紅白歌合戦・鳥羽一郎の軌跡~ステージ編~

第36回(1985年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:三波春夫、松原のぶえ
後歌手:早見 優、菅原洋一
曲紹介:鈴木健二(白組司会)

 念願の初出場、オープニングは白タキシードで登場。同じく初出場でホープ的存在であった松原のぶえとの対決。白組20組中10組目、前半ラストでの登場でした。

 ステージ衣装は濃い青、曲紹介ごとに衣装を変える鈴木健二アナウンサーはやはり船長姿での登場。電報を読み上げます。「はるか洋上より紅白初出場を祝す。海の男として力強く歌ってください」、その後演奏開始までやり取り、マグロ船の漁師として大西洋・インド洋まで行きましたと話しています。ステージに向かいますが、演奏はまだ始まりません。「さあ、大海原から舞台へ登場した鳥羽一郎さんが歌います。音楽どうぞ!」

 (イントロが鳴り)「さあ、鳥羽さんの故郷・鳥羽の海が大好きで、今も海女として潜っていらっしゃるという鳥羽さんのお母さん。あなたの孝行息子が歌います、「兄弟船」です!」。バックは夜の海をイメージしたように見えますが、セットに照明の演出が加わる程度で至ってシンプル。2コーラス情感たっぷりに歌う姿は、やはり後年と比べると若々しさと初々しさがありました。

 ちなみにこの年は港町・銚子を舞台にした連続テレビ小説『澪つくし』が大ヒット、これをテーマにしたショーコーナーが直後開催されます。小泉今日子沢田研二の特集で既に触れてはいますが、その後も第36回に出場した歌手を書くたびに取り上げる形になると思います。本人の応援出演は白組歌手総出の近藤真彦「ヨイショッ!」などありますが、エンディング含めて特別目立つシーンはありません。

第39回(1988年)「男の港」

作詞:穂積 淳、結城 忍 作曲:中村典正
前歌手:尾形大作、瀬川瑛子
後歌手:小柳ルミ子、菅原洋一
曲紹介:加山雄三(白組司会)

 ランダムに入場するオープニングは新沼謙治尾形大作と一緒に登場。「はりきって演歌トリオ、歌で聴かせて気分で酔わせます」とアナウンス、明るい青色のタキシード姿で扇子を広げてご挨拶。

 比較的遅い時間帯での出演、演歌中心のコーナーでステージの両サイドに歌手席が設けられています。「鳥羽さん、幸せいっぱいで頑張ってください!」、結婚・長男の誕生が曲紹介でアナウンスされます。「男の港」は2年前の楽曲ですが、選曲理由についても同時にアナウンスされました。この年の『NHKのど自慢』で最も多く歌われた楽曲だったようです。

 実は2年前にもとある事情で辞退した北島三郎山本譲二の代役として、本番2日前に角川博とともに出場が決定していました。ところが鳥羽さんは北島さんと同じレコード会社で縁も深い間柄、同様に辞退を表明する形となっています。鳥羽さんの代役として選ばれたのはシブがき隊でした。もし2年前に出場していれば、間違いなく「男の港」をその時に歌っていたものと思われます。

 中村典正は所属していた日本クラウン専属で、鳥羽さんにも20曲近く提供していますが、紅白での歌唱はこの曲のみでした。その後山口ひろし名義で藤あや子のヒット曲を手掛け、さらに三山ひろしの師匠として歌謡界に大きな功績を残しています。

 

第40回(1989年)「北の鴎唄」

作詞:里村龍一 作曲:杉本真人
前歌手:堀内孝雄、坂本冬美
後歌手:大月みやこ、沢田研二
曲紹介:武田鉄矢(白組司会)

 まずは第1部オープニング「東京ブギウギ」の歌唱に参加。真っ白なタキシードです。第2部のオープニングもこの衣装のまま登場。

 ”ヤーレンソーラン”という歌詞が象徴している通り、楽曲の舞台は北海道です。そのため舞台にはドライアイス演出が入りました。鳥羽さんが紅白で歌った曲の中では特に迫力のある楽曲で、アクションが激しいです。手の動きに気合いが分かりやすく入っていた、熱唱のステージでした。

