紅白歌合戦・沢田研二の軌跡~ステージ編(1972~1979)~

出場歌手の歴史

 沢田研二の紅白歌合戦を辿る企画、ステージ編に入ります。初出場から全17回、1970年代と1980年代以降に分けて書いていきます。じっくりお楽しみください。

 なお沢田さんの映像資料は比較的充実しています。NHKからは全5枚の沢田研二BEST OF NHK DVD-BOXがリリース、紅白歌合戦だけでなくビッグ・ショーやレッツゴーヤング出演映像までまとめられています。またTBSでもレコ大やベストテンに全員集合の出演分、フジテレビでは夜ヒットに出演した映像がまとめられたDVDもリリースされています。既に手元にある方も、特にファンでは多いと思われますが、もし良ければ是非こちらもご確認ください。

第23回(1972年)「許されない愛」

ステージ

作詞:山上路夫 作曲:加瀬邦彦
前歌手:橋 幸夫、都はるみ
後歌手:ちあきなおみ、五木ひろし
曲紹介:宮田 輝(白組司会)
演奏:ザ・いのうえバンド

 初出場ながらトリのステージ3つ前、対戦相手は「喝采」で日本レコード大賞を受賞したちあきなおみ。既に大衆的な人気を獲得していたとともに、ザ・タイガース時代の人気も加味された形でしょうか、曲順的な扱いはかなり良いです。東京宝塚劇場時代は初出場歌手が終盤に配置されることは珍しくありませんが、翌年以降そういったケースは非常に少なくなります。トリ3つ前以内での初出場歌手登場は、その後第38回(1987年)の谷村新司までありません。

 ただ登場前はバタバタしています。白組司会の宮田輝が喋り始めますがマイクオフ状態、直後に応援で音無美紀子松坂慶子が登場する様子が映ります。赤いタコの風船を差し入れした後に、この年の大河ドラマ『新・平家物語』で源義経役の志垣太郎が弓を射るパフォーマンス。「白組の大勝利を祈る」という垂れ幕が下がったところで、「許されない愛」が演奏開始となります。初出場に際してのやり取りがあっても良かったはずですが、おそらく時間も押していたのでしょう、曲紹介は「許されない愛、沢田研二さんです」と至ってシンプル。良くも悪くも、初出場らしい雰囲気はありません。

 紅白歌合戦の専属バンドは、長方形の台に機材や演奏者を乗せてそのまま移動というケースが多いのですが、この時は直接舞台に運んで置く形でした。また紅組歌手が下手側、白組歌手が上手側という歌う時の立ち位置も当時よく分かれていました。そのためカメラには映っていないですが、直前に中央よりかなり下手側の位置で歌った都はるみのステージから既に準備は始まっていたことが推測できます。

 光り物をふんだんに施した、銅色?のスーツで歌います。アクションをつけながら一心不乱に歌う様子は、エンターテイナーというより激情系の歌手といった方が正確でしょうか。若いということもあって、余裕のある様子ではないです。したがって、後年の紅白歌合戦のステージと比べるとやや異質な内容にも見えます。

 PYGとしてはこの年12月にラストシングル「初めての涙」が発売されますが、まだこの時点ではラストと認識されていなかったと思われます。井上堯之、岸部一徳(当時は岸部修三)、大野克夫、原田裕臣といった当時のザ・いのうえバンドのメンバーも、この年ははっきり一人ずつアップのショットが用意されていました。

応援など

 日本レコード大賞で歌唱賞・大賞候補に選ばれていたので直前までそちらに出演、衣装はその時に着ていたピンクのタキシード姿のままです。レコ大では「あの鐘を鳴らすのはあなた」で最優秀歌唱賞を受賞した和田アキ子に、感激の余り舞台に連行されるというハプニング?が発生しています。

 前年に初出場した、元ザ・スパイダースの堺正章「運がよければいいことあるさ」のステージに参加。西郷輝彦布施明菅原洋一と、左右に動いてポーズをするだけの簡単なダンスを披露しています。

 五木ひろし「待っている女」のステージも、白組初出場歌手コーラス隊の一員として参加。”ヘイヘイヘイ”と一緒に歌ってます。

第24回(1973年)「危険なふたり」

ステージ

作詞:安井かずみ 作曲:加瀬邦彦
前歌手:鶴岡雅義と東京ロマンチカ、欧陽菲菲
後歌手:佐良直美、フランク永井
曲紹介:宮田 輝(白組司会)
演奏:ザ・いのうえバンド

