紅白歌合戦・バンド出場歌手の歴史(1990年代後半編)

 1990年くらいだと「バンドブーム」と呼ばれたムーブメントも、1990年代後半には一切言われないようになります。それほどバンドスタイルのアーティストのヒットが、この頃には当たり前になっていました。1990年代後半に紅白歌合戦に初出場したバンドは、その中でもトップクラスの人気と実績を誇る豪華なメンツが揃っています。

 なお1990年代前半時点で初出場を果たしたアーティストはこちら、再結成による出演はこちらを参照してください。また1990年代後半初出場の中でも、8回出場のEvery Little Thingと5回出場のL’Arc~en~Cielは別記事化を予定しているので今回は取り上げないこととします。また芸人・民放番組色の方が明らかに強いポケットビスケッツ&ブラックビスケッツ スペシャルバンドも外しました(おそらくお笑い系かバラエティ系特集を組む時に触れる形になります)。

シャ乱Q

第46回(1995年)「ズルい女」

作詞・作曲:つんく
前歌手:(オープニング)
後歌手:酒井法子、EAST END × YURI
曲紹介:古舘伊知郎(白組司会)

 オープニングから、司会者が自己紹介・トークをする間に後ろで準備が進みます。セットの階段を移動させてバンドセット入場、よく見るとキーボードのたいせーの背中にピアノ線が装着される場面も映っています。バンド・ユニット系のトップバッターはこれまでもいくつかありますが、ドラムやベースまで入るバンド系が全体の1番手になるのはこの年が初めてです。

 初出場ですが、メンバー5人だけでなく管楽器隊やコーラスのサポートもステージに加わっています。紅白らしく白と赤を基調とした衣装、つんくの服には「紅」「白」・たいせーの帽子には「NHK」の文字が描かれています。ただ文字がなければ紅白歌合戦ではなく、サンタクロースをイメージしたクリスマスにも使えそうな衣装にも見えました。

 間奏でたいせーが宙吊りになり、縦方向にグルグル回転するパフォーマンス。推定で15回は回っていて会場も大盛り上がり。その間につんくは白いヒラヒラが肩につけられています。派手ではありますが、このヒラヒラも見ようによっては正月に食べたくなるカニの実に思えなくもありません。

 当然こういったパフォーマンスを重視したステージなので、演奏はアテブリです。とは言えこの年は「シングルベッド」「空を見なよ」「My Babe 君が眠るまで」と出す曲出す曲大ヒット、トーク番組で見せるキャラクターも含めてアイドル的な人気を誇っていました。

 したがってこれまで出演したバンド系と比べても、本番以外の出番は格段に多いです。日本レコード大賞出演のため一旦赤坂のTBSに移動しましたが21時10分には再び合流、小沢健二「ラブリー」の応援に全身タイツで登場しています。紅白歌合戦で全身タイツを披露した歌手はおそらく彼らくらいしかいません。『HEY! HEY! HEY!』のゲスト出演が多かったこともあってH jungle with tのステージにもダンサーに紛れて出演、こちらもたいせーがなぜか上半身裸でした。

 つんく小林幸子の曲紹介にも出演、かねてからそっくりだと言われていた上沼恵美子とのツーショットが実現します。「実はね、わたし姉ですねん」「いや姉て、ドあつかましいなぁ!あんたはオカンじゃないですか!」「誰がオカンやねん!どんな年やねん!」「小さい頃から上沼恵美子に似てる似てるいうて、ホラ吹きや~ってよういじめられました~」「どういう意味やねんそれは!」と、軽い漫才まで披露しています。派手もしくはツッコミどころ満載の衣装でこの日の紅白をおおいに盛り上げましたが、さすがにエンディングは黄色のスーツで締める形でした。

第47回(1996年)「いいわけ」

作詞・作曲:つんく
前歌手:美川憲一、森口博子
後歌手:小林幸子、(ショーコーナー)、由紀さおり・安田祥子
曲紹介:古舘伊知郎(白組司会)

