紅白歌合戦・チェッカーズの軌跡~ステージ編~

第35回(1984年)「涙のリクエスト」

作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明
前歌手:水前寺清子、細川たかし
後歌手:小泉今日子、村田英雄
曲紹介:鈴木健二(白組司会)、森 光子(紅組司会)

 1983年に上京後、9月に「ギザギザハートの子守唄」でメジャーデビュー。この曲自体は発売当初からのヒットではなく、ブレイク曲になったのは2ndシングル「涙のリクエスト」でした。この曲がロングセラー中に「哀しくてジェラシー」もリリース、「ギザギザハートの子守唄」も含めた3作同時TOP10入り(オリコン、ザ・ベストテンなど複数)達成。社会現象級の大ブームになり、紅白歌合戦も文句なしの初出場となります。

 ステージは水前寺清子細川たかしの「浪花節だよ人生は」対決直後、中盤の攻守交代後トップバッターという曲順でした。セット転換で場を繋ぐため鈴木健二森光子の両司会が審査員席の前でやり取り、先代の市川海老蔵(翌年に團十郎襲名)にも手伝わせる形で鈴木アナが歌舞伎の早変わりを披露。衣装が黒から紅白チェック柄になったところで、鈴木アナが「チェッカーズ!涙のリクエストー!」と声高らかに紹介します。

 黒い緞帳が開くと、そこには7人の青年がスタンバイ。観客席から黄色い歓声が挙がります。”涙のリクエスト~”から始まる歌い出しでは、一緒に歌う女性ファンもいるようでした。演出が違うので単純比較は出来ないですが、この年のファンの熱狂度は近藤真彦田原俊彦よりも上だったのではないかと思われます。

 白組から初出場ということで、衣装は白で統一されています。服だけでなく靴・帽子など身につける物は全て白、髪の毛や爪も白く染める張り切りようでした。高杢さんと徳永さん以外は帽子を被っていますが、その帽子の形状はソフトクリームのようです。

 チェック柄とは全く違う衣装は紅組歌手にとって想定外だったのでしょうか、直後に「涙のリクエスト」を”紅組のリクエスト~”と歌う森光子松田聖子中森明菜の衣装は本来のチェッカーズらしいチェック柄でした。まあまあベタベタの台本なので、聖子さんと明菜さんは少し恥ずかしそうです。これはそのまま同じ初出場の、小泉今日子「渚のはいから人魚」の曲紹介に繋がります。

 キョンキョンのステージ後、初出場歌手へのインタビューということで7人が走って再登場。勢いよく滑りながら登場するメンバーに、「急いで出て!」と促すはずの鈴木アナが「そんな方までいかなくても!」と慌てています。人数確認したところ1人足りません。遅れて登場した徳永さんがここで一言。

 後年にはこのアイドル的な売り出しが抵抗があったというメンバーの話もありますが、少なくとも映像を見る限り7人の表情はノリノリで明るく若さが溢れている様子でした。紅組のキョンキョンへのインタビュー後、鈴木アナが「君たちはね、東京へ出てくる時に、ご両親が反対なさった方もいらっしゃったということですが、紅白に出ました!さあひとり、代表で誰か挨拶しなさい!」と話してマイクを振ります。

 尚之さんがカメラに向かってピース後、すぐに次の曲の演奏が始まります。やや慌ただしい進行ですが、この時点で間違いなく相当時間が押していたものと思われます。

 ちなみにステージ以外の出番は次の通りです。

・オープニング~前半歌手席→チェックを基調としたカラフルな衣装、冒頭の郁弥さんの挨拶「九州の七福神が頑張ります、よろしく」

・前半企画「豊年こいこい節」→神輿を担ぐ(多分、映像ではほとんど映らず)

・後半歌手席~エンディング→ステージ衣装のまま参加

第36回(1985年)「ジュリアに傷心」

作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明
前歌手:千 昌夫、小泉今日子
後歌手:柏原芳恵、C-C-B
曲紹介:鈴木健二(白組司会)

 チェッカーズの人気は翌年になっても高いままです。1984年11月発売の「ジュリアに傷心」は12月度からの集計のオリコンで1985年1位、そのまま紅白歌唱曲になりました。前回と同じく小泉今日子との対決、この年はキョンキョンの後に間を置かず登場という形になりました。

 シンデレラ城をイメージした緞帳の背景におとぎの国をイメージしたような草木セットが設置されていましたが、そのセットを移動させるとバンドのメンバーが登場。郁弥・高杢・鶴久のボーカル隊はキノコのセットから入場、この回の紅白は舞台セットが非常に凝っていました。

