第31回(1980年)「来夢来人」
ステージ
作詞:岡田冨美子 作曲:筒美京平
前歌手:ロス・インディオス&シルヴィア、(中間審査)、内山田洋とクール・ファイブ
後歌手:新沼謙治、太田裕美
曲紹介:黒柳徹子(紅組司会)
踊り:ダンディーズ、ギャラクシー
黒柳「こちらも熱唱です。デビューして10年、来年からの私の歌と踊りのエンターテイナーとしての私を見てくださいとおっしゃってます。小柳ルミ子さん「来夢来人」です。来年に因んだ、酉年に因んだ衣装にもご注目ください」
テレビ実況「デビューして10年目、10番目に歌う彼女は紅白出場も10回目。自分にはいつも強くありたいと語る彼女でございます」
階段上から登場したルミ子さんは金色の衣装、さらに異常なほど大きな羽根を広げてグルグル回っています。おそらく当時の視聴者は見たことのないような派手さにビックリ、腰を抜かした人もいたのではないかと思われます。前年「魅せられて」を大ヒットさせたジュディ・オングはエーゲ海をイメージした衣装でも話題になりましたが、ルミ子さんのそれはさらに進化させたような内容でした。
ホストをイメージしたような男性ダンサーもルミ子さん、いやステージをおおいに盛り上げます。360度に羽根を広げる動きに合わせて後ろに倒れる振付が、特に強いインパクトを放っています。1コーラス歌唱後には早替え演出もありましたが、こちらも両サイドに引っ張るのではなく、衣装のホックを外した後にルミ子さんの頭上を通して一気にステージ裏へ運ぶというなかなか見られない内容でした。
早替え後は赤いセクシーなドレスで、ダンサーと一緒の振付で踊りながら歌います。ステージを左右に動き、細かいステップや回転も交えています。最後はペアで一緒に踊ってから、全員で両足を持ち上げられた体勢で決めポーズ。10回目の出場とは思えないほどチャレンジ精神に満ち溢れた、大変見ごたえのあるステージでした。
応援など
1980年代を代表するアイドル・松田聖子がこの年「青い珊瑚礁」で初登場。ステージにエスコートしたのは、同じ福岡県出身のルミ子さんでした。
余興は松づくしとフレンチカンカン、さらに水前寺清子「三百六十五歩のマーチ」のステージにもチアリーダーとして参加。チータの応援については桜田淳子や高田みづえの時にも書いているので、もう3記事目になってしまいました。
第32回(1981年)「たそがれラブ・コール」
ステージ
作詞:阿久 悠 作曲:川口 真
前歌手:川中美幸、西城秀樹
後歌手:菅原洋一、(ショーコーナー)、島倉千代子
曲紹介:黒柳徹子(紅組司会)
踊り:パッション・レディーズ
今年は長いこと考えて、八重歯を抜きました。惜しかったけど踊るとき八重歯が乾いて唇が閉まりにくくなるからです。五歳から始め宝塚で鍛えた踊りに磨きがかかりました。小柳ルミ子さんです、「たそがれラブ・コール」。(第32回・黒柳徹子)
— 昭和の紅白名言集 (@kouhakumeigen1) February 24, 2022
2年前の「恋ごころ」同様この年もヒットせず、ついにオリコン週間100位にも入らなくなりました。ただステージは前年と同様に、工夫を凝らした内容です。
黒で統一した衣装は、シンプルながらも大人の雰囲気で曲にもよく合っています。白スーツに黒いズボン+帽子で麗しく決めるダンサーはパッション・レディーズの面々、宝塚を意識したような男装でこちらもバッチリ。
ルミ子さんも間奏で僅かにダンスあり、歌う時にも多少の振付を取り入れて魅せる内容に仕上げています。2コーラス、普通に歌うとやや地味めな曲なので淡々としたステージになりかねない所でしたが、そこはうまく演出していました。
ちなみにこの年、デビュー以来のトレードマークであった八重歯を抜いたそうです。ルミ子さんにとっては大きなトピックスだと思いますが、これがイントロの曲紹介に盛り込まれたのは、紅白どころか音楽番組でも唯一のような気がします。
