紅白歌合戦・バンド出場歌手の歴史(世紀の変わり目編)

 ずいぶん長期の特集になった紅白バンド史もそろそろ大詰めです。今回は第50回(1999年)~第53回(2002年)に初出場したバンドについて書きます。13回出場したポルノグラフィティは後に別記事で書くことを予定しています。なおこの特集記事は次回で一旦最終回、第59回(2008年)以降に初出場した分は各年の本編レビューをそれぞれ見て頂くという形にすることをご了承ください。

Hysteric Blue

第50回(1999年)「春~spring~」

作詞・作曲:たくや
前歌手:モーニング娘。、DA PUMP
後歌手:Something ELse、茂森あゆみ・速水けんたろう
曲紹介:久保純子(紅組司会)

 紅組2番手として登場、オープニングは後方ですぐ舞台裏にはけたためほとんど映らず(ステージ衣装と違うレインボー柄の服を着たTamaが一瞬確認できたのみ)。曲紹介は3人揃って舞台袖に登場、翌年に誕生50周年を迎える『ピーナッツ』からスヌーピー、チャーリー・ブラウン、ルーシーの応援が加わります。ちなみに作者のチャーリー・モンロー・シュルツは翌年2月に逝去、それは最終回が雑誌に掲載される前日のことでした。「紅組優勝のために、僕たちも協力しようよ。ねっ、スヌーピー」「(スヌーピーに向かって)かっこいいダンス踊るのよ」と応援する彼らに、「メチャクチャ嬉しいんでめっちゃ頑張ります」と話します。

 全体的にこの年の紅白は序盤バタバタしていて、冒頭挨拶するTamaさんのマイクが音割れ状態。音出しもバンドメンバーが舞台袖にいるのに演奏開始という状況で、誰の目にも生演奏でないことが丸わかりという大変気の毒な結果になりました。

 「はじめての紅白で楽しさを伝えたいと言う、Hysteric Blueの皆さんで「春~spring~」!」。Tamaさんがスヌーピーの手をひいて舞台に向かい、スヌーピーはそのまま曲に合わせて踊るという演出です。1番サビからは曲紹介で登場した2人以外の『ピーナッツ』のキャラクターも登場。セットもSTOPと描かれた標識やウッドストックの絵が入るなど、明らかにヒスブル以上に『ピーナッツ』の色彩が濃い演出となっています。

 テロップはありませんでしたが、ベースの演奏にサウンドプロデューサーを担当した佐久間正英が加わっています。2014年に61歳の若さで逝去されましたが、GLAYやJUDY AND MARYなど平成のJ-POPを支えた最重要人物として歴史に深く刻まれるべき存在であることは言うまでもありません。

 Tamaさんは森の精をイメージしたような緑とピンクを全体にあしらったような衣装です。ドラムのたくやはチェックのシャツに金髪、ギターのナオキは黄色いライフジャケットのような上着に赤と金色に染めた髪という出で立ちで、紅白に限らずではありますが外見のインパクトは比較的強めでした。

 「どうもありがとうございます」と挨拶して締めますが、演奏の音が鳴り止まないうちに勘九郎さんが次の曲紹介を始めてしまうオチもつきました。前半2番手ということもありますが、演出や扱いの雑さがこれ以前と比べてもかなり目立つ内容であったのは正直な所です。

 全員合唱やエンディング、本番終了後の年越しカウントダウン放送にも参加。SPEEDの曲紹介は司会の久保純子の真後ろという非常に目立つ立ち位置でした。ノースリーブ全面にイギリス国旗が描かれているナオキさんの服装が特徴的です。

 Tamaさんは浜崎あゆみの曲紹介に先輩3名と一緒に参加、「あゆはファッションリーダー」というセリフを言った後に苦笑い。クボジュンの「ガールズはボーイズに勝つぞー」という応援のセリフには、後ろにいたたくやさんが露骨にあちゃーとリアクションしています。

 同じくヒットした「なぜ…」に限らず良い曲は多かったですが、翌年以降急速にCD売上が低下して2003年に活動休止・2004年に解散。Tamaとたくやは一時期Sabaoというユニットで活動もありましたが、現在はこちらも休止状態となっています。諸般の事情でサブスク解禁が難しく、リアル世代以外にこのグループの良さを伝えにくい状況になっているのが現在の大きな難点でしょうか。