第41回(1990年)「演歌船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:布施 明、坂本冬美
後歌手:ケー・ウンスク、五木ひろし
曲紹介:西田敏行(白組司会)

 オープニングの入場行進は大きな大漁旗を持ちながら登場。チェッカーズの後に細川たかしなどと一緒に顔を見せますが、ほとんど端の方しか映っていないので最初見た時は気づきませんでした。どちらかと言うと白組トップバッター・光GENJIの曲紹介の方が西田敏行の真後ろなので目立っています。

 出場歌手メインのショーコーナーがない年ですが曲紹介他での出番は多く、植木等「スーダラ伝説」でも割と目立つ位置でノリノリです。この年は自身のステージ以外、銀色のタキシード着用でした。翌年解体となるソビエト連邦の歌手・アレクサンドル・グラツキーの曲紹介にも北島三郎と一緒に登場、「曲は「ソング」です!」と力強く曲フリをしていました。

 ステージは終盤演歌立て続けのさなかに登場。三重県の水産高校の実習生から送られた電報を読み上げられる形の曲紹介でしたが、かなり時間が押していたせいかカメラが司会者の方に向きません。おそらく予定では電報の後に演奏開始だったと思われますが、本番は直前の坂本冬美が歌い終わってからすぐの演奏でした。

 星野・船村コンビの王道演歌を熱唱します。本番での衣装は黒タキシードで、どちらかと言うと本番以外の方が派手です。ちなみにこの年は五木ひろし「心」もあって、星野・船村演歌が紅白で2曲、星野さん作詞は北島三郎「山」も含めて3曲歌われました。

 

第42回(1991年)「師匠(おやじ)」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:少年隊、香西かおり
後歌手:松原のぶえ、喜納昌吉
曲紹介:浅野ゆう子(紅組司会)

 前半は白と黒の縞模様のタキシード姿。シマウマみたいな柄ですが、この衣装で初出場・冠二郎の曲紹介、全員合唱「SMILE AGAIN」に参加。「SMILE AGAIN」で目の前に設置されたスタンドマイクは、森口博子と共用でした。

 曲紹介は当時紅白歌合戦初の試みとなる交換司会、つまりお互いの司会が相手側の出場歌手のステージを紹介する演出の中で行われました。そのためこの年は白組司会の堺正章ではなく、浅野ゆう子が担当。マチャアキの司会で紅組歌手が続々とステージ裏に向かう一方、こちら側には細川たかしなど白組歌手が続々サインを求めたり花束を贈ったりするというお約束の演出が入ります。

 本番のステージは白タキシードに黒ズボン、至ってノーマルです。鳥羽さんの紅白歌唱曲では珍しく海に無縁の内容で、出てくる地名も師匠の「栃木訛り」といった具合。楽曲も聴かせに聴かせる内容で、「兄弟船」みたいに歌い上げる場面もほとんどありません。演歌好きでないと頭に残りにくい曲ですが、その一方カラオケでうまく歌うには逆に難しくて挑戦し甲斐のある楽曲です。この時代の演歌は、カラオケ需要に支えられているという側面もありました。

 本番以降は細川たかし「応援歌、いきます」に参加した後エンディング。さすがにシマウマ模様のタキシードは前半のみで、後半以降は黒スーツというノーマルな服装でした。

第43回(1992年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:吉 幾三、伍代夏子
後歌手:松原のぶえケー・ウンスク&堀内孝雄
曲紹介:堺 正章(白組司会)

 この年に弟の山川豊が6年ぶりの紅白復帰、それに伴いソロ歌手同士では史上初の兄弟同時出場となりました。前半のアニメを題材にしたショーコーナーでは、『巨人の星』の「ゆけゆけ飛雄馬」を読売ジャイアンツのユニフォーム姿で兄弟一緒に歌っています。翌年に長嶋茂雄監督復帰と長嶋一茂選手の巨人移籍が決定、背番号は鳥羽さんが「SHIGEO 33」、山川さんが「KAZUSHIGE ?」でした(その後36に決定)。前半ラストの全員合唱「TEARS~大地を濡らして~」は赤いタキシードで参加、森口博子工藤静香に挟まれる立ち位置です。

