・ザ・ドリフターズの応援

 太鼓の音に乗って登場します。応援ゲストの常連ですが前回不出場だったので2年ぶり。荒井注が3月に脱退、代わりに志村けんが今回初登場。ドリフは基本的に白組応援で、今回も白い道着を着て登場しますが、なぜかリーダーのいかりや長介が意によって紅組応援。真っ赤な道着に鉢巻をつけてます。「また自分だけモテようと思って~」と仲本工事が冷やかします。
 「いかりやさん、私もいますよ!」と加藤茶がセットから顔を出します。赤い道着を着てるかと思いきや、鉢巻も含めて綺麗に左右赤と白に真っ二つに分かれています。「今年からどっちつかずでいこうと思いまして」、どっちつかずは卑怯者と言うといかりやリーダーが怒りますが、当然聞く耳を持ちません。
 剣で勝負をつけるということで一人ずついかりや長介と決闘。まず最初の高木ブーの攻撃はいかりやが剣で防ぎ切ります。次は志村さんが登場。長さんが防ぐ剣と頭の間を攻撃して志村の勝ち。仲本さんは剣ではなく後ろから背中を蹴ってこれも勝ち。最後の茶さんは、いつの間にか剣を奪ってそのまま一本。完膚なきまでにいかりやを打ちのめします。
 惨敗してたまらず引っ込め!と合図するいかりや長介。他の3人は引っ込みますが、志村さんはしつこく長さんの頭を叩きます。2度叩き、3度目は前から叩いて長さんダウンで倒れます。そのまま残り3人で長さんを引きずって強制退場。

(解説)
 第18回(1967年)以降、ほぼ毎年紅白の応援に出場していたドリフはこの第25回を最後に出演しなくなります。代名詞の『8時だョ!全員集合』はすでに1969年から放送開始して既に大人気番組でした。ただ志村さんはこの年3月加入、「東村山音頭」が1976年なので人気を博すのはむしろこれから。次にザ・ドリフターズが紅白で見られるのは27年後、2001年・第52回白組歌手として初出場を果たした時でした。

 

殿さまキングス(初出場/第25回/1970/28~34)
「なみだの操」(1973/千家和也/彩木雅夫/初)
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 ドリフの応援後に、元々コミックバンドだった彼らが歌手としてステージに立つのも不思議な縁です。相川さんの実況によると、全員タキシードで歌うのはこの紅白が初めてなのだそうです。リードボーカルを務める宮路おさむが、相当貯めて貯めてくどく歌っています。ですがステージに立つ緊張は歌声や顔だけでなく、マイクを持つ左手にも表れています。とても濃いステージでした。(2分13秒)

(解説)
 「なみだの操」は1974年のオリコン年間シングルランキング1位。この曲だけでなく、続く「夫婦鏡」もオリコン週間1位を獲得する大ヒットになりました。爆発的なヒットはこの2曲のみですが、人気はその後もしばらく安定して最終的には3年連続で紅白出場を果たします。

 

梓みちよ(5年ぶり8回目/第14回/1962/31)
「二人でお酒を」(1974/山上路夫/平尾昌晃/初)
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「♪こんにちは赤ちゃん、わたしがママよ…
昭和三十八年、今から十一年前赤ちゃんだったこの方も今ではすっかり大人になり、二人でお酒も飲めるようになりました。「二人でお酒を」、もちろん梓みちよさんです。」

 「二人でお酒を」が大ヒットを記録して5年ぶりに紅白カムバックした梓みちよ。1960年代は清純派のイメージでしたが、全く違った大人っぽい路線で帰ってきました。ステージで座って歌った例は第20回の坂本九もありますが、歌い手だけでなく紅組出場歌手全員が胡座をかいて歌うとなると前代未聞。見事としか言いようがないステージで、今回の紅白歌合戦の中でも忘れられない名場面になりそうです。(2分11秒)