応援など
オープニングは紅組歌手全員が赤ブレザーで登場する演出です。それに合わせて、ルミ子さんもおでこを出した髪型にしています。歌手席では白いブラウス姿、隣に座る島倉千代子と衣装・髪型が共通でした。
全員集合のハーフタイムショーは、デュエットコーナーに登場。白組の新御三家に合わせて青江三奈・松村和子とチームを組み、1968年のヒット曲「新宿そだち」を6人で歌っています。
後半のハーフタイムショーは、紅組歌手全員が黒い着物姿で踊るコーナー。「おこさ節」をソロで歌うシーンがあります。
第33回(1982年)「みだれ髪」
ステージ
作詞:喜多條忠 作曲:平尾昌晃
前歌手:榊原郁恵、山本譲二
後歌手:西田敏行、(紅白玉合戦)、桜田淳子
曲紹介:黒柳徹子(紅組司会)
「初めて出演した映画で数々の賞、カナダの映画祭の賞も受け、実力を発揮できた年でした。久しぶりに日本の情感を歌い込んだ歌です。「みだれ髪」、小柳ルミ子さんです」
いわゆる「名曲紅白」で、中堅~ベテラン歌手は懐メロ・カバー曲が続出した年です。その中でルミ子さんは、五木ひろしとともに新曲を歌える出場歌手の最古参となりました。レコード売上はこの年も低調でしたが、曲紹介にもあった通り女優活動で高い評価を受けた一年でした。出演した映画『誘拐報道』はモントリオール世界映画祭審査員特別賞、さらに歌手としては初めて日本アカデミー賞最優秀助演女優賞を受賞します。
デビュー初期のヒット曲を手掛けた平尾昌晃作曲という部分が示す通り、この曲は演歌に近い日本調の内容です。そのためここ2年のようなダンスはありません。1コーラス半で終わる構成も、やや物足りない部分だったでしょうか。直後の西田敏行が色々な点で目立つステージだったので、曲も相まって尚更地味な印象を残す形になっています。
演出面では傘をさしながら登場するシーンが唯一のハイライトでした。とは言え終始右手に傘を手にしながらの歌唱は、紅白に限らず他の歌番組でもあまり見られる光景ではありません。その点では稀少性の高いステージをしっかり見せています。
応援など
この年のオープニングについて書くのも6回目くらいになりますが…。両組揃いのブレザーで紅白史上初めてランダムな登場、ルミ子さんはロス・インディオスのコーラス担当4人と一緒です。シルヴィアとのデュエットなので、ロス・インディオスは男性5人組ですが紅組からの出場です。
トップバッター・三原順子の応援、その後すぐに着替えて2番手~4番手までステージに用意された雛壇歌手席での応援。 さらに6番手・水前寺清子「大勝負」のステージにダンサーとして登場。島倉千代子を筆頭とするベテラン6人のうちの1人として薙刀の演舞。袴を着て赤い鉢巻を締めた凛々しい姿が、バッチリ映っています。
11組ずつ終了後のデュエットソングショーにも出演していますが、この年は歌うパートなくその他大勢という状況でした。
本番は紅組14番手。16組ずつ終了後のショーは前年に続いての和服姿ですが、こちらもあまり目立つ場面無し。19組目~20組目は再びステージ上に歌手席が用意され、22組ずつ終了後にエンディング。
「蛍の光」で森昌子と手を繋ぎながら歌う時に、目に涙を浮かべています。この年以降、ルミ子さんはエンディングで泣くことが多くなります。
第34回(1983年)「お久しぶりね」
ステージ
作詞・作曲:杉本真人
前歌手:榊原郁恵、シブがき隊
後歌手:沢田研二、(ショーコーナー)、島倉千代子
曲紹介:黒柳徹子(紅組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル
「久しぶりのヒット曲も嬉しいし、滝に打たれ雨に濡れて苦しかった映画の主演女優賞にノミネートされたのも嬉しいけれど、歌手の仲間が映画見てくれたり、写真集買ってくれたりするのが本当に涙の出るほど嬉しかった小柳ルミ子さん、「お久しぶりね」です」
体当たりの演技が高く評価された『白蛇抄』がこの年11月に公開、年明けには日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞しました。「お久しぶりね」は7月発売のシングルですが、この年の大晦日時点ではヒットの兆しを見せ始めた段階です。TBSの『ザ・ベストテン』では12月8日にスポットライト出演、初ランクインは年が明けてからの1月26日放送分でした。楽曲の素晴らしさも当然あると思いますが、ロングセラーの要因はやはり女優として高く評価されたことが大きいのではないかと感じます。
さて、ステージは冒頭から度肝を抜くような内容でした。この年から歌手個人に授与される金杯・銀杯が初めて制定されますが、これを強く意識して作られたことが容易に想像できる内容です。
シブがき隊が歌い終わってすぐにせり上がりで登場するオープニング。それと合わせてセットが天井に上がり、骨組み状に組まれたセットの中も含めて大量のダンサーが登場。男女ともに肌の露出が多く、特に男性はほぼ上半身裸の状況です。これだけ露出度の高いダンサーの衣装は当時の紅白だと史上初で、おそらく1960年代では認められなかったものと思われます。確かにルミ子さんは映画でヌードも披露していましたが…。
間奏で裸のような衣装の男女がルミ子さんを囲い、まずは両足を手で支えて持ち上げるパフォーマンス。その後衣装替えをして、もう1回持ち上げられた体勢のまま2番途中から歌うという見たことの無い光景が繰り広げられます。衣装も網タイツの脚が露わになるセクシーさで、1970年代のラインダンス応援の時よりも圧倒的なハイレグ状態。ここまでやるかという状況で、もはや笑うしか無いという非常に奇抜な演出でした。歌詞テロップでさえも、時折中央ではなく変な位置に表示されたりで動揺する様子を見せています(実際は導入2年目に起因する、単純に当時の技術的な問題なのですが)。
ただ直後の沢田研二(ステージはこちら)はさらに奇抜な内容で、最終的に金杯もジュリーに掻っ攫われる結果になっています。
応援など
登場順に1人ずつ両軍の司会者が出場歌手を紹介するオープニング。「久しぶりのヒット曲、去年に引き続き今年も主演女優賞にノミネート。嬉しさいっぱい、小柳ルミ子さんです」と紹介されます。胸元を空けた白いドレスが、例年になくセクシーです。
各3組ずつ披露後に組まれた「ビギン・ザ・ビギン」のコーナーでは、ソロパートが1箇所用意されています。近藤真彦とペアで踊る場面もありました。歌と踊りをメインにしたこのステージは、ルミ子さんにもよく合っていた内容でした。
ジュリーを挟んですぐ組まれた「紅白俵積み合戦」は着替え時間4分ほどという短さですが、帯も締めた黄緑色の和服に着替えて踊りに参加。こちらは「ビギン・ザ・ビギン」ほど細かい段取りが少なく踊るだけではありますが、3分半くらい時間があるので短期間で憶えるのは結構大変です。
後半の「日本の四季メドレー」は各歌手が童謡を歌うコーナーですが、こちらは「浜辺の歌」をバックに大川栄策と機織りをするだけなので、ファンにはともかく本人にとってはいささか楽な場面でした。
ショーコーナー以外は曲紹介などで目立つ場面もないので、歌手席の応援とエンディングくらいです。映画の撮影で大変だった一年を振り返る気持ちになったのでしょうか、この年も「蛍の光」で涙を流す場面が見られました。
第35回(1984年)「今さらジロー」
ステージ
作詞・作曲:杉本真人
前歌手:髙橋真梨子、田原俊彦
後歌手:芦屋雁之助、石川さゆり