 前年にかなり派手なステージをやった影響で、この年はなんと小林幸子の対戦相手に抜擢されます。ヒット曲は概ね前半か後半4番手以内に回ることが多い中で、曲順もこの年は後半15組中8番目・ヒットJ-POP勢ではトリという大々的な扱いでした。舞台袖は白組側も紅組側も出場歌手のギャラリーが多く、トップバッターばりに多くの歌手に目撃されるステージとなっています。曲紹介も「スタンバイいいでしょうかね?とにかく一年中派手な男たちですから。低予算で5着分、小林幸子に対抗しております。行ってみたいと思います、「いいわけ」どうぞ!」と高めのボルテージでした。

 暗転に近い状況の中、つんくはせり上がり更にジャンプという登場。1メートルくらいの高さまで達し、着地した後にバランスを崩すほどでした。そもそもがテンションの高い曲ですが、ステージはその更に上をいく勢いを最初から見せています。

 冒頭サビから1コーラス歌唱後、間奏では2年連続でたいせーが横にグルグル大回転。顔まで隠す銀の全身タイツにサングラス、ピアノ線に吊られて回る中ドライアイスまで噴射されます。ラストサビ前につんくは回転しながら右手を差し出し、ねずみ花火状の物で火を噴射。この時点で相当力を入れた演出になっています。

 ラストサビ歌唱後、つんくはなんと叫びながら背中に火をつけて爆竹を鳴らします。油で足を滑らせながらも歌いきり、最後はたいせーの目の前で炎が挙がり大爆発。あまりにも壮絶なラストに、紅組司会の松さんも思わず「凄い!」という言葉を連発するほどでした(地下足袋についてのツッコミもあり)。言うまでもなく紅白史上でトップクラスに危険なステージで、今だと”良い子はマネしてはいけません”のテロップが確実に入ります。そもそも規制が厳しくなって、実現不可能な演出と言って良いかもしれません。

 この年もステージだけでなくそれ以外も大活躍。オープニングはなんと節分のイベントで使用されそうな白い裃姿、力の入れ具合がそれだけでよく分かります。まことはたけが楽曲提供した森進一「夜の無言」は2人が演奏を担当、残り3人が曲紹介しますが早くもたいせーは口しか外に出ていないタイツ姿で異彩を放ってます。彼は後半のマカレナダンスも銀色の仮面にサングラス姿で参加、なぜか頑なに顔を見せないという状況でした。

第48回(1997年)「パワーソング」

作詞・作曲:つんく
前歌手:香西かおり、(ショーコーナー)、松たか子
後歌手:伍代夏子、藤井フミヤ
曲紹介:中居正広(白組司会)、さだまさし、加山雄三

 この年もテレビ雑誌では「幸子・美川とのド派手対決に参戦!」などと散々に煽られていましたが、結果としては前年と全く違う至ってノーマルな内容でした。曲紹介では、中居さんと若大将とさださんの漫才みたいなやり取りが入ります。

中居「さあ白組はシャ乱Qの皆さんです」
加山「ねえシャ乱Qというのはさ、若者だけでなくて我々にもすんなり聴けるよな」
さだ「世代が広いっていうのは立派ですよね。子どもからこの加山さんのような、子どもからこの加山さんのような加山さんのような…」
中居「加山さんのような還暦の方までということですね」
さだ「そういう風にはっきり言ったら失礼だろうが」
加山「いいんだよ!本当のことなんだから!」
さだ「だから、いいんだよそれで」
中居「調子がいいじゃないですか。さあ行きましょう、シャ乱Qの皆さん、「パワーソング」!」

 年上の世代でもすんなり聴けるという触れ込みです。もっとも加山さんは後にBABYMETALファンを公言、さださんもももいろクローバーZなど若手の共演は多く、実際は彼ら自身がジャンル・年齢に拘らない広い視野を持つアーティストであることは言うまでもありません。