 白組司会の宮田輝が審査員の高橋洋子に声をかけます。この年に連続テレビ小説『北の家族』ヒロインを務めています。白組のベストワンはどなたですか?との声掛けに、「沢田研二さん」とやや恥ずかしそうな笑顔で答えていました。なお高橋さんはその後自身が書いた小説『雨が好き』のベストセラーで1981年にも審査員、沢田さんの紅白のステージを2回見る形になります。言うまでもなく、後年エヴァを歌う人ではありません(そういえばアルファベット表記を除く同姓同名の紅白出演も、過去に全くなかったような…)。

 この年のバンドセットは舞台上手側に準備、イントロ~Aメロ移動中にメンバーの乗る台が若干前に移動するシーンがあります。お笑いタレントの応援が多かったためこの年も進行が押し気味、テンポがかなり速いです。フルコーラスで1コーラス半の構成ですが、ステージで歌われたのは1コーラスのみ。ラストの繰り返しも1番の歌詞なので、原曲を聴いた後に見るとかなり違和感のある構成になっています。

 パフォーマンスや衣装は前年より確実に派手になっていて、右手に持った真っ赤なファーを振り回していました。髪の毛は前年も一応長髪でしたが、この年は白い衣装なのでそれが更に目立っています。入り込むような楽曲だった前年と比べると、歌い終わった時の表情は非常に眩しい笑顔でした。なおザ・タイガースの紅白出場を阻んだ時のNHK会長・前田義徳氏は、この年7月に会長を辞任しています。

応援など

 この年は他の出場歌手の応援などで目立つシーンはありませんでした。ただ入場行進の時の衣装は黒いジャケット、ファスナーの下の方まで開けて上半身ほぼ肌が丸見え。あまり過去の紅白歌合戦にない、というより頭の固い保守派に怒られそうな気もする非常にワイルドな服装でした。参考までに、1969年は女性歌手がステージでジーンズを履いただけで視聴者からクレームが入るような時代です。

第25回(1974年)「追憶」

ステージ

作詞:安井かずみ 作曲:加瀬邦彦
前歌手:フランク永井、由紀さおり
後歌手:ちあきなおみ、三波春夫
曲紹介:山川静夫(白組司会)
演奏:小野満とスイング・ビーバーズ(白組専属バンド)

 番組終盤、間髪無しに次々と出場する歌手が入れ替わる中でのステージです。黒で揃えた衣装、斜めに被った帽子が印象的です。

 このステージは本編レビューでも触れているので、そちらを参照してください。間奏で背中に潜ませた白い鳩を登場させる、マジックのような演出でお馴染みのステージです。ちなみにこの回と第28回は、映像で見る限り専属バンドは不参加。

応援など

 この年もステージ以外のファッションはしっかり力を入れています。黄土色のハットを被る、西部劇のような衣装で白組歌手席に座っている映像が前半~中盤で確認できます。

 橋幸夫「沓掛時次郎」での寸劇に股旅姿で参加。時代劇でこういった役を演じる機会はなかったので、非常に貴重なシーンです。「沢田のジュリ安」という役名が、本番中で紹介されていました。

第26回(1975年)「時の過ぎゆくままに」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:大野克夫
前歌手:森 進一、小柳ルミ子
後歌手:
梓みちよ、フランク永井
曲紹介:山川静夫(白組司会)
演奏:井上堯之バンド

 ステージ直前にお笑い番組『お好み演芸会』出演者と女優・吉沢京子の共演で松づくしを披露。『お好み演芸会』出演の落語家7人は番組名のテロップだけであっさり流されましたが、その中には三遊亭小遊三春風亭小朝といった後の有名どころも混じっています。進行役の柳家小三治に「似ても似つかぬ人」との紹介?で歌に入ります。その言葉に、小三治師匠は軽くフラつくリアクション。その後イントロで曲紹介しますが、これが秀逸。

 1970年代のジュリーの紅白は全て名ステージですが、その陰には山川静夫アナの曲紹介も忘れてはいけません。ただ前年の「追憶」では「ミニからロングになった…」というくだりで明らかに途中噛んでいたので、これに関しては省きました。

 上着だけでなく、ズボンまでキラキラした衣装です。舞台の電飾セットと同じように、歌うジュリーの姿もキラキラしています。アップでのショットは、フラッシュのように画面が時折チカチカする場面もありました。ただ予定では周りの照明もさらに暗くしてもっと目立つ予定だったらしく、確かに最初は電飾でなくスパンコールのように見えました。

 この年は井上堯之バンドの演奏が復活します。もっともベース・ドラムは佐々木隆典、鈴木二朗にそれぞれ交代、ギターは速水清司も加わった2人体制になっています。ベースの岸部さんは、ジュリー主演のドラマ『悪魔のようなあいつ』で俳優に転身。「時の過ぎゆくままに」は、このドラマ主題歌として大ヒットした曲です。

