紅白歌合戦・ちあきなおみの軌跡~ステージ編~

第21回(1970年)「四つのお願い」

ステージ

作詞:白鳥朝詠 作曲:鈴木 淳
前歌手:西田佐知子、デューク・エイセス
後歌手:布施 明、都はるみ
曲紹介:美空ひばり(紅組司会)

 第21回の紅白は保存されている映像の状態が非常に悪いです。NHKで放送された『歌伝説 ちあきなおみの世界』でこの曲が紹介された際も、1番は白黒映像の『ふるさとの歌まつり』出演映像が使用されました(2番は紅白の映像を使用)。

 初出場ということで、紅組歌手が後ろで応援する中の歌唱となっています。現存の映像はカラーでありつつも退色が激しく、はっきりとした色が分かりにくい状況ですが、銀色に光るドレスとファーを身に着けて歌う形になっています。

 前後のやり取り、歌以外の出演に関しては全くもって不明です。最悪音声だけでも、全編の確認が出来れば嬉しいのですが…。

第22回(1971年)「私という女」

ステージ

作詞:なかにし礼 作曲:鈴木 淳
前歌手:和田アキ子、坂本 九
後歌手:西郷輝彦、岸 洋子
曲紹介:水前寺清子(紅組司会)

 2回目の出場、大ヒットでないこともあって紅組前半4番手の曲順でした。9回の出場のうち、前半の曲順で歌ったのはこの回のみです。

 「もう1人大変女っぽい方がいらっしゃるんです。ちあきなおみさん「私という女」、どうぞ」という曲紹介。タイトルにかけた内容だけでなく、紅組でその前に歌った和田アキ子の紹介にも絡めています。ちなみにこの年「天使になれない」を歌ったアッコさんの曲紹介は「大変な女らしい方でシンデレラ姫というあだ名がついてる方をここでご紹介したいと思います。この女性に敵う男性出てらっしゃい!」でした。この時期のちあきさんは歌だけでなくバラエティ番組での活躍も目立っていた頃、歌唱力の高さだけでなくその点でもアッコさんと共通する部分がありました。

 衣装の白いドレスは首に大きなフードのような物がついていて、その点でも妙に個性的でした。歌唱後、白組司会の宮田輝「頭にすっぽりテントで覆うなんてのはいいですよね」とツッコミを入れられています。歌は小気味よく2コーラス歌唱、一つ一つの母音の表現が特に個性を感じさせるステージでした。

応援など

 この年は映像の保存状態が悪く、全編の映像は残っていません。アーカイブスの公開ライブラリーで前半と後半を見ることは出来ますが、その部分で特別目立った箇所はありませんでした。

第23回(1972年)「喝采」

ステージ

作詞:吉田 旺 作曲:中村泰士
前歌手:都はるみ、沢田研二
後歌手:五木ひろし、青江三奈
曲紹介:佐良直美(紅組司会)

 日本レコード大賞受賞曲として名高い「喝采」は、大晦日当時ロングセラー中のヒット曲でもありました。前後の曲順で歌う沢田研二五木ひろしもレコ大歌唱賞受賞、小柳ルミ子でなければここでレコ大受賞曲披露という読みがあったのかもしれません(もっとも五木さんのレコ大ノミネートは「夜汽車の女」で紅白と異なる曲でしたが)。

「テレビをご覧の皆さま、そして会場の皆さま。今日、1972年度レコード大賞、ちあきなおみさんの「喝采」に決まりました。」
「歌ってください。万感を込めて歌います。ちあきなおみさん、「喝采」です」

 3年前に「いいじゃないの幸せならば」で大賞を受賞した佐良さんの曲紹介です。レコ大が大晦日と同日開催になったのは1969年・第20回以降ですが、同日開催で会場に大賞受賞を報告するのはこの時が初めてでした。当時はインターネットなど存在せず、歌合戦を観覧するお客さんは誰が受賞したのか全く分からない状況です。放送開始直前もしくは放送中に得た情報なので当然事前の予定とは異なるやり取り、佐良さんの気遣いと司会者スキルの高さが表れたシーンでもありました。

