紅白歌合戦・田原俊彦の軌跡

 ジャニーズ系は光GENJIと、バンド編で男闘呼組を過去に取り上げましたが、まだまだ書いてない歌手は多くいます。今回はその中から、1980年~1986年に7年連続出場した田原俊彦をピックアップしました。

 ジャニーズ事務所からの出場は第16回(1965年)のジャニーズ、1970年代のフォーリーブスから始まります。第24回(1973年)で初出場の郷ひろみも2回目の出場まではジャニーズ事務所所属でした。ただ現在まで続くジャニーズ史は、やはりトシちゃんヨっちゃんマッチのたのきんトリオから始まるのではないかと思います。そんなトシちゃんの紅白を、今回の記事でまとめることとします。

田原俊彦の紅白データ~7回分のまとめ

出場回
年齢
歌唱曲作詞者
作曲者
発売日曲順主なデータ主な受賞他の発売曲
第31回
(1980年)
19歳
哀愁でいと小林和子
(外国曲)
1980/6/21白組2番手/23組中1980年オリコン年間10位・ハッとして!Good
第32回
(1981年)
20歳
悲しみ2(TOO)ヤング網倉一也
網倉一也
1981/9/2白組2番手/22組中1981年オリコン年間35位・恋=Do!
・ブギ浮ぎI LOVE YOU
・グッドラックLOVE
第33回
(1982年)
21歳
誘惑スレスレ宮下 智
網倉一也
1982/10/15白組2番手/22組中1982年オリコン年間44位・日本レコード大賞金賞
・日本歌謡大賞放送音楽賞
・君に薔薇薔薇…という感じ
・原宿キッス
・NINJIN娘
第34回
(1983年)
22歳
さらば‥夏岩谷時子
Paul Anka
1983/8/12白組16番手/21組中1983年オリコン年間35位・日本歌謡大賞受賞・ピエロ
・シャワーな気分
・エル・オー・ヴイ・愛・N・G
第35回
(1984年)
23歳
チャールストンにはまだ早い宮下 智
宮下 智
1984/2/3白組13番手/20組中1984年オリコン年間31位・騎士道
・顔に書いた恋愛小説
・ラストシーンは腕の中で
第36回
(1985年)
24歳
華麗なる賭け吉元由美
久保田利伸
1985/8/14白組7番手/20組中1985年オリコン年間99位・銀河の神話
・堕ちないでマドンナ
・It’s BAD
第37回
(1986年)
25歳
あッ阿久 悠
宇崎竜童
1986/9/21白組5番手/20組中1986年オリコン年間157位・Hardにやさしく
・ベルエポックによろしく

第31回(1980年)「哀愁でいと NEW YORK CITY NIGHTS」

ステージ

日本語詞:小林和子 
作詞・作曲:Andrew J. DiTaranto, G. Hemric
前歌手:郷ひろみ、榊原郁恵
後歌手:松田聖子、野口五郎

曲紹介:山川静夫(白組司会)、野村義男、近藤真彦
踊り:ジャパニーズ、スクール・メイツ

山川「さて、全国の皆さんお待たせ致しました。たのきんです!」
田原「オー!たのきんの”た”は戦い抜くの”た”。田原です」
野村「たのきんの”の”はノックアウトさせるの”の”、野村義男です!」
近藤「たのきんの”きん”は金星取るの”きん”、近藤真彦です!」

山川「オー!紅白初出場、そしてレコード大賞最優秀新人賞に輝いた田原俊彦さん「哀愁でいと」、若さっていいなあってこれホント実感です!」

 初出場のステージはたのきんトリオの一員として、野村義男近藤真彦を引き連れての登場です。威勢よく「戦い抜くのた!」と言った後にカメラが切り替わってから「田原です」と挨拶する部分に、かわいさを感じたファンも多かったことでしょう。たのきんの2人は直前のレコ大に続いての出演、外国曲なので受賞曲は「哀愁でいと」ではなくその次のシングル「ハッとして!Good」でした。他の賞レースも「ハッとして!Good」の披露が多かったらしく、「哀愁でいと」を紅白で歌うのは意外で無いとしても1980年の年末では若干の貴重さがあったかもしれません。

 白組2番手のステージですが、この年の前半はとにかく時間を詰める構成でした。そのためややゆったりとしたビートの曲調が超アップテンポに変化、歌う方も大変ですがそれ以上に右手の動きが大変そうです。リハーサルではこのテンポでやってるはずですが、なぜかカメラもアップで動きに追いつかない場面が多発。これくらい激しい動きは西城秀樹でもあったと思うのですが…。