(解説)
 梓さんは本来「こんにちは赤ちゃん」よりこの「二人でお酒を」路線の方が自分にも合っていたようで、その後も数年大人の歌謡曲が似合う歌手としてヒットを続けます。逆に「こんにちは赤ちゃん」を一時期コンサートで歌わなくなったという話もあります。
 ステージで出場歌手全員が”座りながら”歌うシーンはこれが史上初ですが、これ以降も全くありません。というより、この曲以外では存在しないと思います。

 

・三波伸介の応援

 前回白組応援団長を務めた三波伸介が太った女学生姿で客席から登場。新御三家のために大きな折り鶴を持ってきましたが、ステージに上がる際にそれを自ら踏んでしまって壊してしまいます。思いっきりボロ泣きしますが、すぐに立ち直ってお母さんから(村田)英雄ちゃんと(三橋)美智也ちゃんと(三波)春夫ちゃんによろしくとの伝言を伝えます。歌手席を見て「三郎ちゃん素敵よー縞の背広が」なんてアドリブを入れながら、壊れた折り鶴の代わりにダンスを披露しますが、ジャンプする際に着地できずズッコケてしまいます。以上。最後は山川アナにエールを贈って出番終了。

(解説)
 山川アナの著書曰く「アイデア不足」「ちょっと三波さんには気の毒」といった内容。私もそう思います。実際アドリブ以外で会場の笑いはほとんど起きませんでした。
 それはともかく、三波伸介さんは当時既に押しも押されぬ大スター。NHKでは『お笑いオンステージ』で完全にお馴染みの存在でした。放送開始された1972年の第23回(この回だけてんぷくトリオの一員として出場)から第31回まで、9年連続歌手以外の応援ゲスト・応援団長として出演するのは紅白ゲスト出演最多連続記録です(回数だけならもう1人上がいますが)。この年の4月からは『夜のヒットスタジオ』の司会も1976年3月まで担当、多くの出場歌手とも深い関係性を持つ形になっています。

 

野口五郎(3年連続3回目/第23回/1971/18)
「甘い生活」(1974/山上路夫/筒美京平/初)
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 音楽の虫という紹介で登場する野口五郎は3回目の出場、紅白のステージも板についてきました。「甘い生活」は名実とともにゴロー最大のヒット曲、じっくり聴かせる熱唱のステージ。ファンと思われる観客の歓声が非常に大きいです。ただ歌っている時にまでのべつもなく叫ばれるのは、ちょっとマナー的にどうなのかとも思いますが…。(2分41秒)

(解説)
 二枚目の男性歌手に状況構わず叫び声を上げるのはこの時期辺りから始まったことでしょうか。当時ならフォーリーブスか新御三家、今でもジャニーズ所属のグループにはこういったファンがチラホラ見受けられます。
 最終的に五郎さんは11回紅白に出場していますが、楽曲や演奏時間など色々含めて考えるとやはりこのステージが一番のベストアクトではないかと思います。叫び声が煩すぎるのが難点ではありますが…。代表曲として挙げられるのは次年の「私鉄沿線」の方が多いですが、売上は僅かにこちらの方が上回って最大セールスを記録しています。

 

南 沙織(4年連続4回目/第22回/1971/20)
「夏の感情」(1974/有馬三恵子/筒美京平/初)
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 ピンクの花をあしらった帽子が今回の衣装のポイント。艶のあるロングヘアーがシンシアの特徴ですが、今回は髪の毛にウェーブを入れています。スクールメイツ10人ほどがバックで踊る、楽曲含めて若く快活なアイドルらしいステージが展開されています。テンポも心なしか少し速いでしょうか。
 それにしても今回、出場歌手が増えた割に短すぎるステージが少ない気がします。良いことです。前回の「色づく街」なんか1コーラスポッキリで、演奏時間1分40秒くらいしかなかったですからね…。(2分20秒)

(解説)
 後輩アイドルの台頭もあって、この年は前年までと比べてややセールスが落ちます。なお楽曲提供は、次の年の「想い出通り」まで結局15枚連続で有馬三恵子・筒美京平コンビでした。
 夏と沖縄のイメージに大変合致している「夏の感情」ですが、意外にもシングルで夏をテーマにした曲はこの曲のみ。むしろ「色づく街」「人恋しくて」辺りの、切ない秋の曲に名曲が多かったりします。