Something ELse

第50回(1999年)「ラストチャンス」

作詞・作曲:Something ELse
前歌手:DA PUMP、Hysteric Blue
後歌手:茂森あゆみ・速水けんたろう、鳥羽一郎
曲紹介:中村勘九郎(白組司会)

 ヒスブル同様こちらも曲紹介で3人とも登場。勘九郎さんは紅白どころかこういった番組の司会もあまり経験がないので、お互い相当緊張しています。「Something ELseの皆さんです、こんにちは、こんばんは」と挨拶を間違える勘九郎さんに、「こんばんは!」と大声で返す伊藤大介。そこから台本ベースのトークが始まります。

勘九郎「初出場でしょ?私も初めてで興奮してますけど、それにしてもすごい、なんか、衣装ですねぇ」
今井千尋「いやもうやっぱりこの人生の初舞台、もう花舞台なんでね、頑張っていきたいと思ってます」
勘九郎「あの皆さんアレでしょ?受験生なんかがとても刺激受けるって…歌ってください、お願いします」

 スタッフの指示を確認しながらの進行で、結果として会話がブツ切れ状態になっています。サムエルのメンバーも前年の大晦日には全く想像していないような状況なので、何が何だかという表情にも見えます。オリコン初登場20位以内に入らなければ解散という日本テレビ『雷波少年』の企画を通して発売、1999年1月の週間チャートで初登場2位に入り年間12位の大ヒット。解散どころか各音楽番組に引っ張りだこで最終的に紅白歌合戦出場にまで漕ぎつけました。

 「千葉県の柏市のストリートミュージシャンだった彼らが、全国区になりました。人気者です。Something ELseの皆さんで、「ラストチャンス」。」

 今井さんはベース、大久保伸隆と伊藤さんはギターを弾きながらのステージです。ストリートミュージシャン出自ということもあって3人とも生演奏、原曲にある他の楽器の演奏も流れません。いわゆるアコースティックバージョンのステージで、演出も朝焼けの照明からサビ以降明るくなるくらいの物でセットも無く非常にシンプルです。

 Cメロの後半から、舞台袖で応援していた白組歌手勢がギターやタンバリンを持ちながら加わります。かぐや姫ゴダイゴ谷村新司堀内孝雄という、他の年と比べても明らかに豪華なメンツです。伊藤さんはタケカワユキヒデ南こうせつと肩を組んで歌うという、ギタリストにとっては夢でも実現しそうにない状況になっていました。他にも加山雄三郷ひろみ西城秀樹森進一、若手ではTOKIO19もこの応援に参加しています。

 フォークソング系の大御所と共演できたという点では、紅白歌合戦に出場した中でも特に幸運な出来事だったのではないかと思います。前半ラストの全員合唱は、歌だけでなく伊勢正三と一緒にギター演奏も担当しています。後半のショーコーナーでは五木ひろし鳥羽一郎山川豊19とともに歌舞伎の連獅子を披露。歌手名テロップがないと絶対に分からない濃いメイクでした。

 歴代紅白の中でも豪華な内容だった反面、演出に相当難があったというのが個人的な感想ですが、それでもサムエルの3人は出来る限り紅白歌合戦の現場を楽しんでいた印象が強いです。エンディングも勿論参加でした。ヒットが長く続かなったため1度限りの出場だったのは惜しいところですが、バンドは2006年まで継続。その後も大久保さんはソロ活動、今井さんは作曲家・音楽プロデューサーとして活躍しています。

Whiteberry

第51回(2000年)「夏祭り」

作詞・作曲:破矢ジンタ
前歌手:(オープニング)、藤井 隆
後歌手:ポルノグラフィティ、aiko
曲紹介:久保純子(紅組司会)

 紅白史を振り返ると、台本がもっとも空まわりしていたのは1999年~2004年辺りではないかと思います。1990年代は少々寒い台本があっても堺正章古舘伊知郎中居正広辺りがテンポとキャラクターでカバー出来ましたが、立場上から異議を唱えにくいアナウンサーや司会経験の少ない俳優ではやや厳しい面もあったかもしれません。

