡すのは堺雅人。なぜか綾部祐二が彼のアシスタントとして優勝旗を運ぶ係に。かなりテンションが上がっていたようで、渡す際に「本当に堪能しました。新しくて懐かしい大河、大河じゃないすいません紅白、素晴らしかったです!」と少し言い間違えます。優勝旗を持つ綾瀬さんは喜びの余り涙を見せます。「白組が優勢だったので難しいかなと思ったけど、ありがとうございます!」一方イノッチは中居さんからマッチさんからみんなに責められてひたすらすみませんと謝る結果に。いや中居さんが言うのはいいのですがもう一人は…。最後に徹子さんは、「出させて頂いてありがとうございました。嬉しかったです久しぶりで。それで紅が勝って、私は総合の立場ですけどやっぱり紅が勝って嬉しい」とコメント。総合司会の立場ですが、やはり5度紅組司会を務めたということもあって、紅組に情がいくのは無理もないことです。

 ラストは平尾昌晃先生指揮の「蛍の光」。やはり最後のこの曲は欠かせません。既に移動したか、あるいはあえてステージに立たないと思われる方もいらっしゃいますが、出場歌手にゲストあるいはゆるキャラに至るまで勢揃いしている光景を見ると、2015年も紅白を見ることが出来て良かったという気持ちになるとともに、もう次の年に入るのだなぁとしみじみした思いにもなります。ラストの編曲は第九を採用、徹子さんとラスト紅白になる森さんがステージ真ん中で手を繋いだ後に抱き合っています。

 何度となく紅白を見ていてもやはり生でこの瞬間体感する紅白は格別なものだと、あらためて感じます。2016年はみんなにとって良い年であることを、心から願いたいです。

 

(ウラトーク)
 「アンコール、って言いてえわぁ」と話す日村さん。会場審査で設楽さんは上げないという選択も考えたようですが、一応バナナマンは2人でそれぞれ紅と白を挙げるという結論。ハイライトを堪能した後、結果発表では久保田アナが大絶叫。そして蛍の光、バナナマンが無駄に大きな声で歌います。残り1分でやや慌ただしく3人で最後の挨拶。ラストは引きのクレーンカメラに向かって手を振る形になりました。

 

(解説)
・これまでのエンディングは合唱団やダンサーが階段ステージを陣取っていましたが、この回ついにAKB48NMB48乃木坂46のメンバーが登場する形になります。そのほとんどがいわゆるシングル非選抜メンバーで、選抜・センターに立つ機会が多いメンバーは前の方に登場しています。他に階段上にいたのはμ’sE-girlsAAA、下段上手側は白組歌手3組もいましたが、それ以外は完全に紅組歌手のスペースと化しています。

・ジャニーズカウントダウン司会を務める関係で今回のエンディングには不参加。関ジャニ∞Sexy Zoneも不参加です。またEXILEもTBSのCDTVスペシャルでトップバッターなので既に会場移動済ですが、三代目J Soul Brotherの非兼任メンバー4人は残っています。美輪明宏もやはりいません。全体的に白組の不参加が目立つ中で、紅組歌手は年齢的に難しい一部メンバーを除いて完全全員参加でした。

・今回の総投票数の減少は視聴率の低下という数字でしっかり表れていて、東京だけでなく各地域も仙台を除いて視聴率が下がりました。関東では第55回(2004年)の最低視聴率を0.3%下回っています。他の年と比べると、トリの個人視聴率の伸びがやはり足りてなかったようでした。

・エンディングに参加したゲストはイカ大王ふなっしーねばーる君HIKAKINはじめしゃちょーもいたと思われますが、イカ大王の影に隠れています。また小林幸子も舞台上手側に残っていて、紅組優勝の瞬間跳び上がって喜ぶ姿が引きの絵で確認できました。