 舞台袖で見守るたのきんの2人は、2番から踊りに加わります。ダンサーは4人の男性で結成されたジャパニーズと数多いるスクール・メイツの女性ダンサー。テロップはジャパニーズと表記されていましたが正式な名称はジャPAニーズ、事務所所属のバックダンサーグループとして1982年まで活動します。前年も紅白歌合戦に出演していましたが、事務所からの出場歌手がいないので出番は西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」のステージでした。

 引きの映像で一緒に「哀愁でいと」を踊る人数は60名ほど。尋常ではないほどテンポが速いので、迫力があります。2番はサビ2回繰り返し、その情報はヨッちゃんとマッチに無かったのか一瞬動きがもたついている様子です。もっともバンドで歌手デビューする前のヨッちゃんは、速すぎるテンポに動きが若干遅れているようにも見えますが…。

 トシちゃんはまだ1年目の愛らしい王子様という印象で、虹色が目立つシャツがよく似合っています。アクションは後年と比べて目立つシーンはありませんが、それでも2番サビ直前で思いっきり右脚を上げる場面に能力の高さを感じます。

 フルコーラス2分46秒、2コーラス+サビ繰り返しだと2分10秒ほどになりますが、これを1分46秒で詰め込む構成でした。1分台で2コーラス以上パフォーマンスするステージは、紅白歌合戦でも滅多にないことのように思います。ラストはジャパニーズ4人で2人はそれぞれ肩車、残りの2人は2人がかりでトシちゃんの両脚を抱えるような体制で締めました。

応援など

 最優秀新人賞を受賞したレコ大会場からの移動のため、客席からの入場行進は不参加です。金賞受賞の五輪真弓が舞台袖からの合流になるくらいなので、例年以上に移動がスムーズにいかなかったものと推測されます。男性陣は概ね間に合っていますが、岩崎宏美高田みづえといった女性陣で間に合わなかった歌手が複数いた様子です。

 たのきんトリオは『3年B組金八先生』第1シリーズから注目されるようになりましたが、金八先生がボーカルを務める海援隊が主題歌「贈る言葉」で6年ぶりに復帰しています。曲紹介で登場するシーンは無かったですが、たのきんのメンバーが金八先生と歌手席で一緒に映る場面は何度かありました。

 応援はすぐ後の野口五郎「コーラス・ライン」にステージ衣装のまま参加、タケカワユキヒデ山下三智夫(クリスタルキング)と肩を組んでいる様子が移ります。その後の登場は「はばたけ鳥軍団」という白組歌手10人が登場する応援、オスのニワトリという非常におかしな格好での出演でした。トシちゃんだけでなくマッチやヨッちゃんも歌手席での応援に参加、森進一「恋月夜」では曲に合わせて踊る場面もあります。

第32回(1981年)「悲しみ2(TOO)ヤング」

ステージ

作詞・作曲:網倉一也
前歌手:近藤真彦、石川ひとみ
後歌手:
松村和子、山本譲二
曲紹介:山川静夫(白組司会)

 2回目の出場も白組2番手という曲順になりました。前のステージから続けてという流れですが、直前の石川ひとみが初出場の感激で大号泣。紅組歌手が彼女に駆け寄る中での歌い出しで、階段上にいるトシちゃんにとってはいささか損な役回りです。

 「アイドル中のアイドル登場です。甲府にいらっしゃるお母さん聴いてください全国のファンの皆さんお待たせしました。田原俊彦さん!」。間奏で急ぎ紹介する山川アナは名前を呼ぶシーンでAメロに差し掛かる状況、この年以降冒頭で歌が入る楽曲の紹介はやや苦手にしている様子でした。

 階段から飛び降りて前に駆けるオープニング、その後もブレスのたびにキレキレのアクションを見せています。歌唱中のターンは郷ひろみ西城秀樹でもあまり見ない動き。声量や歌いまわしはまだまだ発展途上でしたが、体全身を使った歌唱は既にこの頃からトレードマークになっています。衣装は水色のメンズチャイナ、これも白組では1960年代後半の布施明くらいでしか見られない独創的なものでした。

応援など

 オープニングは全歌手お揃いの白ブレザー+黒ズボン、ステージからの登場です。真ん中の固定カメラの前で、3/4回転してポーズするトシちゃんにファンも思わず大歓声。

 この年に大ヒットした「愛のコリーダ」を、ポップス系若手出場歌手中心に歌うステージが設けられました。白組からは新御三家や近藤真彦と一緒に選抜、この年に歌手として初登場を果たしたマッチと2人でデュエットするシーンもあります。