 それが一番悪い意味で出ていたのは、第51回に初出場したWhiteberryでしょうか。初出場に際しての意気込みに5人揃って「超ガンバ、リーゼント!!」は、さすがに本人たちの発案ではないはずです(直後に「しーん」と自らスベったと思わせるリアクションがありました)。

 「夏祭り」は1990年、いわゆるイカ天からブレイクしたJITTERIN’ JINNのヒット曲です。「プレゼント」「にちようび」などヒット曲連発しながらその年の紅白に出場せずでしたが、この年のWhiteberry版ヒットで晴れて楽曲が紅白初お目見えとなりました。Whiteberryは北海道・北見で小学生の頃からバンド活動開始、テレビ紹介をきっかけにメジャーデビュー。「夏祭り」のカバーが原曲以上に大ヒットして紅白出場という形になりました。なお女性のみの演奏で構成されるグループの紅白出場は第33回のSugar以来18年ぶり、ドラムも含めたバンド編成では史上初の快挙となっています。

 「さあ、Whiteberryの皆さんなんですが、北海道北見市出身の中学生と高校生の5人組です。なんと小学校の頃からバンド活動をしていたそうなんですよ、凄いですよね~。その地元北見市の気温は現在2.6℃、普段よりも10℃近く高いそうです。皆さんの熱気で歌ってもらいましょう、「夏祭り」!」。曲紹介の間にキーボードの音が鳴り、紹介が終わるタイミングで間髪入れず歌に入るという非常に綺麗な進行です。曲間の台本とは違い、こちらの方は全く抜かりのない見事な内容でした。

 トップバッターなので両サイドに全出場歌手が応援、「祭」と描かれた団扇が全員に配られている演出はあります。とは言えステージは実力派の演奏と歌をガンガンに見せる正統派スタイル、メンバーが手を動かして演奏するショットも非常に多いカメラワークです。唯一ラストでスパークラー演出が入りましたが、それ以外は本来の楽曲とアーティストの良さをしっかり伝える内容です。当時まだ14歳~15歳、SPEEDモーニング娘。などデビューの低年齢化が進んでいた時期なのであまり多くは言われなかったですが、いま振り返ると快挙以外何者でもないというステージでした。言うまでもなく、当時のバンド出演者では最年少記録です(翌年すぐに更新されてしまいますが)。

 グループ名に合わせて、紅組歌手ですが衣装は真っ白です。ボーカル・前田由紀は髪の毛を立てておでこも出す髪型で、黒髪ではありますがややパンキッシュです。それ以外の4人は中学生ですが派手さはなく、ドラムの川村恵里加が一瞬笑顔を見せた以外は完全に職人の表情でした。

 その後は普段着にも見えるラフな服装で花*花の応援に参加、直後ショーコーナーで「ミッキーマウス・マーチ」のパラパラにも参加して一緒に踊っています。このパラパラダンスは2000年当時に大流行、当然ですが年代ど真ん中の彼女たちもノリノリの表情でした。

 さらに長山洋子の曲紹介では5人揃って晴れ着姿を披露。着物を着るのは七五三以来というコメントに、横にいた小林幸子が驚きます。もっともこの後の「Whiteberryのみんな、ホワイトはいけません、白はいけません」の説教に「心は真赤に燃えてまーす!」と返すやり取りは、「紅い雪」の曲紹介とは言えやはりちょっと余計でした。メンバー全員中学生なので、これ以降はエンディング含めて出番無しという形になっています。

 「桜並木道」「かくれんぼ」などオリジナルも良い曲は多いですが、残念ながらヒットはせず紅白も1度きりで2004年に解散。もっとも解散に際してはメンバーの大学進学で全員揃っての活動が出来なくなったというはっきりとした理由が存在しています。なおボーカルの前田さんはソロで現在も音楽活動を継続、テレビ出演も時々あるようです。

ZONE

第52回(2001年)「secret base ~君がくれたもの~」

作詞・作曲:町田紀彦
前歌手:松浦亜弥、えなりかずき
後歌手:DA PUMP、原田悠里
曲紹介:有働由美子(紅組司会)