 レコ大受賞時のフルコーラス歌唱が神がかり的な素晴らしさだったので、その後にフルではない1コーラス半の歌唱となるとどうしても若干の物足りなさは残ります。とは言えやはり日本歌謡史・紅白歌合戦史に残るステージであることは間違いありません。

 ストーリー性のある歌詞だけでなく、歌の世界に憑依しているかのような表情も含めると、この曲はジャンルと違う意味の「歌を演じている=演歌」であると痛感します。アップのショットが全体の半分近くを占めるカメラワークも、この曲を歌う時に見せる細かい表情の変化をしっかり捉えていました。

応援など

 この年まで紅白歌合戦の会場であった東京宝塚劇場は有楽町、レコ大会場の帝国劇場は丸の内なので至近距離です。大賞受賞歌手は当然一番最後の移動ですが、20時55分のレコ大終了後21時2分に始まるオープニング入場行進には普通に間に合っています。とは言え慌ただしいことは間違いなく、衣装は当然レコ大そのまま・行進では歩きながら髪を直すという状況でした。

 レコ大から着用している黒いドレスは、紅白でもしばらくそのままです。前半7番手・佐良直美のステージ~中間審査でその姿を確認、直後その上に法被を着て赤い布を振る「天神ばやし」のパフォーマンスにも参加しました。

 そのまま22時50分くらいの中間審査まで、この衣装で通しています。本番ステージは23時20分くらいの出演、こちらも黒いドレスですが袖がスケルトン仕様になっています。そのままエンディングまで参加、ただ中央後ろの立ち位置の割に「蛍の光」で映る場面は少なめです。

第24回(1973年)「夜間飛行」

ステージ

作詞:吉田 旺 作曲:中村泰士
前歌手:水前寺清子、三波春夫
後歌手:五木ひろし、都はるみ
曲紹介:水前寺清子(紅組司会)

 「喝采」「劇場」「夜間飛行」、この3曲はドラマティック歌謡と呼ばれています。吉田旺作詞・中村泰士作曲・高田弘編曲という共通の作家陣による作品でした。前年の功績もあって曲順は紅組トリ2つ前、その年発表の楽曲では対戦相手の五木ひろし「ふるさと」とともに紅白ラストを飾る曲でした(トリ前・トリの4曲はいずれも過去曲)。

「今度出てらっしゃる方、もう歌の上手さは天下一品でございます。あの色っぽい口元、いま遠慮なさってる男性の皆さんがとてもかわいそうな気がいたします。お待ちどうさまでした。夜間飛行が大空を紅組のために飛びます。ちあきなおみさん、「夜間飛行」」

 藤色のドレス、袖がヒラヒラした衣装です。客席から「ちあーき!ちあーき!」「なおみ!」と男性ファンと思われる大きな声援が飛んでいます。もしかしたら酔っ払っているのかもしれません。イントロ・間奏ともにのべつもなく贈られる声援、ワンマンのコンサートなら良いのですが、会場の観客や視聴者にとってはうるさいと感じた人もいたかもしれません。もっともこういった声援は昭和の紅白の風物詩、水前寺清子の鳴り物応援や都はるみの「ミヤコ!」コールは毎年のように聴くことが出来た”あるある”でした。

 楽曲はイントロからムードたっぷりですが、歌に入るとさらに絶品。空港の別れを描いた歌詞表現からして一冊の書籍・映画化して欲しいくらいの傑作ですが、目元・口元の表情は”個性的”という単語では片付けられない魅力に満ちあふれています。悲しい内容の歌詞を、これだけ悲しげな表情で歌える人は過去未来の歌手を振り返ってもそうはいないと思います。ラストにドラムロールが入るアレンジ、両手を広げて袖の布地を広げる挨拶に至るまで名歌手のオーラに満ち溢れたステージでした。「喝采」が昭和歌謡史史上に残る珠玉の名曲であることは疑いようのない事実ですが、この「夜間飛行」も同じくらい語り継がれる価値のある名曲ではないかと個人的には思っています。