 原曲より少し速めのテンポ、当時はアテブリなどなくメンバーもガッツリ生演奏です。演奏は武内・大土井・徳永・尚之だけでなく、キーボードのサポートメンバーも参加していました。1コーラス半ですがラストサビは2回繰り返し、マイクスタンドを使うことが多いコーラス2人もこの年はハンドマイクで、郁弥さんも含めてアクションはかなり大きめ。この年も衣装は白でしたが、ジャケットにパンツスタイルで前年ほど奇抜ではありません。左胸につけた赤い薔薇も大きなアクセントになっています。端正なルックスで、格好良さの中に類稀な気品があるというのが郁弥さんのイメージですが、この当時は後年と違う若さ故のガムシャラさもあるように見えます。パーマをかけた髪型も、当時ならではと言った所でしょうか。

 この時期はオープニングで紅白各1組が登場順に入場して挨拶するのが恒例でしたが、同日21時まで放送の日本レコード大賞会場・日本武道館からの移動が間に合わなかったため途中から舞台端に合流する形でした。「ジュリアに傷心」は最後まで中森明菜と大賞を争い、最優秀スター賞を受賞しています。

 応援ステージにも参加はしているはずなのですが、この当時はグループ歌手だと大きく扱われることが滅多に無く、アップで確認はほとんど出来ませんでした。ただ歌手席では「1985 DECEMBER THE CHECKERS」と書かれた真っ赤な特攻服みたいな衣装、歌っている村田英雄五木ひろしよりもそちらに目がいってしまう奇抜さです。

第37回(1986年)「Song for U.S.A.」

作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明
前歌手:角川 博、岩崎宏美
後歌手:水前寺清子松原のぶえ
曲紹介:加山雄三(白組司会)

 外部からの楽曲提供ラストを締めるナンバーで、メンバー主演の映画『チェッカーズSONG FOR U.S.A.』主題歌でした。なおメンバー自作第1弾としてこの年リリースされた「NANA」は、過激な歌詞がNHKで放送禁止となっています。

 当時のポップス系は番組前半に回ることが多かったですが、この年は異例の後半出演となっています。対戦相手は22回連続出場の水前寺清子、周辺の出場歌手はほとんどヒットしていない演歌・歌謡曲ばかりです。良く言うと人気曲が少ない中の一筋の光、悪く言うと浮きに浮きまくっている曲順でした。ラストの第43回以外はほとんど前半出演だったので、その点でも異例です。

 セット準備のためゲスト審査員にコメントを求めるコーナーが直前に入ります。千代の富士関が白組支持を明確に示した所で若大将が曲紹介、カジュアルな衣装で生演奏・熱唱するステージを展開しました。3つの大きな扇風機かプロペラか風車みたいな物が備えられた、このステージ専用のセットも用意されています。フルコーラスで5分半なので1コーラス半という構成ですが、アウトロでは3人のダンスもバッチリ入っています。ステージ単位で見ると言うまでもなく素晴らしい内容でしたが、この年の紅白は特に中盤~後半以降盛り上がりに欠ける回だったので、

 この年以降余興は少なめ、歌手席もやや目立たない衣装になります。途中「紅白サバイバルゲーム」(紅白歌手が順番にジャンケンで勝負して、負けた方が狭いスペースに立ち、立てなくなった方が負け)というミニコーナーに参加、ジャージ姿の郁弥さんが小林幸子小泉今日子にジャンケンで勝った結果白組勝利という形になりました。

第38回(1987年)「I Love you, SAYONARA」

作詞:藤井郁弥 作曲:大土井裕二
前歌手:尾形大作、瀬川瑛子
後歌手:中森明菜、稲垣潤一
曲紹介:加山雄三(白組司会)

 紅白でメンバー自作曲が歌われるのはこの年が初めてです。前半4番手、この年は冒頭各3組が演歌とミュージカルだったので、ポップス勢のトップバッターを飾る形になりました。

 この年は全体的に暗めの照明でしたが、その代わりに中央上部にある円型の大型シャンデリアのような物体から直線上の光線が出ています。骨組みのような照明セットも両脇に用意されていて、従来の紅白とは違う実際のコンサートのような演出が施されていました。過去3年とは違う正装のスーツ姿も、大人の格好良さを演出しています。楽曲もファン人気の高い名曲で、パフォーマンスとしてはこの年の紅白でも上々の内容です。