 Whiteberryと入れ替わるかのようにこの年台頭したのが彼女たち。北海道出身・ソニーレーベル所属は共通ですが、元々ダンス&ボーカルグループだったのが楽器を持たされて演奏もするようになったという経緯があります。「secret base ~君がくれたもの~」はTBS系昼ドラ『キッズ・ウォー3』主題歌、そこをきっかけに楽曲の良さがどんどん広がってロングセラーを記録しました。2010年代以降はほぼ毎年のように、多くの女性歌手・アーティストがカバーしている楽曲となっています。

 紅組2番手の登場、ボーカル&ギターのMIYUは13歳。早くもWhiteberryを塗り替えるバンド出場者歴代最年少記録となっています。こちらは20年近く経った現在も破られていません。この年は紅組トップの松浦亜弥が15歳、白組トップのえなりかずきも一応17歳なので、冒頭3組は他のどの紅白よりも若々しい顔ぶれになっています。

 「はーい、17歳のえなりかずきさんでしたー。さあ紅組はなんと平均年齢の14.7歳のZONEの皆さんです」と少し皮肉を込めて有働アナがグループを紹介。既にメンバーは各自楽器を装備した状態で、ドラムスのMIZUHOはスティックを手にしています。「私たちも応援してるので、道産子パワーで頑張ってね!」と応援するのは、モーニング娘。の北海道出身メンバーである飯田圭織安倍なつみ紺野あさ美。もっとも紺野さんはこの年8月に加入したばかり、実際にはZONEの4人同様紅白初出場です。

 スタンバイ後にも「ZONEの曲を聴くと、中学校の頃の切ない気持ちを思い出して、そういう気持ちになるんですけど、とても大好きなナンバーなので、頑張って欲しいです。頑張ってください」安倍なつみがメッセージ。さらに曲紹介後、リーダーのTAKAYOが視聴者に向けてメッセージを送ります。「今まで見守っていてくれた家族や友達、そして全国のファンの皆さんに感謝の気持ちを込めて歌います。聴いてください」

 星空をイメージしたような演出で、ドーム状のセットが少しプラネタリウムのように見えます。前年のWhiteberryは真っ白でしたが、この年の衣装は赤を基調にしていました。前半2番手の若手ということもあって、ラストのサビ繰り返しどころかAメロも一部カットするという通常の歌番組以上に短めの構成。もっとも最大の肝である、MIZUHOのソロから全メンバーが歌い継ぐCメロはしっかり残しています。やや短めに思える構成でも演奏時間は一応3分近く、近年の紅白前半に比べればはるかにしっかりとしたステージとして扱われています(ヒット曲の平均尺が今よりはるかに長いという部分は考慮する必要もありますが)。

 幸い前年や一昨年のように応援などで悪目立ちするような場面は、この年のZONEにはありませんでした。ステージ以外の登場は久々に用意された歌手席での応援と、香西かおりのステージで踊る場面くらいです。香西さんのステージは羽子板を持った晴れ着姿で参加、かわいらしい内容を見せています。最年長のTAKAYOさんでも当時16歳だったので、21時以降の出演は無しでした。

第53回(2002年)「夢ノカケラ…」

作詞:千空、n. machida 作曲:町田紀彦
前歌手:BoA、RAG FAIR
後歌手:キンモクセイ山本譲二
曲紹介:有働由美子(紅組司会)、高野志穂(紅組サポーター)

 オープニングでは真っ赤な衣装ですが、ステージでは外国の兵隊風スタイルに背中に大きな羽根をつけたような衣装になっています。曲紹介前のやり取りは出場歌手3人の高校時代の夢をテーマにしてオチをつける内容、このやり取りは既に書いているのでこちらを見てください。

 「今年、音楽を通じて日本中にたくさんの友達が出来ました。来年も、もっとたくさんの人と音楽で知り合いたいと思ってます。聴いてください、「夢ノカケラ…」」。演奏前にTAKAYOさんがメッセージを残すのは前年と同様です。ちなみにこの年の夏に開催された全国ツアーは、メジャーデビュー2年目のZONEにとって初の試みでした。

 イントロ無しでサビから始まる歌い出し、ドラムスのMIZUHOは左手でキーボードを演奏しています。1曲でドラムスとキーボードを兼任する例は、X JAPANYOSHIKIくらいしかいないと思われます(彼はドラムセットから離れたグランドピアノの演奏でしたが)。