 ステージの曲紹介も初の兄弟出場がトピックス、弟の山川豊が見守る中でのステージとなりました。「兄弟船」の選曲も、これが一番の理由であることは間違いありません。グレーのタキシードで熱唱、ただバックの照明が赤で統一された理由は不明です。まだこの当時の演歌は聴かせることがメインで、過剰な演出は前半を含めてもほぼ存在しない時代です。なおエンディングはブルーのタキシードでした。

 

第44回(1993年)「男の港」

作詞:穂積 淳、結城 忍 作曲:中村典正
前歌手:J-WALK、(1993ステージショー)、八代亜紀
後歌手:由紀さおり・安田祥子、南こうせつ
曲紹介:堺 正章(白組司会)

 この年の紅白ステージは前半の出演でした。オープニングと、白組歌手のマイクロジャクソンショーに参加した後に本番を迎えます。

 八代亜紀「もう一度逢いたい」との港町演歌対決、5年前と同様『NHKのど自慢』でよく歌われる楽曲というアナウンスがありました。数字的にはオリコン週間最高55位で10万枚にも満たない売上ですが、データでは測れない人気が表れています。1986年発売曲はこういったケースが多く、「天城越え」「時代おくれ」などもその象徴的存在でした。

 楽曲は大分県鶴御崎を舞台にした内容です。5年前は歌詞テロップで「鶴崎」と誤表記されていましたが、この年はしっかり訂正されていました。紫のタキシード姿での熱唱で照明は青色中心、セットも5年前よりは確実に豪華になっています。前半の終盤に近い時間帯ということもあって、ラストの「山に抱かれて」全員合唱はこの衣装のままで参加する形でした。後半も出番ほとんどなく、結局エンディングまで着替え無しでそのまま通してます。

第46回(1995年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:西城秀樹、中村美律子
後歌手:田川寿美、加門 亮
曲紹介:古舘伊知郎(白組司会)

 前年は大幅な出場歌手入れ替えに巻き込まれる形で落選しましたが、この年は2年ぶり復帰。ただ弟の山川豊が落選したので、結果的には兄弟で入れ替えになるような形でした。

 前半はオープニングと小沢健二「ラブリー」に参加した程度で、特筆すべきことはありません。浅葱色のタキシードを着ているというくらいです。ただこれまでは本番の方が地味という衣装でしたが、今回は一味違います。

 コテコテの衣装で「河内おとこ節」を歌う中村美律子の後に映った鳥羽さんは、なんとタオル鉢巻を巻いた漁師姿。早速「徹底して海の男・趣味:羅針盤集め」と古舘さんに紹介されます。足も長靴という手の入れよう、ただ本人曰く衣装代は7500円。思わず「逆・小林幸子さんと考えてよろしいですね」とツッコミを入れられます。というわけで古舘さんがムードたっぷりに曲紹介。

 この年は歌手名テロップの下に丸い柄が描かれていますが、鳥羽さんだけ波模様を入れるという細かい演出。そして大漁旗を振る男性の応援が初めて入りました。ステージのセットにも何枚か掲出されています。最終的に7回紅白歌合戦で歌われている「兄弟船」ですが、楽曲の雰囲気に一番合っていた演出はこの年だったのではないかと考えています。なお漁師スタイルはステージのみで、エンディングは再びタキシード姿での参加でした。

第47回(1996年)「カサブランカ・グッバイ」

作詞:内館牧子 作曲:三木たかし
前歌手:TOKIO、門倉有希
後歌手:長山洋子、近藤真彦
曲紹介:古舘伊知郎(白組司会)

 この年以降は前半のステージ出演が主体になります。後半で登場したのは第55回(2004年)のみでした。

 「カサブランカ・グッバイ」は脚本家の内館牧子が作詞を担当。三木たかしも鳥羽さんに提供したシングル曲はこの曲のみで、かなり異例の作品です。楽曲も歌謡曲調で演歌というより大人のポップスという雰囲気、そのため反響は非常に大きかったです。CDセールスこそ高くはありませんが、有線中心に大ヒットを記録して紅白2年連続歌唱という形になりました。