 ただ残念だったのは構成で、1コーラス+サビ繰り返しのみという内容は2分50秒の演奏時間とは思えない物足りなさでした。もっともこれは1コーラスが長い分仕方がない部分もあります。さらにいただけないのは、郁弥さん以外のメンバーのアップが全く存在しないカメラワーク。曲紹介でも照明演出をアピールしていたための措置だとは思いますが、これは当時のファンにとって不満の残る内容だったような気がします。紅白で高杢さんが電子ドラム、鶴久さんがキーボードも担当していたのはこの時だけなので、余計に不満の残るスイッチングでした。

 この年は自身のステージ以外、オープニングとエンディング参加のみで特筆すべき点はありません。

第39回(1988年)「素直にI’m Sorry」

作詞:藤井郁弥 作曲:鶴久政治
前歌手:近藤真彦、小泉今日子
後歌手:
坂本冬美、細川たかし
曲紹介:加山雄三(白組司会)

 この年は紅白前半各5組を全てアイドル系ポップスで固める曲順でしたが、その10組でラストを飾っています。ステージの前にトークあり、こんなやり取りがありました。

 郁弥さんのコメントを聴いて、横にいる高杢さんと鶴久さんが苦笑いしています。「21世紀に向けてチェッカーズも頑張ります」という曲紹介ですが、後から見るとやはり複雑な気持ちにならざるを得ないシーンでした。

 この年の郁弥さんは黄色を主体とした衣装、全体的にメンバーもカラフルに決めています。チェックの柄を入れた衣装は、意外と他の年の紅白であまり身につけていなかったりします。

 前年に全く無かったメンバーごとのショットも、この年はしっかり入っています。”安定感のある”、と形容したくなる内容のステージもこの時からでしょうか。ちなみにとんねるずの番組のコントでお馴染みの「ONE NIGHT GIGOLO」が発表されたのはこの年です。

 この年の歌手入場は紅組・白組ごとに順番もランダムでしたが、白組の先頭で入場したのは彼らです。クラッカーやシンバル・風船などを持参して盛り上げていました。

第40回(1989年)「Friends and Dream」

作詞:藤井郁弥 作曲:鶴久政治
前歌手:光GENJI、Wink
後歌手:荻野目洋子、伊藤多喜雄
曲紹介:武田鉄矢(白組司会)

 同じ福岡県出身の武田鉄矢が白組司会、セット転換の間に1人で場を繋げてそのまま曲紹介します。

 19時台からニュースを挟む体制での放送になったのはこの年からですが、1989年に限っては第1部が昭和編・第2部が平成編という形で事実上第2部が本編という内容でした。前半アイドル系ポップス中心という曲順は前回とほぼ同様、そのラスト近辺を飾るという位置づけもほぼ同じでした(この年は白組でラスト、その後に荻野目洋子が紅組ラストという形になります)。

 ステージでセリフを披露したのはこの時が唯一です。歌と演奏でじっくり聴かせる、実力派のステージでした。

第41回(1990年)「夜明けのブレス」

作詞:藤井郁弥 作曲:鶴久政治
前歌手:少年隊、工藤静香
後歌手:内藤やす子、ガリー・バレンシアーノ

曲紹介:西田敏行(白組司会)、吉田栄作

 白組歌手の吉田栄作が司会の西田敏行と一緒に曲紹介。吉田さんはこの当時ドラマでも大人気のトレンディ俳優で、白組2番手として登場後少年隊のステージにも曲紹介で登場していました。

 前年は暖色系の服装でしたが、この年は赤や黄色に青緑といったカラフルな色彩で決めています。ドラムの徳永さんは帽子を着用、ギターの武内さんがドレッドヘアーのサングラス姿です。

 2年連続でバラードを歌い上げるステージになりました。楽曲のリリースはちょうど郁弥さんの結婚と重なっていて、メンバー制作に切り替わってから最大のCD売上を記録(その後解散前の2作が同作を上回ります)。

 この年の紅白もアイドル系ポップスはほとんど前半に回されています。1987年以降のチェッカーズはコント番組の出演があってもアイドルでは決してなかったはずですが、制作側にはまだ当時のイメージが強かったのかもしれません。中山美穂工藤静香少年隊などに準ずる扱いでした。

 この年以降はOP・ED以外にも中間発表なので全員集合シーンが多く、それなりに登場します。植木等の「スーダラ伝説」では、他の白組歌手と一緒に大騒ぎしている様子が確認できます。じっくり見た感じだと、一番ノリノリだったのは武内さんでした。