 ZONEは4人とも演奏とボーカルを兼任しているので、パート分けという点で非常に特徴のあるグループです。この曲で最もそれがよく出ているのはCメロ明けのサビで、全員で”君がくれたもの”と歌うパートとソロが交互に繰り返される場面は他でなかなか見られない光景のような気がします。

 メインボーカルを務めるMIYUさんは当時14歳、中学2年生ですが既に歌声が完成されています。落ち着いているとともに芯がしっかりしている発声は、少し前に人気を博していたSPEED島袋寛子今井絵理子以上の才能を感じました。解散してソロになっても大活躍が期待できましたが、現実はなかなか難しいものです。

 さて曲紹介前のやり取りに参加した華原朋美ですが、彼女のステージにも応援で登場します。バンドスタイルで堂々とエアバンドをアピールするという、いま思えばゴールデンボンバーを先取りしたような内容でした(こちらで記事として記載済)。年齢的な関係もあって、この年も出演は前半に行われた中間集計までとなっています。モーニング娘。主導のショーコーナーで歌っても良さそうでしたが、そちらの参加は無しでした。

第54回(2003年)「secret base ~君がくれたもの~」

作詞・作曲:町田紀彦
前歌手:華原朋美、谷村新司
後歌手:さだまさし、女子十二楽坊&錦織 健
曲紹介:有働由美子(紅組司会)、膳場貴子(紅組司会)

 TAKAYOさんの活動休止前ラストということで、非常に注目度の高いステージになりました。そのため解散前年のSPEEDやここ3年のモーニング娘。と同様、可能な限り遅い時間となる21時直前の出番となっています。オープニング以降の出場歌手応援は3回目の出場にして初参加、雪をイメージしたような真っ白な衣装です。

 出場歌手が例年と比べて非常に多いため余興を挟む時間もない前半、序盤以降応援などの出演はなくあっという間に本番を迎えます。真っ赤な衣装に大きな白い羽根をつけた、エンジェルをイメージしたようなデザインで、髪にも白い小さな羽毛があちこちに装飾されています。

 「TAKAYOちゃん、今までリーダーお疲れ様でした。私たちはこれからもZONEとして頑張ります」、MIYUさんがメッセージを送った後にTAKAYOさんがあらためて挨拶。「今まで応援してくださった日本中の皆さん、本当にありがとうございました。今日でこの4人で歌うのは最後になりますが、精一杯自分達らしく歌い遂げたいと思います。聴いてください」

有働「ZONEの皆さんは初出場の時、わたくし紅白の司会初めてだったんですけども、みんな泣き虫で、ステージが終わったら楽屋で一緒に泣いたそうなんですよね。最高のステージにして頂きたいと思います」
膳場「今夜はその時の思い出深いこの曲です。「secret base ~君がくれたもの~」」

 フルコーラスでも良いところではありましたが、さすがに時間が詰まっているので、構成は2年前カットされたAメロが追加されたのみでした。ラストのサビはもう1回くらい繰り返しても良いのでは…とも感じましたが、実際のところはそうもいきません。カメラワークはやはり椅子に座りながら歌うTAKAYOさんが中心、歌詞とリンクしているかのように涙を堪えながら笑顔で歌う姿が何よりも感動的です。「どうもありがとうございましたー!」と大声で挨拶するTAKAYOさんの表情は笑顔ですが、堪えるという点では限界だったのかもしれません。客席から巻き起こる多くの声援、挨拶した後に泣きそうになるMIYUさんの表情も一瞬映っています。

 TAKAYOさんの脱退理由は大学進学のため、ZONEは年が明けた後すぐ新メンバーを迎えての活動になりました。ただ2004年の紅白は惜しくも出られず、その後2005年をもって解散という形になります。いわゆる”10年後の8月”に引退していないメンバーのみで再結成しましたが、色々あって2013年に活動終了。はっきりと現在の動向が分かっているのはMAIKOだけというのが(彼女だけ各種SNS有り)少し寂しいところです。