 この年はSMAPがバックでダンスを踊るステージでした。2年前にも細川たかしの寸劇風ステージに参加してはいましたが、出場歌手のバックで彼らが前面に押し出されるのは初のケースとなります。前年同様「歌う魚群探知機」と鳥羽さんを命名する古舘さんは、この組み合わせを「歌う納豆スパゲティ」と例えています。よく分かりませんが、ステージへの声援は例年よりはるかに大きかったことは確かです。

 マイクスタンドを使って歌うスタイルも、これまでとは全く違う内容です。衣装もタキシードではなく、カサブランカの花を刺繍した詰襟の上着を着用。SMAPの5人は真っ白なコートに帽子姿、間奏で1人ずつ挨拶。4人目の木村拓哉が帽子を脱いでステージに深々とお辞儀すると大歓声。そのため5人目の中居正広は、バツが悪そうにそそくさと舞台袖に掃ける展開になりました。

 以降は全員集合する場面に紛れている程度で、目立つ場面はありません。黒い柄物のタキシード着用ですが、エンディングだけ紫色のスーツに着替えていました。

 

第48回(1997年)「カサブランカ・グッバイ」

作詞:内館牧子 作曲:三木たかし
前歌手:反町隆史、岩本公水
後歌手:中村美律子、山川 豊

曲紹介:中居正広(白組司会)、SMAP

 2年連続の「カサブランカ・グッバイ」、前年にバックで参加したSMAPも曲紹介で登場。応援は白組歌手5人、南こうせつ細川たかし美川憲一たいせーまことで結成されたコーラス隊でした。

 グレーのスーツ姿にピンク色のシャツ、この年も過去の紅白であまり見られない色の使い方です。2コーラス聴かせる熱唱でしたが、目立っていたのはやはりコーラス隊の5人。スパンコールのタキシードは歌っている本人より派手で、たいせーに至ってはなぜか赤髪のカツラを着用しています。1997年はヴィジュアル系バンド・SHAZNAが大ヒット、ボーカルのIZAMがこの髪型でした。ただ「Melty Love」が8月リリースでヒット時期がやや遅かったのかもあって、紅白出場には残念ながら至らない形。翌年もヒットを残しながら出場を逃し、そのまま解散となります。

 主張の強すぎるコーラス隊には、紅組司会・和田アキ子が直後にダメ出し。「よく鳥羽さんが歌えたな」というコメントは、おそらく多くの視聴者が同意していた物と思われます。

 この年からステージで出場歌手が応援する演出が再び増加します。直後の山川豊「酒場のろくでなし」は完全なる寸劇スタイル、歌い終わってすぐでしたが鳥羽さんもそこに漁師姿で参加。南こうせつ「うちのお父さん」にも参加、こうせつさんの真後ろで鳴り物を鳴らしていました。衣装は前半が白スーツ、後半は赤紫のタキシードです。

第49回(1998年)「龍神」

作詞:新本創子 作曲:杉本真人
前歌手:TUBE、中村美律子
後歌手:西田ひかる、山川 豊
曲紹介:中居正広(白組司会)

 3年連続で白組4番手のステージです。この年は日本レコード大賞の最優秀歌唱賞受賞、赤坂から移動後の出演でした。そのため20時に始まるオープニングは不参加です(少なくとも姿は確認できませんでした)。

 1998年は横浜ベイスターズ日本一・松坂大輔選手擁する横浜高校の高校野球春夏連覇など横浜のスポーツが大いに盛り上がった年でしたが、そこの中華街から大きな龍の応援が入ります。横浜華僑青年会龍獅團の協力で、DA PUMP武田鉄矢などの白組出場歌手が終始龍を持ちながらステージをグルグル回る演出でした。

 曲に合わせて龍が描かれた黒い衣装で熱唱。まだこの当時の演歌は原則2コーラスのはずですが、間奏無しの1コーラス半に短縮されました。一応レコ大の最優秀歌唱賞受賞曲ですが、これについては全く考慮されていない様子です。