応援など

 前半は朱里エイコのステージ中に彼岸桜を客席に配る役を担当。このためにわざわざオレンジの衣装に着替えています(後ろ姿しか映っていませんが)。その後の中間審査では赤いロングドレス、大きな幟状の旗を持つシーンが映っています。

 佐良直美のステージで紅組全歌手揃って応援するシーンもありますが(名言集でレビュー済)、ステージ以外で大きく目立つ場面は特にありません。なお歌い終わった後は、再び赤いドレスに着替えてエンディングに参加する形となりました。

第25回(1974年)「かなしみ模様」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:川口 真
前歌手:由紀さおり、沢田研二
後歌手:三波春夫、島倉千代子

曲紹介:佐良直美(紅組司会)

 紅組トリのお千代さんが1961年発表の「襟裳岬」なので、この年も新曲だけでいうと紅組ラストという形になりました。曲順もさらに遅くなってトリ前、いよいよ重要な位置づけの歌手になります。ただ出場歌手の数が増えたため終盤の進行はやや慌ただしく、沢田研二のステージ終了後すぐにイントロ演奏開始&曲紹介という流れでした。「説得力のある歌、軽妙なお喋り。個性的な実力派・ちあきなおみさん、今年の歌は「かなしみ模様」」

 ステージ入れ替えが引きのカメラワークではっきり映っています。もっともセット転換という概念は当時なく、照明を切り替えるだけです。夕陽をイメージしたような真っ赤な照明から、ちあきさんの入場後は階段などのセットに格子状の模様が入りました。これも床面を光らせる演出ではなく、照明の影で模様を作る形です。技術が進歩していない分、演出が苦悩している場面は現在より多かったような気はしますが、照明の模様は美しく彩られていて画面に違和感は全くありません。

 ロングドレスは色違いの青色縞模様になっています。綺麗な柄ですが、意外と他で全く見ないデザインのような気がします。マイクを震わせながら持つ手は右手ですが、その人差し指に赤い薔薇の飾りをつけた指輪がつけられています。1コーラス半ですが、ラストのサビは2回繰り返しという構成になっていました。2年前同様アップのショット多めですが、首の動きは当時と比べてやや大きめ。臨場感が増す分画面キャプチャーがやや難しく、どちらのカメラワークが良いかは意見が分かれそうです。

 この年は体調を崩して、一時休養した期間がありました。間奏では「5月に病気で倒れましたが、この「かなしみ模様」で大ヒット、大喝采を浴びました」というアナウンスも入っています。熱唱のステージ、歌い出しとサビで対比が大きい部分も印象的でした。

応援など

 ステージ以外では金色に光るドレスを使用、引きの映像でも光っているのが確認できます。もっともこの年はザ・ピーナッツ和田アキ子など、光り物が目立つ衣装の歌手は他にも何人かいました。

 この年の紅白、ちあきさんが歌以外で印象に残る名場面を挙げるとしたらやはり山本リンダの曲紹介のくだりでしょうか。
ちあき「草木も眠る丑三つ時…」
佐良「♪はしゃぎすぎた~(顔を見て)ギャー!お化けー!」
ちあき「あら、そんなに素顔と違うかしら、失礼ね。」
佐良「「闇夜にドッキリ」、山本リンダさん」

 内容はともかく(ちょっと今の時代にはしんどい印象もあります)、2人のテンポに関しては抜群の出来。コメディエンヌでもあるちあきさんの一面を少しだけ垣間見たシーンでした。