第42回(1991年)「ミセス マーメイド」

作詞:藤井郁弥 作曲:鶴久政治
前歌手:吉 幾三、大月みやこ
後歌手:永井真理子、河島英五
曲紹介:堺 正章(白組司会)

 演歌のステージが4つ続いた後、コロッケの南沙織・工藤静香・五木ひろしのモノマネを挟んでステージに入ります。コロッケさんがこの年の紅白で本領を発揮したのはここではなくその後ですが、これについては完全なる別件なので省きます。

 この年は何組かの曲紹介で中継が入り、チェッカーズのステージもその1つでした。東京の霞が関ビルからは、レーザー光線でMrs. Mermaidと表記された人魚が登場します。

 不倫をテーマにした歌詞はデビュー当時だと考えられないナンバーで、藤井尚之のサックス演奏が特に活きた楽曲になっています。この年は白を基調とした衣装ですが、郁弥さんのピンクの手袋が大きなアクセントになっています。ラストサビで転調あり、郁弥さんの熱唱が特に光っているパフォーマンスでした。

 ステージ以外では黒を基調にした衣装がメインです。全員合唱の「Smile Again」参加、細川たかし「応援歌、いきます」にビールの入ったジョッキを持って参加、この年初出場のXの曲紹介担当(郁弥・高杢)、北島三郎の曲紹介担当(郁弥)など、前年までより圧倒的にメンバーの顔を見る機会が多くなった紅白でもありました。

第43回(1992年)「フェアウェル・メドレー」

「ギザギザハートの子守唄」
作詞:康 珍化 作曲:芹澤廣明
「涙のリクエスト」
作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明
「星屑のステージ」
作詞:売野雅勇 作曲:芹澤廣明
「I Love you, SAYONARA」
作詞:藤井郁弥 作曲:大土井裕二
「Present for You」
作詞・作曲:チェッカーズ
前歌手:前川 清、工藤静香
後歌手:
小林幸子、米米CLUB
曲紹介:堺 正章(白組司会)、中野浩一(ゲスト)

 紅白史の中でも伝説中の伝説、チェッカーズのラストステージです。ステージに関してはかなり詳細に書いた紅白名言集解説・55~正真正銘・ラストステージ~をご覧ください。

 とにかくこの年はオープニングからチェッカーズ一色で、番組冒頭から尋常ではない声援の大きさでした。白組司会の堺正章「私たちは白組の優勝を確信しております」と一言言っただけで大歓声。それ以前に13回紅白に関わっている進行役の総合司会・山川静夫アナが少し戸惑うくらいでした。

 企画コーナーで「ウルトラマンのうた」を歌いに登場して大歓声、ポーズでも大歓声で手拍子まで入ります。「鉄腕アトム」の全員集合でちょっと登場しただけでもまた大歓声。全員合唱の「TEARS」でも大歓声。嘉門達夫が本人たちを目の前に「ジュリアに傷心」の替え歌を歌っても大歓声、そもそも本人たちがステージにいると紅組の曲紹介のシーンでもずーっと大歓声。もちろんピークは、約5分間繰り広げられたラストステージでした。

 メドレーで5曲披露するのは史上初、以降も10曲歌った第46回(1995年)の米米CLUBがあるのみです。ただ組曲方式だと、第41回(1990年)の植木等「スーダラ伝説」と第64回(2013年)のSexy Zone「Sexy平和Zone組曲」が5曲披露になっています。1アーティストでなければ、第55回(2004年)の後藤真希松浦亜弥「冬の童謡~メリークリスマス&ハッピーニュー2005年~」が5曲披露です。ただ1アーティストで1曲ごとに作詞作曲クレジットがついたケースだと、やはりこの時のチェッカーズが最多曲数になります。

 ラストはもちろん白組勝利、それもボール投げ(ゲスト11・客席6)で2対15という圧倒的な大差でした。チェッカーズは例年エンディング後方にいることが多く、中にはほとんど映らない年もありましたが、この年はそういう状況なので前方に勢揃い。メンバーから起こる万歳のアクションは客席に伝播し、すぐに白組歌手全員の勝利の喜びになりました。

 ラストの7人はステージと同じ黒スーツ姿で、郁弥さんが大きなサングラスを着用しています。翌年もソロで出場しますが、これ以降は次の記事で書いていきます。

 

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