 その後はNHKホールに残り、20時45分過ぎには山本譲二のステージの後ろで大きな纏を掲げていました。橋幸夫「いつでも夢を」にも参加、美川憲一の曲紹介では兄弟が揃っている姿も見られます。あとはこの時期辺りから、「蛍の光」は後列に回ってほとんど映らなくなることが多くなりました。

 

第50回(1999年)「足摺岬」

作詞:星野哲郎 作曲:岡 千秋
前歌手:Something ELse、茂森あゆみ・速水けんたろう
後歌手:MAX、GLAY
曲紹介:中村勘九郎(白組司会)

 この年は白組3番手。オープニングには参加していますが、その後のステージ応援は当然不参加です。対戦相手はまさかの「だんご3兄弟」、周辺の出場歌手のラインナップを見ても浮きに浮きまくっている曲順でした。曲前に勘九郎さんと親交のある立川談志師匠が激励に登場しますが、鳥羽さんのステージとは全く関係ありません。

 「だんご3兄弟」に少しでも対抗するということで?演出は派手です。とんねるずの2人を除く野猿のメンバーが大漁旗を振り、弟の山川豊がどでかい鯨の神輿に乗りながら応援しています。間奏で勘九郎さんのナレーション、鳥羽さんの地元である相差天王くじら神輿のみなさん・浜島町 伊勢えび男みこしのみなさんがテロップでも紹介されます。伊勢海老の神輿に乗っていたのはDA PUMPISSAで、他のメンバー3人も地元の方々と一緒にステージを盛り上げます。衣装は白に紺地の入ったタキシード、前年とは違ってじっくり2コーラスの歌唱でした。

 全員合唱「21世紀の君たちへ~A Song for children~」にも参加しますが、あまり目立つ場面はありません。横で一緒に歌うのも中村美律子原田悠里といった具合です。あとは宝塚と歌舞伎をテーマにしたショーコーナーで連獅子姿を披露しますが、メイクが非常に濃いため本人かどうか全く分からない状況でした(そのため歌手名テロップが用意されています)。

 大トリは北島三郎「まつり」、大漁旗を振り回してます。ラストは吉幾三とともにステージ真ん中に登場、旗で隠す形になったのでサブちゃんに歌いながら「邪魔だ!」とツッコまれていました。

第51回(2000年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:西城秀樹、Every Little Thing
後歌手:原田悠里、(ライオンキング)、モーニング娘。
曲紹介:和泉元彌(白組司会)

 オープニングに登場後、まずは第48回に続いて山川豊の寸劇ステージに出演。黒いジャンパーを着た漁師姿で、TOKIOの面々を従えています。

 ステージ衣装もこの年は黒いジャンパーですが、さすがに応援の時とは若干良い生地を使っている様子。山川豊が登場するのは8年前と同様ですが、この年は有名なファミリーが応援に来てくれた、とのこと。

(♪例のBGMで登場)「シュワッチ!」
「…(しばしの間)ウルトラファミリーの皆さん、ありがとうございます!」(拍手)「さあ、それでは歌って頂きましょう!」

 ウルトラマン・ウルトラマンタロウ・ウルトラの父・ウルトラの母とご丁寧に1キャラずつテロップは振られていましたが、出番はたったこれだけ。会場は拍手、というよりそれ以外にリアクションを取れない状況です。そんな中で始まる「兄弟船」は、なぜかバク転の演舞から始まります。漁師っぽいダンサーが大漁旗を振ったり岸壁を作ったりしていますが、アクロバティックな振付は曲の雰囲気を逆に台無しにしていました。流石組っぽい雰囲気ですが、振付・踊りのテロップがないので細かくは分かりません。

 歌以外は全員合唱「上を向いて歩こう」山本譲二香西かおりなどと一緒に歌いますがカメラの固定ショットは無く、雑な扱いです。確かに実際のヒット状況と比べて演歌歌手が多かった傾向は当時否めなかったですが、それにしても…と言った部分はやはりあります。後半は前川清「長崎は今日も雨だった」に参加、クール・ファイブの代わりに?吉幾三細川たかしなどとコーラスを担当しました。民謡を歌い合うショーコーナーにも出演していますが、こちらもやはり目立った場面はありません。

 