 中盤に餅つきする場面では、紋付き袴姿で登場。公式なアナウンスはなかったですが、「紅組応援団長」のタスキをかけて会場を盛り上げています。以降は主に歌手席で応援、エンディングはステージ衣装での参加でした。なおこの年から紅組恒例となったラインダンスには一貫として不参加となっています。

第26回(1975年)「さだめ川」

ステージ

作詞:石本美由起 作曲:船村 徹
前歌手:都はるみ、布施 明
後歌手:五木ひろし、島倉千代子

曲紹介:佐良直美(紅組司会)

 基本的には歌謡曲のイメージが強いちあきさんですが、この年と翌年に紅白歌合戦で披露した楽曲は完全なる演歌です。石本美由起、船村徹ともにちあきさんが所属するコロムビア専属、つまりは美空ひばり島倉千代子の曲を多く手掛けたヒットメーカーというわけです。

 日本レコード大賞を受賞した布施明「シクラメンのかほり」直後、間髪入れずという形で演奏開始。ステージに向かうちあきさんが映る約10秒の間に、舞台上にあった花のセットが裏に移動します。「華麗な紅組女性軍の中でも、一際その存在が光ります。今年は演技者としても高く評価されました。しかし何と言ってもこの方の魅力は、歌の上手さにあるのではないでしょうか。大物・ちあきなおみさん「さだめ川」」、イントロの時間や曲の雰囲気と合わせるように、佐良さんがゆっくり丁寧に曲紹介。演技という点では、この年連続テレビ小説『水色の時』出演が話題になりました。

 画面から見て左側、ギターを爪弾くのは作曲家の船村徹。表情・声の量や声色など、細部に至るまで奥深さを追求した歌唱は、まさに演歌の神髄を示しているかのようでした。分かりやすく歌い上げる部分が一箇所も存在しないのが、この曲の難しさです。ただギターをかき鳴らして熱唱する「シクラメンのかほり」の直後だと、馴染みのない人にとっていささか地味に聴こえるかもしれないというのは難点かもしれません。トリ前とは言え、ラインナップで見るとやや曲順で損している印象はあります。

 とは言え演歌を好きな人、何度もこの曲を聴いている人ならば実に苦心して作り上げられた歌唱であることがよく分かるのではないかと思います。11年後の紅白でも細川たかしが同じ曲を歌いましたが、声量はともかく細かい表現力や深みはやはりこの時のちあきさんの方がしっくり来ました。細川さんも日本歴代トップクラスの歌唱力の持ち主ですが、彼をもってしても物足りなさを感じてしまう点にちあきなおみ、「さだめ川」の奥深さを感じる次第です。

応援など

 この年の応援用衣装はキラキラ光る銀色のドレスにファー装着、パッと見はステージより派手です(こちらも光り物ありでしたが黒色の衣装でした)。あまり派手な衣装とマッチしない曲なので、その分こちらを華美にしたという面はあるかもしれません。

 前年とは違う形ですが、この年もキャンディーズの曲紹介で佐良さんとの漫才みたいなやり取りがありました。
佐良「まあ何をやってるんでしょうかねぇ。あの、ほら今の(ずうとるびが直前に歌った)「初恋の絵日記」の最後のあれは確か「君の名は」っていうんで終わってましたよね。「君の名は」なんてのは古いですねぇ~(※1952年の作品)」
ちあき「年取ってるんじゃないですか、もしかしたら」
佐良「そうかもしれないですひょっとすると。あのねそういえば、ほら何でしたっけ、ねえ名文句がありましたね、菊田一夫先生のほら。三脚じゃなくて忘却じゃなくて」
ちあき「あたしそういうの、若いから分からないんです全然」
佐良「あ、島倉さんに伺いましょう、何でした?」
ちあき「(手を叩いて)紅白とは、白を負けさすことなり」
紅組全員「わー(声援)」