 出場歌手全員が参加するデュエットショーでは、「銀座の恋の物語」を加山雄三石川さゆり都はるみと歌唱。はるみさんに「ハイ」とマイクを向けられて、少し照れくさそうな様子が初々しいです。大玉5つを先にカゴに入れた方が勝ちという紅白玉合戦にも参加、ジャージ姿で大きなカゴを背負うトシちゃんが拝めます。各場面で大活躍でしたが、殺陣と黒田節メインの応援合戦は不参加でした。

 終盤では歌手席で応援する場面も映ります。新沼謙治が「待たせたね」を歌うステージでは、近藤真彦細川たかしと肩を組んでいる様子が映りました。赤い派手な柄の水着に鉢巻という姿も、タキシードやスーツがメインだったこれまでの白組歌手と一線を画す衣装です。

第33回(1982年)「誘惑スレスレ」

ステージ

作詞:宮下 智 作曲:網倉一也
前歌手:シブがき隊、河合奈保子
後歌手:あみん、近藤真彦

曲紹介:山川静夫(白組司会)
踊り:スクール・メイツ

 3年連続白組2番手という非常に珍しい曲順になりました。ジャニーズ事務所所属の歌手は1990年代まで2番手に配されることが多かったのですが、これもトシちゃんから始まった伝統のようです。SMAPTOKIOも初出場の時は白組2番手でした。前回同様この年も後攻、前のステージから合間無しでの登場です。

 「紅白出場は今年で3度目、ビッグアイドルに成長しています田原俊彦さん。若さが弾けます甘いマスク、「誘惑スレスレ」!」。この年も2年前ほどではありませんが、冒頭から演奏テンポが速めです。

 ジャニーズはバックダンサーも基本的には自らの事務所所属タレントで賄うことが大半ですが、当時はまだジュニアは存在していません。ジャPAニーズは既に解散、少年隊やイーグルスは結成済でしたが、バックダンサーで登場したのはスクール・メイツと思われるエアロビ風衣装の面々です。翌年の近藤真彦は彼らの応援が入りましたが、紅白で本格的に事務所主体のダンサーがメインになるのは光GENJI以降です。

 まだ少年のようなあどけなさが見えるトシちゃんですが、間奏のダンスは徐々に進化しています。細かいステップにキックの動きや跳躍力も大きく、歌う直前に3回転ターン。拍手が起こらない自然さが、彼の凄さではないかと思うわけです。選曲はマッチや聖子ちゃん同様直近リリースという理由でしたが(この年は「原宿キッス」「NINJIN娘」などセールスはどの曲も大きくは変わらず)、トシちゃんの場合結果的には一番良い選曲に落ち着いたような気もします。

応援など

 あいうえお順ではなくランダムな順番で登場する演出となった入場行進、トップを切って登場したのは近藤真彦水前寺清子都はるみ。前回もデュエットコーナーでコンビを組んだはるみさんとガッチリ握手、左手にはマイクを手にしています。

 このマイクは一通りの段取りが終わった後選手宣誓で使用、こちらはマッチ・松田聖子河合奈保子とトップアイドル勢揃い。宣誓の内容は河合さんの特集で触れた通りですが、「ギンギンに」なんて単語はマッチとのコンビでしか出ない内容です。後ろにいた沢田研二が思わずズッコケそうになるリアクション、他の白組歌手からも笑いが漏れています。

前年の「愛のコリーダ」と同じような企画でこの年はビートルズ・メドレーが組まれています。アイドル勢中心のメンバーも前年と同様、「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」をマッチと一緒に歌う構成も似通っていました。

 デュエットソングショーは前回都はるみ主導でしたが、この回も「小さな喫茶店」を八代亜紀が押しに押すステージです。八代さんが自分から肩を組み、”向き合って”の歌詞で無理やり向き合わせているような内容でした。

 紅白玉合戦もジャージ姿で2年連続参加。前年不参加だった時代劇風の応援合戦もこの年は参加、股旅姿と簡単な殺陣も披露しています。

第34回(1983年)「さらば‥夏」

ステージ

作詞:岩谷時子 作曲:Paul Anka
前歌手:サザンオールスターズ、(日本の四季メドレー)、松田聖子
後歌手:
八代亜紀、北島三郎
曲紹介:鈴木健二(白組司会)

