芦野 宏(9年連続9回目/第6回/東芝/39)
「パパと踊ろう」
 Spotify

 白組のシャンソンの担い手と言えば芦野宏。今回歌うのは、1956年にアンドレ・クラヴォーが歌ってヒットした楽曲。軽快なワルツに乗って、間奏で客席から登場するのは子どもの格好をした谷啓。そのまま芦野さんと手を繋いでワルツをコミカルに踊ります。ターンでバランスを崩して靴が脱げてしまいますが、意図したものなのかハプニングなのかは微妙なところ。(2分1秒)
(解説)
 タイトルは「パパと踊ろう」とありますが、基本的には「パパと踊ろうよ」の邦題で通っていることが多いようです。Spotifyで収録されているアルバムでは演奏時間1分41秒で、紅白の方が長いという珍しいパターン。

 

倍賞千恵子(初出場/第14回/キング/22)
「下町の太陽」

 「下町のチャンピオン」という紹介のもと登場する倍賞千恵子は、大変麗しい着物姿。吉永小百合もそうですが、まさしく日本女性の美を体現しているかのようです。ルックスもそうですが、彼女の場合声の出し方も大変素晴らしいですね。女優としてだけでなく、歌手としても今後長く第一線で活躍できそうな、そんな予感も感じさせる歌声でした。(2分00秒)
(解説)
 「下町の太陽」は1962年9月に発売されたデビュー曲。これが1963年4月に映画化されて楽曲もロングセラーを記録します。当時非常に多かった歌謡曲の映画化作品の一つ。監督は、当時まだ2作品目であった山田洋次。そして倍賞さんはこの映画が初主演作。以降『男はつらいよ』のさくら役を筆頭に山田監督の常連になることを考えると、紅白・歌謡曲だけでなく日本映画の歴史においても極めて重要な出来事と言って良さそうです。
 女優としての活躍中心ですが、歌手としても長く活躍したのは上にも書いた通り。21世紀ですと、『ハウルの動く城』の「世界の約束」が著名でしょうか。2004年公開、ただその年の第55回紅白では一ミリも触れられなかったですが…。

 

舟木一夫(初出場/第14回/コロムビア/19)
「高校三年生」
 Spotify

 ひときわ大きい歓声が登場時にあがります。「高校三年生」だけでなく「修学旅行」「学生時代」も大ヒット、1963年の顔と言って差し支えないでしょうか。高校三年生、ということで彼のトレードマークである詰襟学生服の衣装で登場。2コーラス、もうヒット曲を超えて国民愛唱歌くらいの勢いです。レコード大賞の新人賞、また丘灯至夫の作詞賞も曲紹介で触れられていました。(1分57秒)
(解説)
 1963年は他の年と比べても後世にまで残る名曲が大変多いですが、この辺りの時間帯からしばらくは所謂「目玉の時間帯」と言って良いかもしれません。もっとも当時の紅白は歌手の出演時間に合わせて見るスタイルより、9時から一気に見るという形が主流。まだ1世帯に1台ほどの普及率、家族1人1台になるのはまだまだ先の話。
 「高校三年生」は1990年代前半に起こった60年代ブームによってリバイバルヒットします。1992年、第43回紅白では舟木一夫、梓みちよ、伊東ゆかりと第14回初出場歌手のカムバックが相次ぎました。

 

三沢あけみ(初出場/第14回/ビクター/18)
「島のブルース」

 「奄美恋しや」「永良部百合の花」「島育ち」と続く、この年ならではの南国歌謡ラストを飾るのは「島のブルース」。言うまでもなく奄美大島を題材にした楽曲で、間奏では奄美の踊りも少し取り入れてます。(1分44秒)
(解説)
 この曲は本来和田弘とマヒナスターズとのデュエット曲。当時の紅白で男女が一緒に歌うステージは完全に発想の外で、マヒナかその相手役のソロ歌唱になるのが常でした。具体的には既にマヒナの項で触れているので、ここでは省きます。
 三沢あけみは現在まで演歌歌手のイメージですが、デビューは女優として。歌手としては1963年「ふられ上手にほれ上手」がデビュー曲、ただ色気がありすぎるという理由で放送禁止になったそうです。

 