 その後は赤いジャージに着替えて、阿木燿子サプライズ出演のお手伝い(詳しい内容はこちらの記事にて)。しばらくこの服装のまま出演しますが、中盤以降はカジュアルなスーツ姿になります。森山良子「歌ってよ夕陽の歌を」ではコーラスでの参加もありました。

第27回(1976年)「酒場川」

ステージ

作詞:石本美由起 作曲:船村 徹
前歌手:青江三奈、布施 明
後歌手:五木ひろし、都はるみ

曲紹介:佐良直美(紅組司会)

 3年連続トリ前での歌唱、歌唱曲の作詞作曲陣だけでなく前後で歌う白組歌手も前年同様。データ的には珍しいケースが連発する内容になっています。

「酒場に歌が流れる時、一つの恋が生まれるという。酒場に歌が流れる時、一つの恋が終わるという。酒場川、紅組にこの人あり。ちあきなおみさんです…」。

 楽曲は前年の「さだめ川」をさらにディープにしたような内容です。やや彫りの深い目元と薄めにメイクした眉、涙を貯めているかのような目。完全に”入っている”ということがよく分かるステージになっています。次の年の紅白でより分かりやすく具現化されていますが、もうこの年になると完全に”そういう領域”に突入しているように見えました。

 当時29歳ですが、正直申し上げると今の29歳でこういう雰囲気を出せる歌手は世界を探しても皆無ではないかと思われます。そもそも演歌というジャンルで考えても、カラオケで歌うには難しすぎるこういった曲が発表されること自体無くなっているような気がします。実際当時のレコード売上も決して高くはなく、世間受けしたとは言い難い面もありますが、「静」を歌う歌手としての凄味を紅白史上もっとも感じさせるステージはこれではないかと個人的には感じています。

 なおこの曲は10月に発売されたシングル表題曲ですが、B面に収録されたのは「矢切の渡し」でした。これが梅沢富美男の舞踊演目として話題になり、細川たかしがカバーして1983年に大ヒット。日本レコード大賞受賞曲・その年の紅白歌合戦大トリにまで登り詰めますが、有線ではちあきさん歌唱版がもっとも支持を集める結果となりました。実際その後も細川さんが代表曲で歌うのは「北酒場」「浪花節だよ人生は」「望郷じょんから」などが多く、レコード売上的に最大売上の「矢切の渡し」はあまり披露されていません。

応援など

 オープニングはやや胸元が目立つ薄紫色のドレスで登場。ただその後は早い段階で衣装チェンジ、カジュアルな格好で佐良直美「ひとり旅」のステージに参加します。歌う前に紅組歌手のジーンズファッションショー開催、西部劇をテーマにしたようなステージ演出に仕上がっていました。

 その後もすぐに衣装チェンジ。赤いスーツに黒いスカートで桜田淳子「夏のご用心」コーラスを担当。ちあきさん・岩崎宏美由紀さおりの3人がバックという、自分が淳子さんの立場ならとても歌えそうにない豪華さと実力を兼ね備えたメンツです。歌舞伎の演目をテーマにした紅組余興ではセットから顔を出しての参加でした。

 ちあきさんが連続出場していた頃は紅組優勝が多く、この年も紅組が堂々の優勝を飾りました。着物姿で優勝旗を持つ佐良さんは腰にある帯の結び目が若干乱れていたようで、ちあきさんが少し修正する姿も映っています。

第28回(1977年)「夜へ急ぐ人」

ステージ

作詞・作曲:友川かずき
前歌手:島倉千代子、三波春夫
後歌手:布施 明、森 昌子

曲紹介:佐良直美(紅組司会)

 「よいやさー、よいやさー!」と三波先生がひたすら明るいステージを展開した後、雰囲気がガラリと切り替わります。「いい歌が上手い歌い手と出会った時、そこに素晴らしい歌の世界が繰り広げられます。この歌でおわかり頂けます。「夜へ急ぐ人」、ちあきなおみの世界へどうぞ」と曲紹介。真っ黒なドレスに赤い帯・金色のハイヒールで登場、ステージは打って変わって真っ暗。紅組歌手の応援席で終始振られるペンライトだけが光る状況になりました。