曲紹介:森 光子(紅組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル
「白組の方も、この方にはため息をおつきになるのではないでしょうか。小柳ルミ子さんが華麗にショーを繰り広げます。「今さらジロー」です!」
沢田研二→髙橋真梨子→田原俊彦と続く、大人の雰囲気を兼ね備えた4組連続ステージのトリを飾る形のステージでした。噴水をバックにしたセットで、下手側から早速ペアダンスを披露しながら登場します。次々と登場する男女ダンサー、この年は前年のようなセクシーではなく、ドレスとスーツで麗しさと華美さが強調された内容です。
やや速めのテンポで1番を歌唱後、舞台上手側に移動して黒いドレスから早替え。その間にテレビ実況によるステージ解説。
「デザインのテーマはハリウッド。ディートリッヒ風の気品を決めた黒と、そして情熱の赤への変身は、デザイナーの花井幸子さんと相談して決めたそうであります。ステージの階段の上には、モガの匂いのするロマンティックなドレスが、女の美しさを誇示しています!」
変身後のルミ子さんの衣装は真っ赤なハイレグドレスで、羽根をふんだんにつけたデザインは宝塚の女役スターのようです。花をイメージした衣装ですが、その蜜には毒も含まれていそうな…。そんなことをつい思わせるのも、30代となり円熟味を増したルミ子さんの魅力の一つです。
終盤はダンサーが大きな羽根の小道具を使用、ラストは中央のステージがせり上がる演出。紅白歌合戦で見たことのないシーン続出で、終始見せ場といった状況の見事な内容でした。
応援など
この年のオープニングは和服姿で登場。対戦相手は田原俊彦、「派手に決めます!」のセリフにトシちゃんが「地味に決めます」と返します。実際のトシちゃんのステージは、ルミ子さんほどではないもののこちらもなかなかの派手さでした。
各5組ずつ披露後のショーコーナー「豊年こいこい節」では、花笠を被っての刈り取りをイメージした衣装と踊りを披露。一緒に担当するメンバーは八代亜紀に島倉千代子に牧村三枝子など、ベテランもしくは演歌陣ばかりでした。この頃になると、紅組でポップスを歌うキャリア10年超の常連はルミ子さんと研ナオコのみになっています。
後半には森光子と都はるみが歌う「祇園小唄」をバックに和服で踊るシーンがあります。若手アイドル勢がカラフルな着物、ベテラン陣が黒い着物を身につけていますが、ルミ子さんの衣装はやはり後者でした。そのはるみさんが大々的に祝福されながら引退する紅白歌合戦、この年は「夫婦坂」から「好きになった人」を歌う過程でルミ子さんに限らず大勢の紅組歌手が涙を流す形になりました。
第36回(1985年)「乾杯!」
ステージ
作詞・作曲:杉本真人
前歌手:中森明菜、田原俊彦
後歌手:郷ひろみ、研ナオコ
曲紹介:吉川精一(テレビ実況)
踊り:ダンシング・スペシャル 振付:山田 卓
この年も中森明菜→田原俊彦から引き継がれる4ステージ連続演出で、曲紹介もカットされる内容でした。ただテレビでは、実況を担当する吉川精一アナの紹介が入っています。杉本真人提供の3部作は、紅白歌合戦のステージについても「ダンサブル・ルミ子3部作」と称すべき内容で、この年は3年連続ミュージカル演出の完成版とも言える素晴らしさでした。
前年同様下手側にスタンバイ、男性ダンサーに囲まれたルミ子さんはシルクハットを被った男装姿です。踊りながらステージ中央に移動、イントロでの振付はタップダンスのような細かい足さばきも見せつけています。
1番を歌い始めてすぐに、ダンサーが白い羽根を使ってルミ子さんを囲みます。それが解けると、男装姿から赤いドレス姿に替わって客席から大きな拍手。直後1人のダンサーとペアになって歌い、ついに抱きかかえながら歌うという場面が発生します。