・電波局からの応援

 宇宙服を着た柳家金語楼が、アンテナのようなものを頭につけてクルクル回りながら登場します。自らの頭を指しながら、「わたくしは、テルスターでございます」。奇妙な動きで紅組側から白組側に移動します。どうやら白組応援のようですね。またまた紅組司会の江利チエミが嘆きます。
 白組司会の宮田輝にエールを贈ったところで、紅組の電波局長・黒柳徹子が紅組側に登場。彼女によると、あのテルスターは活きが良くて反射も良くて新しく、おそらく鮮明に画面が映るだろうとのこと。
 この電波局から強烈な電波を発して、テルスターを軌道から外すパフォーマンス。ボタンを押して2kwの電波を出します。「自家発電でいってんだから」と呟くテルスターですが、電波によって少しずつ紅組側に引き寄せられます。奇妙な顔と動きに会場の客は大笑い。電波を切ると、再び白組側に戻りますが、7kwの電波を出すことで更に引き寄せられます。電波局長の前に近づいたところで一旦電波を切りますが、更に13kw出します。相当近づいたところで電波を切りますが、「切ってみた途端にあなたが好きになっちゃったから」と思いっきり抱きつこうとします。電波局長の悲鳴とともにスパーク。というわけで紅組側に行こうとしますが、宮田輝が呼びかけて本来の任務を思い出したようで白組側に駆けていきます。「ピーパポーピーパポー」とチエミさんが呼び戻そうとしますが、時既に遅しでした。
というわけで金語楼師匠の締めの一言、「スベらずに最後まで持たせる辛さ!」約3分、明治時代から芸歴50年以上を重ねる喜劇俳優でも、紅白の応援は大変骨が折れる仕事のようです。
(解説)
 1901年生まれの柳家金語楼さんですが、デビューはなんと1907年。天才落語家と謳われたようですが1942年に噺家廃業。以降は喜劇俳優として活躍。NHKでは1953年放送開始のテレビ番組『ジェスチャー』白組キャプテンでお馴染みの存在。紅白の応援は前年第13回から第16回まで出演。頭頂部の髪の薄さがトレードマーク。
 黒柳徹子さんはもはや説明不要の存在だと思いますが、1933年生まれなので当時30歳。既に第9回で紅組司会を経験、NHKラジオ『ヤン坊ニン坊トン坊』の里見京子、横山道代とともに初めて紅白に応援ゲスト出演したのは第6回、1955年のこと。ちなみに一番最近紅白に携わったのは第71回、2020年のゲスト審査員。つまり65年にわたって紅白歌合戦に携わっているわけです。恐ろしい話です。ちなみに黒柳徹子がセクハラされてる場面は、画面で紹介される限りだとこのシーンか『徹子の部屋』の森繁久彌くらいでしょうか…。
 なお、初めて海外との衛星中継が行われたのは1963年11月23日。アメリカのジョン・F・ケネディ大統領のテキサス遊説が、暗殺事件になった時のことです。

 

坂本 九(3年連続3回目/第12回/東芝/22)
「見あげてごらん夜の星を」
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 終始目を閉じながら歌うステージは、後半感極まって涙声になるほどの圧巻の歌唱でした。途中セットの五輪の一つがオーバーラップする映像演出あり。アウトロもレコードと比べて相当アレンジされた紅白オリジナル。三橋美智也・三波春夫が主に務めている白組トリも、いつかはこういった曲が主流になっていくのかもしれないですね。(2分27秒)
(解説)
 「見上げてごらん夜の星を」、テロップでは「見”あ”げて」と表記されていました。
 おそらくこの紅白、もしくは坂本九の過去映像の中でもトップクラスに振り返られる機会が多いステージ。特別歌番組が好きでない人でも、目にしたことのある人は多いかもしれません。第54回で平井堅がこの曲をカバーした時は生前の坂本九とデュエットという演出でしたが、使用された映像はまさしくこの時のものでした。第67回、ゆずが「見上げてごらん夜の星を~ぼくらのうた」歌唱前の紹介VTRでも登場しています。その他第20回で本人による2回目、第43回でデューク・エイセスも歌っています。日航機墜落事故がなければ、おそらく1990年代~2000年代の紅白で複数回本人の歌唱で出場していたのではないかと思われますが…。
 ちなみに目をつぶっての熱唱は、実際のところ楽屋で用意していた衣装が全て盗まれて、仕方なく自宅から持ってきて歌う羽目になって、ガッカリして悲しかったことが理由ということ。
 この年、「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」として日本人初のビルボードチャート1位を獲得しますが、まだ曲紹介で海外云々の文面はありませんでした。ヒットチャートがまだまだ国民の間で関心事ではない時代、もしかするとその凄さが正確に伝わっていなかったのかもしれません。