第52回(2001年)「志摩半島」

作詞:里村龍一 作曲:美樹克彦
前歌手:山本譲二、八代亜紀
後歌手:
Every Little Thing、TOKIO
曲紹介:阿部 渉(白組司会)

 この年は1コーナーだけ13年ぶりに歌手席が復活、多くの出場歌手が後ろで見守る中のステージになりました。阿部アナがRe:Japanで出場した松本人志に応援メッセージを求めます。「頑張れ、我らのアニキー!」直後何とも言えない表情を浮かべ、後ろにいた藤井隆に慰められていました。

 そんなやり取りをよそに阿部アナが曲紹介&演奏開始、北島三郎が歌手席からステージにエスコートします。この年全歌手が用意する形になった本人の歌前メッセージは「この瞬間、世界中の海で海の男が働いてます。頑張ってください!」。それは本人の活動にまさしく即した素晴らしい内容でした。

 6m近くはあると思われる非常に大きな大漁旗が、ステージ後ろに掲げられます。それ以外でも大漁旗を振る面々が数名。それらは全て志摩半島から贈られた物のようです。昭和の歌手席は原則相手側のステージではノーリアクションでしたが、この時は紅組側も一緒に応援、気がつけば最後の方は後ろにいる歌手全員が船を漕ぐ動きをしていました。

 作曲の美樹克彦は第18回(1967年)に「花はおそかった」で歌手として出場していますが、作曲家転向後は小林幸子「もしかして」以来17年ぶりに紅白で歌われる形になっています。

 その後は加山雄三「旅人よ」のステージに参加、ギターを弾く姿が見られます。山川豊と同じ立ち位置で、またまた兄弟共演でした。ザ・ドリフターズ主導の少年少女聖歌隊にも一応参加していますが、やはりこちらでも目立った場面はありません。

第53回(2002年)「海よ海よ」

作詞:阿木燿子 作曲:宇崎竜童
前歌手:Gackt、長山洋子
後歌手:小柳ゆき、BEGIN
曲紹介:阿部 渉(白組司会)

 「海よ海よ」は宇崎竜童が提供した楽曲、宇崎さんは竜童組の第38回以来15年ぶりの紅白出演でした。演奏は宇崎竜童バンド、そこにはダウン・タウン・ブギウギ・バンドのギタリスト、新井武士の姿もあります。冒頭のトランペットは桑野信義の演奏、こちらはRATS&STARの第47回以来6年ぶりの紅白です。

 ギターは先述の宇崎さん、新井さんだけでなく鳥羽さん自身も演奏、スリーギターの生音体制です。ボーカルは宇崎さんも担当でツインボーカル、20回出場した鳥羽さんの紅白歌合戦では間違いなく最も異色かつ出色のステージになりました。ものすごく惚れ惚れするようなカッコ良いステージですが、ヒットはあまりしていません。その後の全曲集でも収録される機会は少なく、いまだにサブスク解禁されていないのはとにかく残念の一語に尽きます。

 ステージ衣装は黒ジャンパー、その後は白いスーツでした。一応紅白リングショーにも参加はしていますが、これまた全く指名されずという状況でした。

 

第54回(2003年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:松浦亜弥、布施 明
後歌手:神野美伽、堀内孝雄
曲紹介:阿部 渉
(白組司会)

 前半の中盤、4曲連続ステージのトップバッターとして登場。ライフワークの海難遺児チャリティーコンサートが、この年74回目を迎えたことが曲紹介に織り込まれます。

 この年は漁師姿ではなく白スーツ、シャツのボタンを開けているのがアクセントになっています。TOKIOの5人が大漁旗を振るパフォーマンス、旗とハッピがそれぞれに用意されていました。

 以上です。この年も他で目立つ場面はなく、概ね前年と同様でした。エンディングも2列目以降で、ステージ上にいるカメラマンがようやく捉えるという形がすっかり定番化します。

第55回(2004年)「大阪湾」

作詞:もず唱平 作曲:船村 徹
前歌手:藤あや子、長山洋子
後歌手:細川たかし、松平 健
曲紹介:阿部 渉(白組司会)