ダンサーの肩に手を乗せ、第31回・第34回と同様に1度持ち上げられた後、さらに早替えを挟んで今度は金色のラメのタイツ姿に変身。間奏で見せるダンスもどんどん進化していて、当たり前のように数度回転したり抱きかかえられたりでダンサーと変わらない動きです。
再び歌い始めて、ダンサーがルミ子さんを囲むこと3度目。もうこれ以上早替えしようがない状況ですが、ラストは背中に大きな羽根をつける形になりました。後年の小林幸子ほどの重さではないにしても、大きさは直径1.5メートル~2メートル近くあります。その中でもさらに持ち上げられたり回転する動きもあったりで、身体能力の高さを最大限に表現していました。
応援など
オープニングは郷ひろみと一緒に登場。ミニのホットパンツにへそ出しのコーディネートで、冒頭から彼女らしさが表現されています。
中盤のハーフタイムショー『めでたづくしの澪つくし』は世話役の1人として登場。新婦のかをる役・沢口靖子をエスコートします。ここで登場するのは全員ベテラン陣で、他に登場した紅組歌手は島倉千代子・水前寺清子・八代亜紀・岩崎宏美といった面々でした。ルミ子さんは、この年ついに島倉さんとチータに次ぐ紅組3番目の最古参という形になっています。かをるさんの花嫁衣装から袴姿への早替えを手伝った後に、「銚子大漁節」を歌唱。
紅組歌手の大半がダンスで参加した島倉千代子「夢飾り」は若手が多い手古舞姿とベテラン中心の芸者姿に分かれていますが、ルミ子さんは芸者ではなく手古舞姿での出演でした(そもそも芸者姿は演歌メインの4名だけでしたが)。ただ映るのはやはり人気全盛の松田聖子や中森明菜中心で、ルミ子さんの姿はあまり目立っていません。
オープニングでセクシー、ステージではダンサブルな姿を見せつけたルミ子さんですが、エンディングは緑色の着物姿でした。森昌子がラストで号泣した紅白ですが、この年のルミ子さんは映像で見る限り泣いている様子は見受けられません。
第37回(1986年)「乱」
ステージ
作詞:Fumiko 作曲:玉置浩二
前歌手:斉藤由貴、吉 幾三、(中間審査)
後歌手:田原俊彦、中森明菜
曲紹介:斉藤由貴(紅組キャプテン)、目加田頼子(紅組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル 振付:山田 卓
「ミュージカルは大正の昔から、貞奴の昔から日本人の憧れでした。いま日本人の心を掴むミュージカルを歌って踊れるのはこの人。いつもはかわいい日本女性が、舞台に立てばこう変わります。”みだれる”と書いて”乱”、小柳ルミ子さんです!」
原曲とは全く違うイントロ、曲が始まるや否や30人の男性ダンサーが大集合。両サイドで列を作り、ルミ子さんをエスコート。テンポもかなり速くなっていて、ほとんど別の曲と言っても良いようなアレンジが施されていました。
この年は固定セットのため舞台が狭く、過去3年のような大掛かりなステージ演出ではありません。その点パーソナルな部分に焦点を絞ったようで、間奏ではフラメンコをモチーフにしたようなダンスを披露。ダンサーの動きもバク転が取り入れられたりするなど、動きが派手になっています。男性とペアになりながら踊るシーンや持ち上げられてポーズをする場面も、この時期には紅白名物としてすっかり定着しました。
歌唱後すぐに田原俊彦のステージなので、終了後すぐに担ぎ込まれる荷物みたいな形で慌ただしく舞台裏へ退場するシーンが映ります。実際は第31回や第34回もそうだったのではないかと思われますが、当時はカメラが切り替わりや暗転の演出が入りました。こういった形での退場がはっきり映ったのは、歴代の紅白でもこの時くらいしかないように思われます。
応援など
オープニングは2年前と同様田原俊彦と登場。スカート直径が広めの赤いドレスは、普通の歌手ならばステージで使うような派手さです。