 井上堯之バンドとしては『悪魔のようなあいつ』だけでなく『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』『前略おふくろ様』『寺内貫太郎一家』など、当時多数のヒットドラマ音楽を手掛ける全盛期でした。また阿久悠ともこの時から深く関わるようになり、特に1977年~1979年はほぼ全てのヒット曲の作詞を担う形になっています。

応援など

 この年は自身のステージ以外で目立つ場面はありません。ずうとるびの応援でどでかい団扇を他の白組出場歌手と一緒に持つ際に、アップで映った程度です。

 終盤で映るシーンも、『蛍の光』を含めて全くありません。後ろの方で参加はしていたと思われますが、実は12月に新幹線の駅で職員に頭突きして書類送検という騒動を起こしています。この年大ヒット&TBSドラマ主題歌にも関わらずレコ大不出演だったのは、これが原因ではないかと思われます。もしかすると、エンディングで顔が見られなかったのもこれが影響していたのかもしれません。

第28回(1977年)「勝手にしやがれ」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:大野克夫
前歌手:内山田洋とクール・ファイブ、小柳ルミ子
後歌手:石川さゆり、小林 旭

曲紹介:山川静夫(白組司会)
演奏:小野満とスイング・ビーバーズ(白組専属バンド)

 前年も「ウィンクでさよなら」「コバルトの季節の中で」などを大ヒットさせていますが、5月のいわゆる”いもジュリー事件”で年末の紅白および賞レース出演を全て辞退。そのためこの年は2年ぶりの出場となりました。

 このステージはジュリーの中でも特に伝説的な名場面で、紅白名言集解説・40~ジュリーの最高峰~という形で既に詳しく記しています。紅白歌合戦の番組史全体を振り返っても間違いなく最上位クラスで、1970年代だけで言うと確実に5本の指には入る内容です。それだけ圧倒的なオーラに満ち溢れていました。

 阿久悠が逝去した2007年、第58回の紅白歌合戦では追悼コーナーが設けられましたが、映像で紹介する際に冒頭でこの時の映像が用いられています。また2年前の「時の過ぎゆくままに」も用いられていました。

応援など

 レコード大賞受賞のため、オープニングは不参加です。最初に番組内で目立ったシーンは、細川たかし「ひとり旅」のバックで他に白組歌手と一緒に、よく分からない振り付けでパフォーマンスする姿でした。

 ステージ以外では白いタキシードの正装で決めています。エンディングにもしっかり参加、大トリを担当する五木ひろしがステージに向かう際にマイクを渡す姿が確認できます。

第29回(1978年)「LOVE(抱きしめたい)」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:大野克夫
前歌手:森 進一、山口百恵
後歌手:(なし、エンディング)

曲紹介:山川静夫(白組司会)
演奏:井上堯之バンド

 こちらもいまや伝説と言っていい、当時の紅白歌合戦では異例のポップスによるトリ対決です。山口百恵が紅組トリとして歌ったのは「プレイバックPart2」ですが、この曲は「勝手にしやがれ」のアンサーソングとしての側面もあります。したがって実質的には、この年両方のトリをジュリーが占めたと言っても過言ではないのかもしれません。”Playback!”と極めてカッコ良く紅組ステージを締めくくった後、白組司会・山川静夫アナウンサーが最後の曲紹介。字数が多くてbotに登録できなかった分も併せて、全文掲載します。

「さて、白組男性軍は力いっぱい紅組女性軍と戦ってまいりました。しかし本心を言えば、女性をいたわる心・熱い心で女性を愛する気持ちは、今も昔も変わりはありません。
 さあ、全国の女性の皆さん、ジュリーの歌に抱かれてください。「LOVE(抱きしめたい)」。昭和53年の歌い納めは沢田研二さんです!」

 山川静夫アナウンサーの紅白歌合戦の曲紹介は、それだけでカルタを作りたいくらい名言・迷言の宝庫ですが、名言を1つだけ選ぶとしたらこの曲紹介のくだり、「ジュリーの歌に抱かれてください」でしょうか。沢田研二の当時のスター性・人気をこれほどまで端的に表している言葉は、他にほとんどないように思います。

 イントロに乗せて、セット後方からゆっくりと歩いてステージに向かいます。中央にはマイクスタンドが用意、そこにコードマイクが設置されています。歌い出しのテロップには、沢田研二の名前の下に「演奏 井上堯之バンド」と並列表記。これは間奏が無く、そちらにカメラが向かないための措置ですが、他に例はありません。自前のバンドを持ち込んでの紅白トリは史上初ですが、その後も第60回(2009年)のDREAMS COME TRUEまで例はなく、大トリに至っては第71回(2020年)のMISIAまで40年近くかかりました。

