明日の2021年3月1日から、NHKホールが改装のため工事に入ります。収録番組は3月2日OAのうたコンがありますが、とりあえず2021年の紅白歌合戦は有楽町にある東京国際フォーラムでの開催が既に決定しています。NHKホールから放送された紅白歌合戦は1973年・第24回から2020年・第71回まで。計48回を数えます。企画ステージや応援などを除くと、約2300のステージが繰り広げられました。というわけで、今日は第24回(1973年)の紅白歌合戦のトップバッターの曲紹介を題材にして、話を広げることにしましょう。

・楽曲は小柳ルミ子「漁火恋唄」


 記念すべきNHKホールの第1回紅白で最初に歌われた楽曲は、小柳ルミ子「漁火恋唄」でした。1972年11月10日発売、12月初週付から集計開始だった1973年のオリコン年間シングルチャートで21位。数字にすると「てんとう虫のサンバ」や「ひなげしの花」より売れています。もっとも前年の紅白歌唱曲が「瀬戸の花嫁」で、その前がデビューしていきなりミリオンセラー・初出場となった「わたしの城下町」。この年はアグネス・チャンや麻丘めぐみなどが紅白初登場、山口百恵・森昌子・桜田淳子の花の中3トリオが全員デビュー。女性アイドルのトップが目まぐるしく入れ替わろうという時期でした。ルミ子さんはこの年も他に「春のおとずれ」「恋にゆれて」などをヒットさせていますが、今までレコードを買ってくれたファンが他の歌手に流れるなどもあって、難しい決断を迫られる時期だったように思います。

・「日本情緒」をテーマにした紅白

 NHKホール1年目紅白のオープニングは、童謡「ふるさと」のパイプオルガン演奏から始まりました。映像は新しいNHKホールの外観、そこに伴淳三郎の詩の朗読が始まります。これまでの紅白では、ステージを映すショットから総合司会の「第○回NHK紅白歌合戦!」のアナウンスでオープニングが始まる構成でしたが、記念すべきNHKホール初の紅白ということもあって、過去になく凝った演出でした。また、新曲中心の選曲もこの年に関しては4年前の第20回以来、ベテランには出来る限り過去の持ち歌を歌ってもらう形。両組トリは、紅組が島倉千代子「からたち日記」、白組が北島三郎「帰ろかな」でした。両方とも「望郷」「日本調」を強く意識した選曲です。ですのでトップバッター、特に先攻はこれを表現できる若手、という観点で人選・選曲したのではないかと推察します。

・ステージも日本情緒たっぷりに

 そこで白羽の矢が立ったのは、「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」でも十二分な実績があるルミ子さんの「漁火恋唄」。当日のステージは、舞台を一旦暗転させて後に村岡実の尺八演奏。そこからイントロに紅組司会・水前寺清子の曲紹介を乗せて、”誰にも 言わずに…”と美しい歌声で聴かせるステージになりました。和服姿のルミ子さんに、10人ほどいるスクール・メイツも祭りをイメージした浴衣姿。Aメロ・Bメロ・Cメロの2コーラス構成で、Cメロでは日本民謡をイメージさせる内容となっています。ここはルミ子さん自身が促す形で、観客全員が手拍子で一体となっていました。おそらくこの民謡パートと第24回紅白ならではの演出が合致した結果が、前の年発売でありながら「漁火恋唄」を選曲した最大の決め手だったのではと思います。

・その他、1973年紅白歌合戦で起こった初めてのこと

 前述の通り、オープニングでパイプオルガン演奏がありました。なお外の中継から入る演出は1963年の紅白で先例があります。

 前年まで開催の東京宝塚劇場と、日本レコード大賞会場の帝国劇場は距離が近く、レコ大終了後21時開始でも十分オープニングに間に合いました。ただNHK側の会場が有楽町から渋谷に移って移動時間が増えたので、21時開始のオープニングに間に合わない可能性が出ました。その為先に審査員紹介を済まして、本番開始5分後に出場歌手の入場開始。結果、この年レコ大受賞した五木ひろしも無事間に合いました。ただし次の年以降は本番開始後すぐに歌手入場となり、レコ大受賞者と最優秀歌唱賞受賞者は客席からの入場行進に間に合わず、オープニングの間に加わるという形となります。ちなみに出場歌手が登場する前に審査員を紹介したのは、この年が唯一の例です。

 紫綬褒章を受章した藤山一郎と渡辺はま子が特別出演これが実質、紅白史上初の特別枠出演となります。なお固定スタンドマイク使用もこの年が最後と言われていますが、後で調べると1976年の橋幸夫、三橋美智也のステージで使用された実例はあります。ちなみにスタッフが用意するのではなく、セリを上下させてステージ真ん中前方に設置する形でした。あと「蛍の光」の指揮は紹介無しで、藤山さんはステージ真ん中で歌っています。おそらくこの年編曲担当の服部克久(オープニングのテロップで名前が流れました)だと思われますが、実際の所は後ろ姿しか映っていないので何とも言えません。

 動物を使った応援(次の年の干支・虎の赤ちゃんが登場)当時在住していた近くの商店街やアルバイト仲間が駆けつけて応援するシーンもありましたが(八代亜紀・三善英史のステージ前)、これもそれ以前の紅白では見られない光景でした。

 オイルショックを受けて、白組司会・宮田輝アナが自転車で曲紹介する一幕がありました。これは紅白初、というより唯一の事例。

 細かく見ていくと他にもまだあるかと思いますが、長くなったので一旦この辺りで…。