キンモクセイ

第53回(2002年)「二人のアカボシ」

作詞・作曲:伊藤俊吾
前歌手:RAG FAIR、ZONE
後歌手:山本譲二、田川寿美
曲紹介:阿部 渉(白組司会)、小澤征悦(白組応援サポーター)、さだまさし、谷村新司

 この年1月リリースで大ヒットしたのが彼らの歌う「二人のアカボシ」。オリコン年間49位のセールスを記録しています。紅白に出場するJ-POP系アーティストは大体の場合年末の音楽特番をハシゴするものですが、彼らは当時なぜか他の番組に呼ばれず紅白歌合戦のみ出演する形となりました。

 曲紹介にはフォークソングの大先輩・さだまさし谷村新司が登場。この年設けられた応援サポーター・小澤征悦を交えてしばしやり取り。

谷村「さだくん、さだくん。彼らの歌はね、俺たち大人の世代でも胸がキュンと来る懐かしいメロディーなんだよね」
さだ「おっいいね、何ていうグループなの?」
谷村「確かね、花の名前だったかな」
さだ「あー、秋桜だな」
谷村「それは君の歌だ」
小澤「わかった、ケヤキだ!」
谷村「それは木。花の名前、花の名前」
小澤「貴乃花!」
さだ「…いや、それは」谷村「それは関取でしょ」
小澤「えっ、なんでしたっけ?」
伊藤俊吾「あの、キンモクセイといいます。よろしくお願いします」
(スタンバイ後)さだ「子どもの頃から知っていた」谷村「20年くらい前から知っていた」

 内容はともかく、さださんと谷村さんのやり取りはラジオパーソナリティーとしての実績も抜群なので実にスムーズです。一方小澤さんが貴乃花!と切り出した瞬間は笑い声一切無しの凄まじいスベり方で、時間が止まったような感覚に陥るほどでした。「それでは爽やかでどこか懐かしいキンモクセイの世界をお聴きください。「二人のアカボシ」」

 「いま一人で見ている方も、家族みんなで見ている方も、素敵な大晦日になるようにこの歌を贈ります」。ボーカル・伊藤俊吾のメッセージから演奏に入ります。キーボード担当がメインボーカルを務めるのも、第33回のSugar笠松美樹以来2人目の珍しいケースでした。

 ヴァイオリンは事前録音なので、メンバーはこの音に合わせて演奏する形となっています。ヴァイオリンは後ろの大型ビジョンで演奏するシーンが映る状況でした。白スーツの衣装は派手さと無縁ですが、そこがキンモクセイらしさをおおいに示しているような気がします。2コーラス、彼らが2002年に残した名曲をおおいに堪能するステージになりました。

 全歌手が登場するシーンは原則参加、後半はステージ衣装から縞模様のシャツに上着・マフラーを巻いた衣装に変わっています。『紅白Ring Show』の「静かな湖畔」輪唱で、演歌バージョン3番手を無難に決める一幕もありました。初出場の若手ですが先輩のはからいもあったのでしょうか、「蛍の光」のエンディングは前列で映る機会の多い立ち位置となっています。なおバンドは一旦2008年に活動休止しますが、ここ最近は元の5人で再始動。新曲リリースやツアー開催も実施されています。

BEGIN

第53回(2002年)「島人ぬ宝」

作詞・作曲:BEGIN
前歌手:鳥羽一郎、小柳ゆき
後歌手:中村美律子、森 進一
曲紹介:阿部 渉(白組司会)、小澤征悦(白組応援サポーター)、木村拓哉

 1990年メジャーデビューのイカ天バンドですが、紅白歌合戦はこの曲がNHK沖縄本土復帰30周年イメージソングに起用された2002年でした。オリコン集計のCDシングル売上は目立つ数字ではありませんが(週間最高47位)、楽曲は今日まで沖縄という地域を超えた多くの人々に支持されています。

 曲紹介は木村さんに沖縄の魅力をまずインタビュー。「沖縄はやっぱりあれじゃないですかね…、綺麗な海と空と自然の美しさと、あとやっぱり太陽にみんな当たってるだけあって、人柄がすごく温かい所じゃないですかね」と彼らしく語ります。小澤さんも沖縄好きで三線を練習してると話した所で、阿部アナの曲紹介。「そんな沖縄が本土復帰を果たしてから今年で30年。NHK沖縄放送局の本土復帰30年イメージソング「島人ぬ宝」、沖縄石垣島出身の3人組・BEGINの皆さんです」