 演歌が続いたここ2年と違って、この年のシングルはフォーク・ニューミュージック路線となっています。紅白で歌う「夜へ急ぐ人」はフォークシンガーの友川かずき、その前の作品である「ルージュ」は中島みゆきの提供曲でした。「ルージュ」も素晴らしい曲ですが聴かせるバラードなので、おそらく紅白で歌われてもここまで多く語られはしなかっただろうと思われます。

 目線が上に向かっている表情は白目の一歩手前、Aメロ16小節の間で瞬きを一度もしていません。最初から尋常ではない入り込み方をしています。一度顔を伏せてそこで瞬き、Bメロから明らかに体の揺れが激しくなります。左右に動く紅組歌手席のペンライトだけが平和な空間で、あとは不穏な空気が画面から見てもすぐに分かる状況となっています。

 サビでは一旦首を下げ、長い髪をバッと振り乱して歌う状態になっています。”おいで おいで”と誘うように歌う場面では、画面に吸い込まれるのではないかと感じた人もいたかもしれません。”怖い”というフレーズが連発する楽曲ですが、ステージはそれ以上に狂気を孕んだ状況になっています。

 そんな状況でも暗い中ペンライトを振る紅組歌手陣ですが、間奏後のショットでは最前列にいる山口百恵がひとり手を止めてライトを消しています。一応体を揺らしてはいますが、間近で見るこのステージから何かしらの物を感じていたことは間違いなさそうです(単に電池が切れたハプニングかもしれませんが)。実際百恵さんもいまや伝説の歌姫として世代を超えて敬われる存在になっていますが、後世から見ると”天才だけが天才的な表現を理解できる”を地で行くような場面にも思えます。確かに百恵さんも年が経つごとに表現性が進化していて、引退が近づくに連れて特に目の表情が尋常ならざることになっていました。

 髪を2度振り回し、囁くような歌声も入れ、極めつけは”おどろおどろしい”という表現がまさにしっくり来るシャウト。”アァ、ウォ、 ウォ~~~~アァ~~~ アァ~~ ウィ~~~~~~アァ~~ アァ~~ウィ~~ ア”ァ~~~~~~~~~!”、文字にするとこんな感じでしょうか。右腕を掲げてポーズを取るラストは、全身全霊を込めた結果昇天したと言わんばかりの姿でした。

 古今東西・前代未聞、紅白歌合戦史上誰もパフォーマンスしていないようなステージで、「何とも気持ちの悪い歌ですね」と思わず口にする白組司会・山川静夫アナの感想も無理のない内容です。その後に登場した布施明が、非常に爽やかな真っ白の衣装で「旅愁~斑鳩にて」という旅情溢れる楽曲を歌うので、余計にその対比が目立つ内容となっています。あとは原曲と比べてテンポもかなり速め、それがより狂気性をパワーアップさせた面もありました。

応援など

 振り返ると、オープニング衣装はステージと出来る限りギャップを持たせることがコンセプトになっていたような気がします。この年の入場行進は歌唱曲と全く違う真っ白なドレスでの登場でした。

 もう8年連続ともなると紅組歌手ではベテランです。初出場の高田みづえ「硝子坂」のステージは、他の常連歌手陣と一緒にさつま大根を持ちながら応援しています。なお本番開始から30分近く経ったこの時点で、衣装はピンクに変わっています。

 余興はちょっとした連想ゲームの参加、さらに由紀さおり「う、ふ、ふ」のステージで布を広げる役として参加しています。布に書かれたメッセージは「紅組勝利決定 う.ふ.ふ.」、他に参加したのは山口百恵青江三奈八代亜紀でした。ラストは再び白いドレス、ステージと違う非常に穏やかな表情でペンライトを振っています。