 2番手が3年連続続く曲順でしたが、この年は一気に16番手・終盤戦白組トップの出番になります。「マイ・ウェイ」を作曲した超大物のポール・アンカが楽曲提供、この曲で日本歌謡大賞も受賞しています。曲紹介のデータには事欠きませんが、前ステージから合間無しでイントロは7秒。そのため鈴木アナの曲紹介は「さあトシちゃんでーす!さらば夏ー!」というまさかの短さでした。登場も舞台袖やセリではなく奈落から、他の年の紅白でも初出場した時の加山雄三くらいでしか見られない登場シーンです。

 ターバンのような物を巻いたスタイルの衣装、本当にどこぞの国の王子様のような外見になっています。星が光る夜空の背景、そうなると地球のどこかの国ではなく宇宙から来たようなイメージで非常に寓話的です。

 トシちゃんには珍しいバラードなので、曲中のアクションはサビ前半のステップが目立つ程度です。ただ見せ場はアウトロ。後ろを向いて衣装のマントが大きく広がり、両手を上げながら舞台中央に移動してセリで下がっていきました。直後に続く八代亜紀「日本海」も舞台下手側セリから上がっての登場、曲間の歌手入れ替えで双方セリを使う演出もまた珍しい場面です。

応援など

 紅白歌合戦初司会の鈴木健二アナは当時54歳、この仕事を引き受けるまでは全く歌謡界の知識が無かったとインタビューでも述懐しています。そのせいでしょうかオープニングの歌手紹介、マッチの所でトシちゃんと言い間違えそうになっていました。トシちゃんは「自分の青春はいま最高潮に達しているという田原俊彦さんです」と紹介、本人はダンシングなポーズを取り観客席からは大歓声。絶叫の大きさはマッチやシブがき隊よりも多めでした。

 ショーコーナーは3つのうち2つに出演。1つ目はミュージカル風の「ビギン・ザ・ビギン」。踊りという点では見せ場がありそうなものですが歌はまだまだ新御三家の方が上、意外に映るシーンは小林幸子が歌う横で踊る場面くらいで少なめです。

 もう1つは「紅白俵つみ合戦」、小さな俵を担ぎながら法被姿で踊ります。数人を除いてなかなか個々の歌手が目立ちづらい内容でしたが、こちらはアップでバッチリ映るショットが用意されていました。なお童謡メドレーについては自身のステージが直後に組まれていた為不参加です。

第35回(1984年)「チャールストンにはまだ早い」

ステージ

作詞・作曲:宮下 智
前歌手:沢田研二、髙橋真梨子
後歌手:小柳ルミ子、芦屋雁之助
曲紹介:鈴木健二(白組司会)

 「さあトシちゃんです。田原俊彦さん「チャールストンにはまだ早い」。毎日大人になる自分を感じているそうですしかし紅白では、常に華やかに歌い華やかに踊りたいと言っています」

 「哀愁でいと」「誘惑スレスレ」と西暦偶数年は原曲より速いテンポの演奏が印象的でしたが、この年も同様になかなかの高速テンポです。この曲辺りから振付も難度が増しているので、踊る方は大変です。ただセットは宮殿をイメージした凝った内容、これは沢田研二髙橋真梨子・トシちゃんに小柳ルミ子と4曲連続のステージのためだけに作られたものでした。紅白では他に例のない、噴水セットまで作られていました。

 ダンサーもバラエティー豊かです。昭和初期のいわゆるモダンボーイ・モダンガールのイメージでファッションナブル。”小粋な白いプードル連れ”、この歌い出しに合わせたかのように白いプードルと散歩する黒服の女性も大きな見どころです。歌い出しとバックの動きがそのままリンクしているステージも、滅多に見られるものではありません。

 間奏ではブレイクダンス風のパフォーマンス、ステージ後ろからのカメラでじっくり撮影されています。ただ途中で足を滑らせる場面も一箇所あり、これはおそらく沢田研二の胸から流れた血、もといワインが原因ではないかと思われます。直前に歌った白組歌手のせいでズッコケたステージは翌年のシブがき隊布川敏和が有名ですが、実はトシちゃんも似たような感じで前の年にやっていたりします。

 少し長めでパーマのかかったような髪型は、この年からしっかり固めるようになっています。やや軟派な歌謡曲路線から少し硬派なダンサブル路線となり、持ち前の高い技術がより活かされるようになったのも概ねこの年の「チャールストンにはまだ早い」「騎士道」辺りからでした。

応援など

 オープニングは曲順通り・対戦カードごとに1組ずつ入場。真っ白なタキシードを着たトシちゃんは小柳ルミ子とのコンビ、「派手に決めます」と宣言するルミ子さんの後に「地味に決めます」と対抗?しています。