 

菅原洋一(8年連続8回目/第18回/1958/41)
「ケ・サラ」(1971/岩谷時子/(外国曲)/初)

 森進一布施明北島三郎五木ひろしが曲紹介で登場します。山川アナ曰く、大変珍しい方々なのだそうです。以下やり取りを全掲。

山川「私のお隣りは、白組で一番声の大きな方でございます。ご挨拶をどうぞ」
森「白組ガンバレ」
山川「ちょっとモリなようでございましたけれども、はい。続いて一番足の長い方でございます、どうぞ」
布施「いや、本当にそういうふうに見えます?」
山川「いや、ほんの冗談ですけれども。ちょっとそこで一句できました。布施明 お尻の下は すぐかかと」(ここで布施、山川アナの頭をどつく)
山川「それからこのお隣りはですね、北島三郎さんですが鼻の穴が一番小さい方でございますね、ちょっと一声お願い致します」
北島「ヒヒーン(馬の鳴き声)」
山川「ハイセイコーより少し小さいと言っておりますけれども、はい。続いて、一番目の大きな五木ひろしさんです。お好きな歌はどんな歌でしょうか?」
五木「目ン無い千鳥。あ、でもね山川さん。僕よりもっと目の大きい方いらっしゃるんですよ」
山川「どんな方ですか?」五木「菅原洋一さん」山川「菅原洋一さん、「ケ・サラ」をどうぞ」

 宮田輝さんや高橋圭三さんでは考えられないような曲紹介で登場する菅原さん。1971年のサンレモ音楽祭で2位になった楽曲のカバーをスケール大きく歌います。指揮を担当するのは作曲家の東海林修。ステージには東京放送合唱団と、何十人単位で登場するスクールメイツの面々。前回の紅白では上條恒彦さんの「シャンテ」がステージに人だらけという状況になっていましたが、熱唱含めて限りなくそれに近いステージ。特にラストの伸ばしは聴き応え満点。(2分59秒)

(解説)
 「布施明 お尻の下は すぐかかと」はおそらく紅白史上に残る名文句。もっともそこまで布施さんの足が短かったかと言われると、そんなこともないのですが。サブちゃんの馬の鳴き声は、2年後の紅白でも披露されます。オチとして使われた「目ン無い千鳥」は1940年に発表された楽曲で、1969年大川栄策さんがカバーしてヒットさせています。ただし現在まで紅白では一度も披露されていません。
 「ケ・サラ」という楽曲が菅原さん歌唱でシングル発売されたかどうかは分かりませんが、レコーディングはされています。日本では他に越路吹雪さんや岸洋子さん、近年では元ちとせさんもカバーしています。
 指揮を担当する東海林修は、『ステージ101』音楽監督でNHKと関わりが深い作曲家。どちらかと言うと編曲家としての色が強く、「可愛いベイビー」「ウナ・セラ・ディ東京」「危険なふたり」などに関わります。菅原さんのステージで、この年から紅白で3年連続指揮を担当。翌年歌われる「愛の嵐」は、彼自身が作曲も担当しています。
 外国曲はどうやらこの年クレジットされていないようで、このステージに関して言うとテロップは「訳詞:岩谷時子」のみでした。

 

森 昌子(2年連続2回目/第24回/1972/16)
「おかあさん」(1974/神坂 薫/遠藤 実/初)

 客席から佐良さんが、故・サトウハチロー氏の母をテーマにした詩を朗読。そのまま曲紹介に繋がります。「紅」「組」「勝」「利」と書かれたどでかいしゃもじを、由紀さおり水前寺清子いしだあゆみ島倉千代子が左右に振りながら応援。白に青を基調としたドレスで、桜田淳子のバックで踊った黄緑色の衣装よりも少し地味です。1コーラスが短いので、2コーラス歌っても演奏時間は2分切る形。あっという間でしたが、これはまあ仕方のない所でしょう。(1分53秒)