第39回(1988年)「紅とんぼ」

ステージ

作詞:吉田 旺 作曲:船村 徹
前歌手:小柳ルミ子、菅原洋一
後歌手:森 進一、石川さゆり
曲紹介:和田アキ子(紅組司会)

 紅白歌合戦では同期の和田アキ子がこの年司会を担当します。歌唱前僅かにトークあり。本来はコメディー要素も強い2人ですが、当時とは番組の雰囲気も違うので落ち着いた内容です。

和田「さて、ちあきなおみさんが紅白に蘇りました。何年ぶりですか?」
ちあき「11年ぶりですね~」
和田「11年。久しぶりに、じっくり聴かせてください」→スタンバイ
和田「まるで芝居の一コマを見ているような気になります。ちあきなおみの世界に浸ってください。ちあきなおみさん、「紅とんぼ」」

 「さだめ川」「酒場川」もギターの奏でる音が味のある曲ですが、1番はギター演奏と歌のみの編曲になりました。2番に入ってから指揮者が腕を振り、少しずつ別の楽器の音が加わるアレンジになっています。3番に入るとギターの音は少しずつ目立たなくなり、オーケストラの弦楽器やアコーディオンらしき音が前に出る形になりました。

 肩を出した黒いドレスに黒手袋着用、華美な要素を排して歌の魅力を最大限に引き立てる衣装です。”語るように歌う”と”歌いながら語る”、表現はどちらの方が良いでしょうか…。一つひとつの言葉をこれ以上ないほど適切に表現している歌唱は、頭の中に具体的な情景がはっきりと思い浮かぶ内容でした。そこはちあきさんだけでなく、「喝采」「夜間飛行」といった名作を生み出した吉田旺の功績でもあります。

 終始涙を貯めながらの歌唱、3コーラス歌い切った場面では声が震えていることもよく分かります。そこがより感動的なステージ、昭和ラストの紅白屈指の名場面でした。

応援など

 何度も書いていますが、昭和最後の紅白は自粛モードもあって歌以外の余興はほとんどありません。ちあきさんの歌以外の出番も極めて少なめです。なおオープニングは白ドレス、紅組で一番最後に小林幸子と一緒の入場でした。

 一応出場歌手が集まる場面もいくつかありますが、見返した限り確認できたのは中間審査後、島倉千代子が歌い始めるシーンで一瞬映るのみ(その後の歌手応援席にはステージへの準備もあるため不参加)。もしかすると、歌以外では出来る限りあまり映らないようにしていたのかもしれません。

おわりに

 あらためて振り返ると9回の出場で残した爪痕は大きく、特に1972年以降の進化は凄まじいものがありました。当記事を見た後、手持ちの映像があれば是非再確認して頂くことを、今回は今までの記事以上に強くお薦めします。意外と歌以外で目立つ場面は少なめで、「喝采」以前のバラエティー番組出演が多かったという2回が個人的にはやはり気になって仕方ありません。

 データ&エピソード編でも書いた通り、1992年以降は活動休止のため紅白歌合戦出場はありません。非常に惜しまれる所ではありますが、今となれば本人に歌手復帰の意思が存在しないというのが実情であるという説もあるようです。

 一つだけ現在リクエストがあるとすれば、やはりSpotify、Apple Musicなどのサブスクリプション解禁でしょうか。本人の意志、あるいはコロムビアとテイチク以外のリリースもあるという点も関係している可能性はありますが、この30年の間でリアルタイムを知らない若いファンも多くいる中でちあきさんの曲を聴けないのはやはり勿体ないような気がします。その一方でテレビ番組をはじめとするメディアで取り上げる機会は多いのは非常に嬉しいことです。日本歌謡史・紅白歌合戦史において、今後も永遠に語られる存在であることは間違いなさそうです。

 

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