 貴公子のような衣装でバラードを歌います。照明は星空のイメージで、ほぼ暗転に近い状態です。当時のトリの慣例として、白組歌手がお互い肩を組んで応援するシーンが見られますが、真っ暗なので顔はほとんど見えません。なお余談ですが、ジュリー本人はこの肩を組んで応援するという雰囲気はどうにも好きになれなかったようで、実際よく見直すと他の年の大トリでも彼が肩を組むシーンはあまり確認できません。

 シンプルなメロディーで聴かせる素敵な楽曲ですが、当時の歌謡曲としては1コーラスが非常に長く、フルで2コーラス+サビ繰り返しの5分15秒という構成でした。そのため大トリではありますが1コーラス+サビ繰り返し、当時も紅白でどう納めるかは苦労した可能性がありそうです。ただそれでも演奏時間は3分を少し超えるくらいの長さでした。

 1つ1つの言葉を丁寧に、そして感情豊かに歌うシーンは間違いなく感動的でした。ラストの”さよなら”を4回繰り返し、右手を高々と上げる決めポーズ。いかにも紅白トリらしいファンファーレみたいな物はありませんでしたが、だからこそ余計に様になっているようにも見えます。

 なお2022年のねとらぼ調査によるアンケートでも、歴代大トリ2位に輝いています。あくまで人気投票で、実際のステージを見ていない投票者も多いとは思われますが、40年以上経ったアンケートで2位というのは普通なら考えられないことです。それだけ現在でも強い支持を集めている証であり、ジュリーの凄さが現在にも伝わっているということではないでしょうか。

応援など

 この年に原田真二が「タイム・トラベル」で初出場。従来の歌謡曲では考えられない圧倒的な音楽性は、当時の若者に大きな人気を集めました。今でいう藤井風クラスの人気でしたが、彼の曲紹介でこんなメッセージを直接伝えています。

 その一方で、民謡歌手・原田直之や白組応援団長・西田敏行、さらには布施明野口五郎とともに民謡対決にも参加。金沢明子浅茅陽子率いる紅組勢と、「秋田音頭」の替え歌で紅勝て白勝ての応援合戦を繰り広げていました。

第30回(1979年)「カサブランカ・ダンディ」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:大野克夫
前歌手:布施 明、小柳ルミ子
後歌手:山口百恵、(応援合戦)、三波春夫

曲紹介:山川静夫(白組司会)
演奏:井上堯之バンド

 直前に連続テレビ小説『鮎のうた』出演者(山咲千里藤岡琢也夢路いとし)が登場。紅組側の応援でしたが、これを受けての曲紹介は以下の通り、前年や一昨年と同様この年も見事な内容でした。

「本当に鮎ちゃんはかわいいですね。ああいう人ならば男性もかわいがるんですけれども、ききわけのない女ならほっぺたの一つや二つ張り倒すと言ったのは私ではございません。ジュリーの「カサブランカ・ダンディ」です。ピッカピカの気障がよく似合う沢田研二さん!」

 冒頭から洋酒の瓶を高々と真上に投げ、それを口に入れて噴射するお馴染みのパフォーマンス。お馴染み井上堯之バンドもこの回はステージ後方全体を締め、彼らを乗せる台も虹色で派手になっています。メンバーの服の色も黄色や赤など、全体的にカラフル。モチーフになっているのは映画『カサブランカ』なので、衣装の麦わら帽子もそれに合わせた内容です。服装はトレンチコートではなく、白スーツにGパンという比較的ラフな格好。

 例のパフォーマンスは合計3度披露、噴射は2回でラストは飲み込むというコミカルな締め方。最初から最後までずっとサマになるカッコ良いステージでした。曲順は23組中14組目で大幅に繰り上がりましたが対戦相手は2年連続で山口百恵、直後に白組組体操(ジャージ姿)対紅組ラインダンスのパフォーマンス。当然直前のステージに出演する2名は不参加でOKなので、その意味で考えると非常に厚遇された曲順と言えます(前年トリの大スターなので何かしらの配慮はあっても全く問題ありませんが)。

応援など

 この年石野真子が複数の曲をヒットさせて紅白歌合戦に初出場しますが、あろうことか選曲されたのは「ジュリーがライバル」でした。当然白組歌手席に座るジュリーにもカメラが向けられます。ステージで歌う真子ちゃんを睨みながらも、”バンバンバン…”と一緒に口ずさむなどしっかりノリノリの様子でした。なおこの年のオープニング衣装は真っピンクのスーツで、かなり目立っています。

 応援合戦では肩を出した黒の軽装に白鉢巻を巻いた姿で、大勢の白組歌手とともに御諏訪太鼓のパフォーマンスを披露。その後は白タキシード姿に着替えて、西城秀樹「YOUNG MAN」で一緒にYMCAを踊る姿などが確認できます。

コメント

  1. コバルトの季節の中で、は岩崎宏美さんのアルバムで知りました!未歌唱なんですね!

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