 紅白での扱いは悪くなる一方ですが、この年は第46回以来久々に後半での歌唱となりました。藤あや子長山洋子→鳥羽さん→細川たかしと紅紅白白の曲順、そのため公式的には対戦相手無しという扱いです。歌う前に前半に設けられた川中美幸「おもろい女」のステージに出演、昭和初期をイメージしたような寸劇に参加します。水平に構えたギターを弾きながら歌う姿は、間違いなく田端義夫をモデルにしたスタイルです。ちなみに田端さんは当時85歳、まだ現役の歌手として元気に歌っていた頃でした。前半では他に、「上を向いて歩こう」の全員合唱にも参加しています。

 本番のステージはやはり漁師スタイル。氷川きよし氣志團の面々が演舞担当、山本譲二堀内孝雄が大きな大漁旗を振り回します。青緑のスーツ姿、白いワイシャツは襟を立ててネクタイの首の部分を出すスタイルでした。

 大阪湾は漁業のイメージが正直個人的に全く思い浮かばず、聴いていて違和感がありましたが、実際に調べると意外に瀬戸内海でも好漁場でイワシなどがよく採れるそうです。大阪府の岬町には歌碑も設立されています。

 なお作曲の船村徹は、この曲が新曲として紅白に送り込む最後の曲となりました。初歌唱が第7回(1956年)の春日八郎「別れの一本杉」なので、約50年にわたって紅白で新しい曲が歌われる形になっています。これを超えるスパンは、第8回藤島桓夫「お月さん今晩わ」~第59回北山たけし「希望の詩」の遠藤実のみとなっています。

 

第56回(2005年)「海の匂いのお母さん」

作詞:田村和男 作曲:船村 徹
前歌手:島谷ひとみ平原綾香
後歌手:香西かおり、スキマスイッチ

曲紹介:みのもんた(総合司会)、山本耕史(白組司会)

 北山たけしが「男の出船」で紅白初出場、前半2番手で歌います。白組演歌歌手総出での応援、普段周りの人が身につける漁師のハッピを鳥羽さん本人が着るという案外珍しい光景が発生しました。歌い終わり、鳥羽さんが右肩を抱えて山川さんが握手、兄弟で初出場を祝福する名シーンがあります。

 兄弟揃って歌う場面はこれ以前の紅白でもありましたが、本番のステージで共演するのは初めてです。1990年代に2組の歌手が1ステージで、というのは考えられないことだったので(昭和30年代にはいくつか事例あり)、その点では演出の自由度が上がったことを示すシーンでもありました。舞台下手側から弟の山川さん、上手側から兄の鳥羽さんが登場、船上で撮影された海女姿の母親とスリーショットの写真をバックに2コーラス情感込めて歌います。弟の山川さんに”兄貴とふたり”と歌いながら顔を向けられ、思わず笑ってしまうシーンもありました。

 後半は「世界に一つだけの花」全員合唱に参加、そこでも弟の山川さんと隣同士の立ち位置でした。ただひな壇上段後方なので、やはり映るシーンは少なめです。

第57回(2006年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:w-inds.、BoA
後歌手:長山洋子、SEAMO

曲紹介:中居正広(白組司会)

 吉幾三山本譲二など少しずつ白組演歌の出場歌手が減っていき、前年共演した山川豊もこの年は落選。何とかこの年は出場を果たしましたがまさかの白組2番手、対戦相手も全くジャンルが違うBoAでした。

 6年前に登場したウルトラマン一派が今回は最初から登場。ウルトラマン・タロウ・セブン・エース・ジャック・メビウス・ゾフィーと7兄弟が勢揃いしています。というわけで以下、シュールなやり取りを全掲載。

中居「今夜のステージを、いかがでしょうか?」
ウルトラ「シュワッチ!」
中居「…(左手でちょっと待ってのポーズ)今なんておっしゃいました?」
ウエンツ瑛士(WaT)「鳥羽さんの男気には惹かれるものがある、と言っています」

ウルトラ「シュワッチ!」
中居「また言いましたね。今なんておっしゃいました?」
小池徹平(WaT)「鳥羽さんの歌には家族を想う愛がある、と言っています」
中居「あ、そうですか。僕にはちょっと分からないですけども。では鳥羽さんからちょっと一言、言って頂けますか?」
鳥羽「(うつむきがちに)…シュワッチ」
中居「今なんておっしゃいました?」
ウエンツ「共に頑張ろうと言っていました今」