 この年は前年までほどのヒットは無く、オリコンも週間TOP10入りは続いていますが年間100位には入らなくなりました。「パワーソング」はメンバー全員が出演した映画『シャ乱Qの演歌の花道』主題歌、そのためロックファンでなくとも聴きやすいバラードに仕上がっています。放送前の煽りと裏腹の内容になるのは、当然の結果でした。

 つんくはこの年ギターを弾きながら歌唱、実に聴かせる熱唱でこれといったパフォーマンスはありません。たいせーも白いカツラは被っているもののピアノ線に吊られて回転しません。ただはたけはどこでオーダーメイドしたのか分からないバニーガールモデルのギター、ここだけは本来のらしさ健在でした。後半はライスシャワーのように炎が降り注ぐ演出、見た目は幻想的ですがドラムとキーボードの背中は熱そうです。

 ステージ以外の出番はこの年も多いです。初出場の岩本公水登場時につんくが有線放送所で一緒に記念撮影した時の写真を持参、直後鳥羽一郎のステージにまことたいせーが参加。さらにつんく山川豊が歌う後ろで繰り広げられる寸劇にも参加します。たいせーはこの年惜しくも出られなかったSHAZNA・IZAMの髪型のカツラで登場、つんくは天童よしみの旦那という役どころで、双方ともステージ終了後紅組司会のアッコさんにツッコまれていました。

 またこの年は出場歌手が演奏に参加するシーンも見られます。南こうせつのステージではメンバー全員がギターもしくは適当な打楽器で参加、加山雄三のステージでははたけしゅうまことが本職の楽器で演奏しています。

 シャ乱Qの出場はこの年で途切れますが、つんくは翌年以降プロデューサーとして大きな実績を残します。メジャーデビュー1年目にしてモーニング娘。が早くも第49回に初出場、その後第58回まで合わせて13年連続彼が作った楽曲が紅白で歌われる形となりました。

ウルフルズ

第47回(1996年)「ガッツだぜ!!」

作詞・作曲:トータス松本
前歌手:(オープニング)
後歌手:JUDY AND MARY、小沢健二
曲紹介:古舘伊知郎(白組司会)

 前回のシャ乱Q同様この年もバンド系が全体のトップバッター、セット移動が慌ただしく進みます。出場歌手が集まる中でスタンバイ、司会者の後ろでトータスさんがSMAPのメンバーと話す姿も映っています。曲紹介は前年に関して言うとアッサリしていますが、この年は最初から古舘節全開でした。

 「トップはこの方、もう何と言ってもですね、あの方の作る詞というのは、ポジティブで。歌う脳内革命と言われておりますウルフルズ。曲はせーの、(白組全員で)「ガッツだぜ!!」」

 イントロのギターソロがCDと違っていて、歌手全員がはけるという動きもあるのでややゴチャゴチャしています。その代わりに音は力強く、轟音も時折鳴りわたる生演奏になっています。トータスさんのボーカルも、アドレナリンが高まったソウルフル全開。まだ当時歌唱力についてメディアではあまり言われていなかった印象ですが、そんなことは完全に大前提と言わんばかりの迫力です。

 この曲は時代劇風のミュージックビデオも大変話題になりました。SPACE SHOWER TV主催のMUSIC AWARDSでは第1回VIDEO OF THE YEARに選出されますが、そこでのパフォーマンスも紅白に盛り込まれます。2コーラス歌唱後突如演奏がストップしてトータスさんが倒れ、SMAPのメンバーやつんくを筆頭とする白組歌手が慌てて集まります。本来なら寸劇風の演出もありますが、時間もないのですぐさま「ガッツだぜ!! ガッツだぜ!!…」連呼。10秒ほど経って起き上がり、ライブ再開となります。