(解説)
 観客席からの曲紹介は、2年前のいしだあゆみ「生まれかわれるものならば」でもありました。それ以前も宮田輝さんが時々採用していましたが、NHKホールだとこの時が初めて。
 歌う際の立ち位置が紅組側に寄ってます。この年はステージ真ん中で歌える歌手がかなり多かったですが、それ以前もしくはそれ以降1980年までの持ち時間短めのステージは紅組なら紅組側、白組なら白組側の立ち位置で歌わざるを得ないケースが多数でした。ここまで登場した歌手だと、紅組は山口百恵チェリッシュ、白組だと中条きよし三善英史のステージがそれぞれ紅組寄り・白組寄りの立ち位置で歌う形になっています。

 

海援隊(初出場/第25回/1972/23~25)
「母に捧げるバラード」(1973/武田鉄矢/海援隊/初)
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 「せんせい」「おかあさん」を歌う森昌子をPTA推薦の歌みたいだと返した後に、語りメインの「母に捧げるバラード」を現代の浄瑠璃と評する曲紹介。サビを一節歌った後、ひたすら語りに入って最後にまたサビを歌うという構成。当然ながら過去の紅白で全く歌われた例のない類の楽曲で、本人やスタッフ含めて構成にはかなり苦労したものと思われます。ただ最終的には紅白だと決して短くない、むしろ長い部類の演奏時間。大きな破綻もなく、うまくまとめたという印象もあります。(3分6秒)

(解説)
 現在の浄瑠璃というのは山川アナならではのアイデアですが、確かにここまで語りを主体とする楽曲が歌われるのはこの「母に捧げるバラード」が初めて。曲中に語りが入る楽曲の歌唱は三波春夫の「俵星玄蕃」「紀伊国屋文左衛門」「大利根無情」など過去にも多くあって慣れたものではあるのですが。
 レコーディング時期、ライブによって色々大幅に変わるであろうセリフの歌詞。この紅白のステージに関しては一部カットがあった程度で至ってノーマルでした。その後武田鉄矢さんの母・武田イクさんが亡くなった1998年・第49回で歌われた際には、やはりオリジナルにない歌詞が加わっています。
 「母に捧げるバラード」はヒットしましたが、その後すぐに低迷期に入ってしまいます。次の年は紅白に出られず、居酒屋で皿洗いしていたのだとか。ただ1977年に「あんたが大将」と鉄矢さんの映画『幸福の黄色いハンカチ』出演で復活。1979年後半には「贈る言葉」と『3年B組金八先生』が大当たりして第31回紅白にも復帰出場。その後は再び致命的な低迷期に入ることなく、現在に至ってます。

 

和田アキ子(5年連続5回目/第21回/1968/24)
「美しき誤解」(1974/なかにし礼/馬飼野康二/初)
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「パスカル曰く、クレオパトラの鼻がもう少し低かったら世界は変わっていたであろう。佐良直美曰く、和田アキ子のドレスの丈がもう少し長かったら裾を踏んでひっくり返るであろう…」。大学教授のような格好で朗読しながら読み上げますが、横にいるアッコさん、肩を叩いてピコピコハンマーを渡して自ら頭を叩かせます。
 確かに先ほど佐良さんが話した通り、ドレスの裾はやや長め。ファーもダイナミックに袖として装着していて、結構凝った衣装です。楽曲は思いっきり聴かせるバラード。1コーラス半でやや短めですが、ありあまる程の声量はやっぱり凄いですね。会場からも大きな拍手が起こります。(2分24秒)

(解説)
 この年の代表曲に「古い日記」がありますが、紅白で歌われたのはこの「美しき誤解」でした。と言っても売上はどちらも高いものではありません。「古い日記」の知名度は、当時よりも1980年代以降モノマネ番組で歌われることで上がったように思います。紅白で「古い日記」が歌われたのは2003年・第54回、レコード発売から29年後ですが、その時は編曲が大きくアレンジされていました。メドレーで第61回でも歌っていますが、一番それらしいステージはやはり紅白歌手一同で「ハッ!」とコールした2014年・第65回のような気がします。