中盤、研ナオコ「Tokyo見返り美人」のステージにダンサーとして岩崎宏美・八代亜紀・小林幸子と一緒に登場。赤いロングドレス姿でセクシーな踊りを披露しました。
後半では歌舞伎「京鹿子娘道成寺」をテーマにしたハーフタイムショーに登場。こちらでも白拍子姿で石川さゆり・中森明菜・島倉千代子・八代亜紀・小林幸子と一緒に艶やかな踊りを披露します。
バブル期ということもあるでしょうか、この年は例年以上に衣装が派手です。ハーフタイムショー以降の後半の出番は黒ドレスに、顔よりも大きいサイズにセットした髪型がなかなかのインパクトでした。「蛍の光」では両側にいた大月みやこや松田聖子が原因でしょうか、俯きながら涙を流すルミ子さんが映っています。
第38回(1987年)「ヒーロー」
ステージ
作詞・作曲:J. Steinman, D. Pitchford
訳詞:片桐和子
前歌手:神野美伽、村田英雄
後歌手:菅原洋一、大月みやこ
曲紹介:和田アキ子(紅組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル 振付:山田 卓
アッコさんが丁寧に曲紹介、男性ダンサーは43名と紹介されています。この年島倉千代子の辞退と水前寺清子の落選で、ついに紅組歌手では出場回数最多となりました。ただ初出場年に関しては和田アキ子や由紀さおりの方がまだ先輩です。
データ編でも記したように、「ヒーロー」は本来ドラマ『スクール☆ウォーズ』主題歌で起用された日本語詞が著名です。ただこの年ルミ子さんが歌う歌詞はそれとは違う、より原曲に近い内容になっています。
大勢の男性ダンサーがステージ中央で踊りを披露、その中心からせり上がりを隠した状態で、赤い衣装のルミ子さんが登場。”愛は奇蹟を…”で始まる歌い出しが日本人の大半に定着している中で、この曲の歌い出しは”素敵な男達は何処にいるの”。確かに原曲は”Where have all the good men gone”ですが、いきなり欲望が全開の歌詞に面食らった人は相当多かったのではないでしょうか。やや低音のメロディーで喉に力を入れて歌い、さらに43人の男どもがバックにいてルミ子さん本人もショートに髪を束ねています。怖いくらいの迫力です。ロックのテイストも入ったガチガチのアップテンポなので、歌声の迫力も例年の紅白以上に凄まじいことになっていました。
赤いドレス姿から、間奏でスカートを外してもらって露わになる中身は紅白史上に残るハイなレグ衣装。相当しっかり手入れをしていないと放送も危うくなるような細さです。エプロンステージも利用した40人近い男性が一列に並ぶフォーメーションは、天井からのショットも入りました。当たり前のように持ち上げや回転の振付も入り、ドライアイスの噴出演出もガンガン入ります。ラストは上に着用するジャンパーも脱ぎ、もはや下着のような衣装でひれ伏した男性の背中に乗って歩きます。”I need a hero!”とラストで叫ぶフィナーレは、肉食系女子の完成形と呼称して良い内容かもしれません。それくらい圧倒的な内容で、そこには「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」の面影など1ミリも残っていませんでした。
現在まで音源化されていないのは非常に勿体ないアレンジ・歌唱ですが、コンサートではたびたび披露していたようです。本人も2012年のアメブロ記事で、紅白で1番印象深いパフォーマンスと述懐しています。
応援など
この年もオープニングから派手です。白いドレスはノーマルですが、黄色い花をあしらった大きな帽子は誰よりも異彩を放っています。