 白組歌手全員が舞台に残り、そのままエンディング。紅白歌合戦では珍しいバンドメンバー紹介を経て、「ウルフルズ紅白バンザイ!皆さんどうもありがとうございました!」と締めます。紅白のトップバッター史上に残る大盛り上がりで、どちらかと言うとロックフェスのトリに近い内容のステージでした。この後に紹介する紅組司会の松さんも、思わずガッツポーズしています。

 この当時ヒット歌手が前半に出る場合、レコ大と掛け持ちしているケースが多くありました。彼らも「バンザイ~好きでよかった~」がノミネートされていますが、有楽町や九段下と比べると赤坂なので渋谷からは近いです。21時9分にはドラえもんのショーコーナー出演、他の若手歌手と同様一緒に『ドラえもんのうた』を歌ってます。

 後半もマカレナダンスや寅さんの全員合唱参加、美川憲一の曲紹介でコメントを求められるなど積極的に出演しています。大阪出身ということもあって、その辺りは過去のバンドと比べてノリが良さそうでした。

第52回(2001年)「明日があるさ 新世紀スペシャル」

作詞:青島幸男 替え歌:福里真一 作曲:中村八大
前歌手:Gackt、小林幸子
後歌手:Kiroro、氷川きよし
曲紹介:阿部 渉(白組司会)、谷村新司
振付:三浦 亨

 ジョージアのCMで前年下半期から話題になった「明日があるさ」カバー。出演者はダウンタウンを筆頭とする吉本興業の芸人でしたが、ストーリーに合わせた歌詞を歌っていたのはウルフルズでした。その後2001年2月にシングル化すると大ヒット、さらにCMに出演する吉本軍団で結成したRe:Japanもカバーしてヒット。しまいには日本テレビ放送のドラマにまでなり、紅白歌合戦も2組合同の出演となりました。谷村さんと少しトークをした後に曲紹介、まずはウルフルズのステージから始まります。

 「みんなー2002年も頑張ろうぜ!」と言い残して演奏開始。冒頭から会場全員が手拍子しています。編成はボーカル・ギター・ドラムにサポートのコントラバスとキーボード、当時ジョンBはグループから脱退中でした。赤と白の水玉模様のスーツを着るトータスさん、ウルフルケイスケはそれが縞模様、サンコンJr.はチェック柄になっています。

 フルコーラスではありませんがオリジナルではない替え歌の歌詞を一通り歌唱、途中から老若男女入り混じったダンサーと街をイメージした手持ちのセットが入場します。新喜劇にも近い手作り感ですが、この後に本家の新喜劇に出演経験のあるメンバーがいるRe:Japanのステージに入ります。

 Re:Japanのステージでもメンバーはそのまま演奏、トータスさんも画面から見て左端に残ってダンスに参加します。ラストは真ん中に近い松本人志山田花子の間に移動、そのまま締める形になりました。

 ステージ以外はオープニングとエンディング、そしてザ・ドリフターズ主導の少年少女聖歌隊に参加しています。いかりやさんに指名された場面はありませんが、楽しい雰囲気は十分に味わった様子でした。

JUDY AND MARY

第47回(1996年)「そばかす」

作詞:YUKI 作曲:恩田快人
前歌手:(オープニング)、ウルフルズ
後歌手:小沢健二、相川七瀬
曲紹介:松たか子(紅組司会)

 白組ウルフルズのフレッシュで超パワフルなステージの後、紅組もフレッシュに初出場のステージ。もっとも曲紹介の前に入れられた紅組歌手のやり取りは、台本を憶えきれていない華原朋美がチョベリバをなんとか説明した後に瀬川瑛子がチョベリババァで落とすという大変アナクロな内容でした。曲紹介も特に気の利いた文言ではなく、ハイテンションな応援で何とかごまかしている状況です。