 「この歌は、石垣島の子どもたちと一緒に作った歌です。沖縄が本土復帰してから30年、夢が叶う時代になりました。沖縄のおじい、おばあ、ありがとう」。ボーカル・比嘉栄昇が語り終わり、掛け声とともに演奏開始。三線・ギター・ピアノの3人で構成される生演奏、バックにはヤシの木と大きな満月の映像が用意されています。曲紹介の後にあった拍手は、イントロでも起こっていました。

 2番からは事前録音された弦楽器の音が加わり、ステージ照明も幾分明るくなります。2コーラスじっくり歌い上げるステージには、沖縄の魅力がじっくり詰まっていました。「イーヤーサーサー!」と歌い上げながら、三線のソロを経てアンサンブルで締めるラストは美しく、比嘉さんが右腕を挙げてピースサインする姿は特に絵になる光景でした。J-POPの沖縄旋風は1990年代後半から起こり始めますが、本来の沖縄を感じさせる音楽が広く評価され始めるのはこの時期辺りからだったように思います。

 歌以外では美川憲一の曲紹介に参加。小澤征悦KICK THE CAN CREWジョン・健・ヌッツォと一緒に作ったという応援ソングは、「美川の衣装が見たい~(見たい!)」という替え歌でした。

第54回(2003年)「涙そうそう」

作詞:森山良子 作曲:BEGIN
前歌手:坂本冬美、細川たかし
後歌手:倉木麻衣、長渕 剛
曲紹介:阿部 渉(白組司会)、有働由美子(紅組司会)

 前年「島人ぬ宝」で紅白初出場を果たしたBEGINですが、同じ年に夏川りみも「涙そうそう」で初出場となっています。また森山良子も「さとうきび畑」が第48回紅白歌合戦で歌われて以来、全国的に広く知られるスタンダードナンバーになりました。この年は新しい試みとしては紅組・白組関係無しのコラボレーションが企画されましたが、その中で森山さん・夏川さん・BEGINの3組でロングセラー中の「涙そうそう」ステージが組まれたのは必然でした。

 沖縄を母体とする楽曲ですが、もうこの時点ではその範囲を超えた国民的名曲となっています。ステージが始まる前に入ったのは、沖縄ではなく南極・昭和基地からの生中継でした。第44次南極観測隊の皆さんが、家族に会いたいというメッセージボードを掲げて、総合司会・武内陶子アナによるインタビューを受けています。司会陣5人とも曲紹介に参加、台本のセリフを担当するのは有働アナと阿部アナです。赤もしくは白で明確に分けられる曲目・歌手テロップのバックカラーは青色でした。

 画面左側から上地等(グランドピアノ)、夏川りみ(三線)、森山良子(ギター)、比嘉栄昇(三線)、島袋優(ベース)の立ち位置、3人にマイクスタンドが用意されています。バックのセットには大きな風船が20個飾られています。

 1番は森山さんの歌い出しでサビを夏川さんが歌唱、2番前半は比嘉さんが歌います。2番サビ以降は夏川さんと比嘉さんが主旋律、森山さんがハモリ&裏パートを歌います。その中で、南極観測隊の皆さんによるメッセージボードも映ります。

 透き通るような夏川さんの歌声、南国の温かさを存分に感じさせる比嘉さんの歌声、そして何よりも会場全てを包み込むような森山さんのハーモニー。この組み合わせ・この曲の歌唱が決まった時点で名ステージになるのは確定ですが、その期待を更に超えた紅白歌合戦史上に残る内容となりました。夏川さん、森山さんから3人での共唱で締めるエンディング、歌い終わった瞬間から演奏が終了するまで拍手が鳴り止まないステージは紅白史上でも滅多にありません。

 「涙そうそう」はその後さらに2回夏川さんがソロで披露、紅白歌合戦史上初めて同歌手による4年連続歌唱曲となりました。またBEGINの提供曲としてはauのCMきっかけで「海の声」が大ヒット、紅白歌合戦でも浦島太郎役を演じた桐谷健太が第67回(2016年)に歌う形となっています。

 

 

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