中盤のハーフタイムショーで紅組歌手は福井・明神ばやしを披露。太鼓の演奏に参加しています。エンディングはピンクのドレス姿で、髪型は本番ステージと全く違うロングヘアー。紅組優勝をアッコさんと喜び合い、「蛍の光」では彼女の涙にもらい泣きする様子が映っています。
第39回(1988年)「愛のセレブレイション」
ステージ
作曲:G. Goffin 訳詞:片桐和子
前歌手:瀬川瑛子、鳥羽一郎
後歌手:菅原洋一、ちあきなおみ
曲紹介:和田アキ子(紅組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル
ステージが始まる前、片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)にコメントを求めるアッコさん。紅組について聞かれて素晴らしいですねとコメントした後に「白組も素晴らしいですけどね」と余計な一言、少し不機嫌になるアッコさん。彼の長女はこの年宝塚歌劇団に入団したばかり、後に男役スターで活躍する汐風幸。彼女の先輩という繋がりで、ルミ子さんを紹介。
最初から男性ダンサーに抱えられて登場するオープニング。前年は攻撃的なロックナンバーでしたが、この年は女性らしさに満ちたミュージカル色強めのダンスナンバーで全く異なる内容です。ハンドマイク無し、ピンマイクを装着して踊りますが、後に本人が認めた通り事前録音の音声となっています。今ならば演出として十分に理解できる範囲ですが、当時は放送後に週刊誌などで相当批判される結果になりました。
完全にダンスに振り切ったステージなので、振付はこれまでと比較にならないほど難しい内容です。ジャンプして抱えられて回転する振付に反りの角度も非常に大きく、男性の脚に支えられながら俯く振付もありました。大技連発のアクロバットは肉体的な負担も大きく、途中少し息が上がる場面も見られます。最後は男性のもとに駆け寄って、ジャンプして背中に乗ってポーズを取る大技。会場からは大きな拍手が挙がりました。
応援など
ランダムに登場するこの年のオープニング、実力派の触れ込みで益田(岩崎)宏美・五輪真弓と一緒に登場。体のラインがくっきり見える黒いパンツスタイルです。
この年は出場歌手主体の企画コーナーが無く目立つ場面も特に無し、適当な場面でごくたまに出て来る程度です。それでも中盤は紫色に黄色い大きなリボンの飾りをつけたドレス、エンディングは金色のドレスとしっかり本番以外の衣装も3着用意しています。
おわりに
翌年以降は現在まで紅白歌合戦の出場なく、今のところ第39回が最後となっています。紅白出場の終盤期にも一緒にステージに立っていたダンサー・大澄賢也と1989年に結婚、1990年代は歌手よりも夫婦でバラエティ番組に共演している姿の方が印象的でした。同時に女優としても活躍、ドラマ『家なき子』などで強いインパクトを残しています。ただ紅白でミュージカルのイメージが強かったルミ子さんは、実際のところを言うと舞台出演は決して多くなかったようです。1990年代に独立するまでは、事務所の方針と本人の意向が食い違う場面も多々あったという話もありますが…。
平成以降の紅白歌合戦は昭和と比べるとショーアップ化が著しくなり、演出も多様になり大きな幅が生まれました。振り返るとルミ子さんはその下地を作った功労者と言っても差し支えないと思います。1980年代も後半になると「恒例」とまで言われたダンサブルなステージは、平成まで続けても良かったのではないかと思える部分もあり。それと同時にキャリアを重ねても常に挑戦し続ける姿は、現在の人々にも教えられる部分がおおいにあるように感じます。演出面、そして18年という長期間にわたった紅白歌合戦出場における変遷ぶり。それは他の常連歌手とはひと味もふた味も違うドラマに溢れています。
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