 ジュディマリは前年の「Over Drive」「ドキドキ」の時点で出場でも全くおかしくないヒットでしたが、「そばかす」はさらにヒットしてミリオンセラーになります。アニメ『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』初代オープニングテーマ、これは現在まで続くソニーのアニメタイアップ黎明期の作品でもあります。ちなみにアニプレックスの前身にあたるSPE・ミュージックパブリッシング設立が1995年9月。「1/2」「君に触れるだけで」「HEART OF SWORD ~夜明け前~」「1/3の純情な感情」など、ここからヒット・ブレイクに至った楽曲も出てきます。

 なお言うまでもなく、最近の紅白で多く見られる作品コラボどころか映像演出さえも当時はまだありません。作品についても曲紹介・テロップなどで触れられた形跡はなく、あくまで人気ヒットアーティストとしての紹介でした。

 YUKIのファッションセンスは当時からよく話題になっています。紅白歌合戦は赤やピンクの花を強く意識したような衣装で、大きな髪飾りと和洋折衷コーデ・左腕に何個も貼った星のシール・濃い目のアイシャドウがポイントになっています。歌声だけでなくギターやベースの動きもパワフルかつエネルギッシュな2コーラス歌唱ですが、2回目サビ前にある一番の聴きどころがカットになっていたのは惜しいところです。

 ウルフルズ同様こちらも裏のレコ大と掛け持ち、21時9分に『ドラえもんのうた』で登場するのも同様でした。 後半もYUKIがマカレナダンスに参加、金髪オカッパのカツラにピンクのファーを着て踊るという貴重なシーンが見られます。それ以外でも「男はつらいよ」全員合唱や小林幸子の曲紹介など、意外に自身のステージを除く各場面の出演は多めでした。

第49回(1998年)「散歩道」

作詞:YUKI 作曲:五十嵐公太
前歌手:西田ひかる、山川 豊
後歌手:山本譲二、(ショーコーナー)、Every Little Thing
曲紹介:久保純子(紅組司会)

 YUKIは歌う前にトークあり、ロングスカートに髪も床まで届く飾りつきで、やや重そうな衣装です。応援に『セサミストリート』のエルモ・クッキーモンスター・ビッグバードが登場。マイクに入っていませんが、最初に登場したエルモをクッキーと勘違いしてすぐ謝るというシーンもありました。

 全体的にブリティッシュをテーマにした衣装で、恩田快人のベースはイギリス国旗がデザインされています。TAKUYAはスカートを着用、紅組とは言え男性がステージでスカートをはくという非常に珍しいケースになりました。セサミストリートの3体もノリノリで応援、テンションの高いステージです。

 ステージ以外はまずオープニングに出演。YUKIは頭をすっぽり埋めるようなコートを着たインパクトのある衣装ですが、後方から奥の立ち位置のため残念ながらほとんど映らずでした。一方前半ラストの橋幸夫「いつでも夢を」で多くの歌手が後ろで手拍子する場面では、端の方でYUKIが一人だけハワイアンを踊るような動きをしていて異彩を放っています。後半もこの後に歌うglobeのメンバーに向かってやり取りするなど、かなりフリーダムな動きが目立っていました。2年前と同様この年も割とステージ以外の出演には積極的ですが、さすがに応援合戦のフラメンコは不参加です。

 ジュディマリは本来3年連続出場になるべき所ですが、1997年はYUKIのポリープ摘出手術のためやむなく辞退という形になりました。バンドは2001年に解散しますが、2012年・第63回にソロで出演しています。

GLAY

第48回(1997年)「HOWEVER」

作詞・作曲:TAKURO
前歌手:SMAP、華原朋美
後歌手:MAX、郷ひろみ
曲紹介:中居正広(白組司会)、北島三郎

 1990年代後半に活躍したレジェンド級バンドとして必ず名前が挙がる彼らも、紅白歌合戦には3年連続出場しています。前年の「グロリアス」「BELOVED」で初出場でもおかしくない売上でしたが、そこは当時の層の厚さとベテラン枠の多さに阻まれます。この年の「HOWEVER」はさらに大ヒット、そして『REVIEW -BEST OF GLAY』は当時の日本記録を塗り替えるCD売上になりました。