ウルトラ全員「(全員でそれぞれ掛け声)!」
ウエンツ「やってやろう、やってやろうと」小池「よし、よし、頑張るぞ、と」

 例の通り大漁旗×法被の応援、この年はゴスペラーズの5人が大漁旗パフォーマンスを担当。1番を歌っている間になぜかウルトラ兄弟もステージに参加、ジャックがカメラに向かってノリノリでポーズを決めています。2番以降は白組側袖にいた他の出場歌手も舞台上に移動、全員で応援するステージになりました。DJ OZMAがウルトラマンに負けじと?カメラ目線を決めています。

 この年はゲスト審査員で出演した阿木燿子の同伴として、4年前に共演した夫の宇崎竜童が客席に座っています。後半始まったくらいのタイミングでここまでの感想を求められます。「すごく楽しませて頂いておりますが、ただ前半の…鳥羽一郎さんとウルトラマンの映像が、頭にこびりついて…。今日は夢を見そうです」とコメント、場内なかなかの受け具合です。

 ちなみにこの年は『ウルトラマンメビウス』シリーズがテレビ放送、映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』が公開。ただ主題歌を歌ったのは鳥羽さんではなくKIYOSHI名義の氷川きよしでした。

 

第58回(2007年)「兄弟船」

作詞:星野哲郎 作曲:船村 徹
前歌手:モーニング娘。他、美川憲一
後歌手:川中美幸、w-inds.

曲紹介:笑福亭鶴瓶(白組司会)

 前年同様白組2番手ですが、直前のステージは美川憲一の「さそり座の女」パラパラバージョンです。美川さんとIKKOと真島茂樹の「どんだけ~」からすぐに演奏開始、あまりにインパクトが強過ぎるのでついていけない視聴者続出だったのではないかと思われます。

 ジャンパーを着た漁師姿の鳥羽さんは何とも言えない表情を最初に浮かべていましたが、すぐに切り替えて熱唱モード。この年は最初から、白組だけでなく紅組歌手もバックで手拍子する演出でした。大漁旗は今回最低限といった所で5人が点在、南流石振付のダンサーには流石組大漁隊というネーミングがつけられています。前年のDJ OZMAに対抗して?、この年は平原綾香がカメラ目線を決めています。ラストは頭に巻いたタオル鉢巻を取っての挨拶でした。

 この年は司会者のやり取り中心でステージ以外に目立つ場面は他の歌手でも少なめですが、鶴瓶師匠が楽屋訪問した際にくつろいでいる姿が少しだけ映っています。「吾亦紅」で歌手として初出場のすぎもとまさとと談笑、紅白では「北の鴎唄」「龍神」を提供して頂いた関係でした。

おわりに

 20回分、非常に長い文章になりましたが、意外に個性的なステージや応援も多いことがよく分かるのではないかと思われます。ただ盛り上げ役としてそこそこ目立っていた1993年以前と比べて、1990年代末期以降はステージ以外で徐々に目立つ場面が少なくなり、冷遇されている印象があったのはやや気の毒な部分もありました。

 「兄弟船」は個人的に演歌の中でトップクラスに大好きな楽曲で、カラオケの十八番の一つです。「千本桜」の後に選曲して大きなウケを頂いたこともあります。鳥羽さん以降に海を強く感じさせる場面は2013年の『あまちゃん』があるくらいで、演歌でも似たような路線の歌手は現在もほぼいないような気がします。CD売上的にはともかく、歌手としてはやはり20回紅白歌合戦に出場する価値のある存在であったことは間違いありません。デビュー40周年・70代を迎える今年もバリバリの現役で、武田鉄矢作詞の新曲も1月にリリースされました。海を歌う第一人者として、今後の活躍にも期待したいです。

コメント

  1. 鳥羽一郎さんの記事見応えがありました。ありがとうございます! カサブランカグッバイや、志摩半島はカラオケでたまに歌いますが紅白の印象が強いからだと思います。鳥羽さんの歌で密かに好きなのは、『紀州街道』ですね。

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