昨日5月16日は、西城秀樹さんの命日でした。それが報道されたのはちょうど3年前の17日のお昼頃。脳梗塞でかなり前から活動をセーブした状況ではありましたが、それでもこの報道はあまりに突然。今でも信じられないという気持ちは、正直言ってあります。

 さて、ヒデキさんの記事はTwitterきっかけに、ファンの方を中心としたアクセスを毎回相当頂いております。というわけで今回は、彼が紅白で初めてやったことをまとめて特集する記事を作りました。近年の紅白だとPerfume辺りで最新技術を導入するステージが目立ちますが、昭和50年代はヒデキがその役割を果たしていたことが多いです。

 

・第25回(1974年)「傷だらけのローラ」

 まず題材とした名言は初出場の曲紹介。ステージの詳しい内容については先日本編レビューで書きましたので、ここでは省略します。

 自身の出場そのものも初めてですが、紅白初の演出としては歌い出しで顔を隠すマスクをするかぶっていた帽子を脱ぎ捨てるドライアイス演出の導入が演出として挙げられます。ドライアイスに関しては、紅白のみならず日本のテレビ史上という単位で初の試みでした。バットマンみたいなマスクをした例も他にないと思いますが、帽子を脱ぎ捨てる演出はもしかすると確認できていない範囲でそれ以前にあったかもしれません。

 

・第26回(1975年)「白い教会」

 聖歌をイメージした演出が大変ダイナミックなステージでした。スクールメイツが蝋燭をイメージしたライトを持ちながら踊っていますが、これはおそらく紅白初のペンライト演出ではないかと思います。

 

・第27回(1976年)「若き獅子たち」

 2回目のサビの繰り返しで、アクションに合わせて紙テープが降ってくる演出が導入されました。これは1960年代に、優勝した瞬間を祝う演出として既に取り入れられていますが、ステージでは初めてです。
 ラストサビでは演奏テンポが一気に速くなります。これも当時の紅白ではあまり見られなかった演出ですが、第17回(1966年)の坂本九「レッツ・キッス」の事例があるので初めてではありません。
 また応援合戦では、北島三郎さんとともにはしご乗りに挑戦しました。これもまた、紅白歌手がはしご乗りに挑戦した初めてのケースです。もっともこの演出、既に20年近く紅白ではご無沙汰になっていますが…。

 

・第28回(1977年)「ボタンを外せ」

 2番サビのラストで紙テープが噴射されて降ってくる演出。現在ライブで超定番と言っても良いこの演出は、紅白だとこのステージが初導入でした。もっとも今みたいにステージに向かってではなく、真上に放射して下から降ってくるという点の違いはあります。その際白い煙の噴出もありました。
 スタッフがホースで放射していた3年前のドライアイスもそうですが、定着前に試行錯誤している段階で取り入れたという点でも後世から見て大変価値のある映像です。

 

・第29回(1978年)「ブルースカイブルー」

 舞台正面ではなく横からドライアイスをステージ全体に入れる初のステージになりました。雪をテーマにした楽曲、特に演歌で紅白でも現在までよく用いられる演出ですが、その最初は1978年のヒデキです。ここでは雲の上を飛ぶ飛行機をイメージした内容で、第51回(2000年)で再度歌われた際にも取り入れられています。

 

・第30回(1979年)「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」

 歌唱中にセットが動いた初めてのステージになります。詳しくは名言集で既に記事にしているので、そちらを参照してください。YMCAで白組出場歌手全員が踊るシーンも印象的でしたが、これは一応第28回(1977年)沢田研二「勝手にしやがれ」サビで両腕を上げるシーンの前例があるので、初ではありません。

 

・第32回(1981年)「ジプシー」

 第23回(1972年)までの東京宝塚劇場では客席で歌うシーンもありましたが、NHKホールでの紅白で客席からステージに向かって走る登場はこの時が初めてです。同時に、客席後方ドアのドライアイス噴出も初でした。なお客席での歌唱は7年後の近藤真彦「あぁ、グッと」がNHKホール初となります。

 

・第45回(1994年)「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」

 10年ぶりに紅白再登場となったこのステージ、ロープに捕まって天井から登場するのはこの時が初でした。3年後にT.M.Revolutionが「WHITE BREATH」を歌った時に同じような形で登場するシーンがありましたが、もしかするとこのステージにインスパイアされた演出なのかもしれません。なお西川さんは、第49回(1998年)「傷だらけのローラ」を歌った時の曲紹介で登場しています。ちなみにロープではなく乗り物で天井から降りてくる演出は、第33回(1982年)や第34回(1983年)で既に導入されています。

 

・第48回(1997年)「moment」

 「moment」はYOSHIKIさんの楽曲提供、キーボードの演奏が入ります。X JAPANのステージと全員合唱以外で彼が演奏を担当したのはこの時が初めてですね。なおこの年はX JAPANのラストステージ、東京ドームでのラストライブ終了後YOSHIKIさんはここでの出演を経て、更に「Forever Love」のステージというスケジュールでした。正直今考えると、楽曲提供したとは言えよくこのタイミングで出演OKしてくれたなぁとも思います。

 また、加山雄三さんのステージでシャ乱Qまことさんと一緒に叩きます。ソロ歌手で、ステージでドラム演奏を披露したのはこれが唯一です。

 

・第50回(1999年)「バイラモス」

 宝塚歌劇団との共演が大変印象的なステージでしたが、これは第46回(1995年)の谷村新司「君がそばにいる」の例があるので初ではありません。この観点で取り上げるとしたらポケットモンスターのキャラクターが登場したことでしょうか。ポケモンの紅白初出場だったわけですが、よくよく考えると、NHK・公的イベント・特撮以外のキャラクターが曲紹介に登場した初めての例だったように思います。ただし曲紹介に限定しなければ、ショーコーナーでドラえもんやクレヨンしんちゃんが登場した例もあります。

 あとは合間の歌舞伎をテーマにしたショーコーナーで、「ヒデキ、カンゲキ!」というセリフが入りました。バーモントカレーのCMで広く知られたセリフですが、紅白ではこの時が初出です。2年後にも後述の曲紹介で登場した際の台本に流用されました。

 

・第52回(2001年)「Jasmine」

 結果的に最後の出場となった2001年紅白、「Jasmine」は河村隆一さんの楽曲提供でした。この年は河村さんのステージをヒデキが曲紹介、自身のステージでは河村さんがピアノ演奏。お互いがステージで応援・共演し合うというのは全員参加系を除くとこれが初めてではないかと思います。少なくとも、個人的には他にあまり記憶がありません。

 

 以上です。当然全ての出場で初めての試みが取り入れられたわけではなく、沢田研二さんや郷ひろみさん辺りの方が先、という演出もあります。とは言えやはり、特に1970年代を振り返ると圧巻ですね。そして案外1990年代でも、掘り出せば色々出てくるというのが正直な実感です。