 函館ゆかりのバンドということで、初出場で登場する先輩歌手はもちろん北島三郎。サブちゃんに促されて、「函館ありがとう」TERUがメッセージ。終始テンションの高い激励ムードの中でステージが始まります。観客席からの女性ファンによる声援は非常に大きく、SMAPに負けないくらいの熱狂度になっています。

 マイクスタンドを抱えながらの熱唱から始まる「HOWEVER」、歌う前やイントロも女性ファンの声援が目立ちます。ただそれに全く負けていないのがTERUの歌声で、特にラストサビは通常のメロディーよりも更に高い音程で聴かせる大熱唱でした。スーツ姿にネクタイを締めた、バンドでは珍しい正装で演奏する姿もビシッと決まっています。

 各音楽番組ほぼ総出演という勢いで出ずっぱりだった当時の彼ら、大晦日も赤坂BLITZ開催の日本レコード大賞と掛け持ちでした。そのため前半はオープニング出演のみ、それも後方であまり目立たない立ち位置です。後半はエンディングだけでなく、翌年の長野五輪開催のために設けられたショーコーナーにも出席。もっとも当時よく見られた、意味もなく司会者の後ろでただ立っていただけのシーンの出演はありませんでした。

第49回(1998年)「誘惑」

作詞・作曲:TAKURO
前歌手:美川憲一、globe
後歌手:(ショーコーナー)、川中美幸、堀内孝雄
曲紹介:中居正広(白組司会)

 「今年最後の舞台になると思いますので、私たちファンのためにも最高のステージを見せてください」「演奏をバッチリ決めて頑張ってください」。当時バラエティ番組によく出演していた中山エミリ藤崎奈々子が登場して応援します。なお藤崎さんはウリナリメンバー、ポケットビスケッツ&ブラックビスケッツの応援にセーラー服姿で登場して割とすぐ白組に鞍替えする状況になっていました。

 前年に続いてファンの声援が非常に多いです。この年もミリオンセラーは当たり前という勢いで、その中でも「誘惑」は1998年オリコン調べでCDシングル売上1位を記録する大ヒット中の大ヒットでした。

 ネクタイを締めたスーツスタイルも前年同様ですが、生地が革状になっています。マイクスタンド使用も当然無し、1回目のサビ直前には紙テープ放射演出もあり、間奏ではメンバー全員が前方に移動。楽曲からして当然ですが、紅白歌合戦でも極めて熱いステージをバリバリに展開して会場を大きく盛り上げました。

 前半はオープニング出演、さらに20時55分頃のスポーツヒーローショーにもよく見ると後ろの方にまぎれて出ています。この年も日本レコード大賞にノミネートされてバリバリの大賞候補だったはずですが、内々では大賞ではないので移動OKという指示があったのかもしれません。なおこの年の日本レコード大賞はGLAY、L’Arc~en~CielSPEEDEvery Little Thingといったミリオンセラーの有力候補が多くいる中でglobeが受賞。その中で紅白はラルクやSPEEDも同コーナー出演、ELTはコーナー終了直後の歌唱でした。

第50回(1999年)「サバイバル」

作詞・作曲:TAKURO
前歌手:鳥羽一郎、MAX
後歌手:(ショーコーナー)、原田悠里、吉 幾三
曲紹介:中村勘九郎(白組司会)

 この年は「Winter, again」が大ヒットした年ですが、紅白で選曲されたのはロック色強い「サバイバル」でした。「サバイバル」は楽曲のヒットだけでなく、CDではないビデオシングルとしてのリリースも大きな話題になっています。

 この年は後半ではなく前半4番手での出演。MAXが歌い終わった後、彼らが登場する前に白組司会・中村勘九郎を筆頭とした白組歌手陣の口上が入ります。「隅から隅までずずずいっと、希(こいねが)い上げ奉りまする」と中村屋が本職の挨拶をした後に、「続きましての曲目は、GLAY「サバイバル」」。歌舞伎界から折角の司会起用なので演出としては欲しい所でしたが、楽曲とは全く合わない場面でした(もっともこの演出のまま英語が入る曲紹介は、第63回の福山雅治にもありました)。