 

梓みちよ(初出場/第14回/キング/20)
「こんにちは赤ちゃん」
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 レコードの発売は11月ですが、この曲は何と言っても『夢であいましょう』の7月における「今月のうた」。「上を向いて歩こう」「遠くへ行きたい」という国民的名曲が既に生まれていますが、この曲も完全にその一つに仲間入り。その証拠に、レコード大賞まで受賞しています。元々短いというのもありますが、初出場にしてフルコーラス歌唱なのがそれを象徴していますね。ステージとレコードの演奏時間がほとんど変化ありません。(2分21秒)
(解説)
 「こんにちは赤ちゃん」は第20回、第43回と計3回紅白で歌われています。第20回は1番少しカット、第43回は歌詞を間違えてるので完全版となるとやはりこの第14回でしょうか。つくづく映像を残しといて良かったと痛感するところですが。
 この曲は翌年すぐセンバツの行進曲となり、5月には天皇陛下の前で歌を披露するという日本芸能界始まって以来の快挙を成し遂げます。第43回の再出場は先述した60年代ブームもありますが、この年に作曲した中村八大が亡くなったことも大きな理由。ステージ終了直後に永六輔が登場しますが、第43回では歌前の曲紹介という形でゲスト出演していました。

 

・こんにちは赤ちゃんの余興

 渥美清が赤ちゃんの姿で登場。乳母車を引くのは、「こんにちは赤ちゃん」を作詞した永六輔。「こんにちは赤さん あなたの負けよ こんにちは白さん あなたの勝ちよ」と渥美清が歌ってるので、どうやら梓みちよではなく白組を応援しているようです。わざわざ泣いている赤ちゃんを形どったイラストつきで、服に「こんばんは紅ちゃん アナタの負けよ」と書かれたプラカードまで用意しています。
 大好きな白組のおじさんたちの応援、女性軍に対しては「紅のおばさんたち調子はどうかね」といった具合。一方永さんは笑いを堪えきれないという様子。一言感想。「こんばんは、永六輔です。中村八大とこんなに渥美くんがうまく歌うんだったら、ママのところパパにしときゃ良かった」とちょっと言わされた感じがアリアリの台詞。白組応援ですが、最後は紅組側に引っ込んで「チエミちゃんご苦労さまです頑張って」と握手した右手にキス。思いがけない渥美さんの行動に、チエミさんちょっとびっくりしてます。
(解説)
 どの時代の紅白でも何かしらの現象に席巻されているものです。この年は何と言っても『夢であいましょう』でしょうか。NHKのみならず日本で最も人気のあったバラエティ番組で、この回の出場歌手だと坂本九、梓みちよ、ジェリー藤尾、坂本スミ子、田辺靖雄、デューク・エイセスなどがレギュラー。今月のうたを歌ったことある人だと他に弘田三枝子、朝丘雪路、ザ・ピーナッツ、ペギー葉山…。1963年より後だと北島三郎「帰ろかな」、九重佑三子「ウエディングドレス」「抱きしめて」も番組から生まれた大ヒット曲ですね。ジャニーズも、この番組が芸能界デビュー作となっています。
 応援ゲストでも黒柳徹子、三木のり平、ここで登場する渥美清もレギュラー。特に渥美さんは1960年代の紅白は毎年のように登場する常連ゲストでした。紅白で登場しなかったのは、ホスト役の中嶋弘子くらいでしょうか。
 永六輔と中村八大は六八コンビとしておおいに活躍。『夢であいましょう』の今月のうたは全てこのコンビでの作品ですが、一番初期のタッグは水原弘「黒い花びら」。これが第1回日本レコード大賞受賞曲となると同時に、日本歌謡史にとって非常に大きなターニングポイントとなったわけです。