 スクリーンに大きく描かれたGLAYの文字が照らし出されて、炎が上がるとともに演奏が始まります。前年2年と比べて明らかにベースの音が大きく、もう出場に際して生演奏を条件に出していることがよく分かります。カメラマンが舞台上を動き回る臨場感のあるショットも多く、非常にロックで見応えのあるステージを全力で展開していました。前半4番手の曲順で3分半の演奏時間は、現在はもちろんこの当時でも異例の長さです。

 この後メンバーは赤坂BLITZに移動して日本レコード大賞を受賞、さらに幕張メッセでカウントダウンライブを開催します。そのためオープニング以外の紅白出演は一切ありません。

 20万人ライブを実現させたこの年ですが、レコ大受賞に納得せず年明けに解散するという話も持ち上がったそうです。ただ1990年代後半のようなテレビ出演の多さはこの頃になると望まない話になったようで、第51回の出場はアルバムレコーディングのため辞退。以降も紅白歌合戦は現在まで出場しない形になっています。

LUNA SEA

第49回(1998年)「I for You」

作詞・作曲:RYUICHI
前歌手:L’Arc~en~Ciel、MAX
後歌手:華原朋美、美川憲一
曲紹介:中居正広(白組司会)

 「ROSIER」「TRUE BLUE」などの代表曲は1994年ですが、その時の紅白歌合戦は出場せず。1997年の河村隆一ソロがバンド活動以上のCD売上を記録、この年1年間の休止から復活して紅白にもあらためて出場という形になりました。ソロ活動を経た1998年のLUNA SEAは、音楽性もスタンスも休止前とは少し異なる印象も正直申し上げるとありました。

 「I for You」はフジテレビ系ドラマ『神様、もう少しだけ』主題歌で大ヒット、当時無名だった深田恭子や仲間由紀恵の出世作として知られています。同ドラマからは、挿入歌「きらら」を歌う工藤静香もヒットして4年ぶり紅白復帰となりました。

 歌前トークは5人揃って登場。中居さんとトークしようという所でヴィジュアル系メイクを施した細川たかし吉幾三前川清が乱入します。確かにこの年若手ヴィジュアル系バンドが多数ブレイク、またこの3人は当時毎年のように濃いメイクを紅白でさせられていました(ガングロギャル・公家・白塗り…)。「俺たちもロックやりたいじゃん!」「俺たちも仲間に入れてくれよ!」「一緒にやろうじゃん!」と威勢よく登場する3人に「即答でハイという感じです」とRYUICHIさんが冷たく返事してスタンバイ。長時間のメイクに対する短い出番にクレームを入れるお決まりのやり取りを経て、演奏に入ります。

 ステージはドライアイスが床に舞う中、RYUICHIが熱唱する内容です。ストリングスの音も入りますが舞台上にいないのでそこは事前録音、ただ舞台上の4人少なくともドラムは生演奏の様子です。1番のサビと2番のAメロを抜かす形の1コーラス半、まさに音で聴かせる熱唱のステージでした。後半に花火がスパンコールのように舞う演出も大迫力です。

 前年RYUICHIが河村隆一としてソロ出演したこともあって、本番以外にも出番はいくつかあります。前半スポーツヒーローショーではメンバー5人で、ゲストの陸上選手・高橋尚子をエスコートするシーンがありました。

 LUNA SEAは翌年新曲リリース無しでそのまま紅白も不出演、2000年に早くも終幕します(2010年に活動再開)。RYUICHIはソロで第52回にも出演、SUGIZOX JAPANの新しいギター担当とYOSHIKI feat. HYDEのサポートでその後4回紅白に参加しています。

 

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