 企画コーナーはまず前半の「紅白こいこい節」に出演、太鼓を叩きながらダンスしています。白組7人中の1人、1列でエプロンステージへの道を進む際には最後尾で横一列になると真ん中の位置、良い目立ち方をしています。後半の民謡コーナーでは紋付き袴姿、和傘を回すパフォーマンスを披露していました。

第36回(1985年)「華麗なる賭け」

ステージ

作詞:吉元由美 作曲:久保田利伸
前歌手:山本譲二、中森明菜
後歌手:小柳ルミ子、郷ひろみ
曲紹介:吉川精一(テレビ実況)
踊り:ソサエティ・ガールズ 演奏:D.W.B2

 メジャーデビュー前の久保田利伸が作曲、彼の名前が初めてシングルにクレジットされた楽曲でした。本当に凄かったのはこの次に発売された「It’s BAD」ですが、ここではオリコン週間1位を獲得した「華麗なる賭け」が選曲される形になっています。デビュー初期は1位獲得も多かったトシちゃんですがこの年辺りからシングルの売上が低下、河合奈保子辺りもそうでしたが、アーティスト路線と実際のセールスは特にこの時代なかなか結びつかない状況でもありました。

 「変わって田原俊彦さん。花井幸子さんデザインの衣装を身に着けた8人のモデルを従えての登場です」。前年同様4組連続ステージの2組目に組み込まれる曲順、テレビでの曲紹介は実況の吉川精一アナが担当しました。

 真っ赤な衣装を身に着けたトシちゃんの周りで、8人のモデルが闊歩します。踊りというより、歌と同時進行でファッションショーが行われているといった表現が正確でしょうか。

 バックの背景は夜空をイメージ、間奏で一筋の流れ星が見えます。「ステージを流れ星がひとつ、あれはハレー彗星なのでしょうか」。76年に1回と言われるハレー彗星がこの年秋以降大きな話題になりましたが、実際には翌年2月僅かに見える程度だったらしいです。

 間奏ではダンサーが黒いセクシーな衣装を着た8人に入れ替わります。トシちゃんの早替えがあっても良さそうな雰囲気でしたが、そちらは最後までそのままでした。2コーラス2番少しカットで3分6秒、これはトシちゃんが出場した紅白で最も長い演奏時間です。

応援など

 入場行進は中森明菜と一緒に登場するところでしたが、レコ大受賞の明菜さんは移動に間に合わず。したがって1人で登場、一瞬紅組側に体を向けてから白組の方に移動していきました。

 連続テレビ小説『澪つくし』コーナーでは、浜の男の一員として踊りを披露。ペアに一緒に踊るのは研ナオコ、この年「夏ざかりほの字組」でデュエットを組んだコンビが紅白では意外な形で見られる結果になりました。平成以降なら「夏ざかりほの字組」で共演も容易に実現出来る所ですが、双方ともソロ歌手として何年も連続出場している常連・演出の幅が今ほど広くなかった当時ではまだ考えられなかったことのようです。

 白組歌手全員が火消しとして応援する近藤真彦「ヨイショッ!」、このステージではマッチと2人ではしご芸に挑戦します。応援合戦ではしご芸を披露した歌手は1970年代に何人かいますが、脚を上にした逆立ちはこの年のトシちゃんが初めてでした。

第37回(1986年)「あッ」

ステージ

作詞:阿久 悠 作曲:宇崎竜童
前歌手:吉 幾三、(中間審査)、小柳ルミ子
後歌手:中森明菜、沢田研二
曲紹介:千田正穂(白組司会)
踊り:ダンシング・スペシャル 振付:西条 満

 このステージに関しては紅白名言集解説・51~結果的に今のところトシちゃんラスト紅白~で昨年の4月に記事として書いています。公開当時ファンの方から多く反応があったので、この記事を読んでいる方の多くは既に読まれているかもしれません。

 「ウエスト・サイド・ストーリーが日本で初公開されたのは25年前。いま歌って踊って魅せる人はこの人、田原俊彦さん!歌はたったひと言、「あッ」」千田正穂アナウンサーの曲紹介です。小柳ルミ子のパフォーマンスが終わってすぐのステージ、結局歌う前にちょっとした段取りがあったのは「哀愁でいと」を歌った初出場の年だけでした。タイトルについては上で紹介した記事にも書いていますが、北島三郎「歩」に次ぐ、西野カナ「パッ」と並ぶ短さです。

 トシちゃんのステージはこの頃になると既にベテランの風格になりつつあり、演出も非常に完成度の高い内容でした。ルミ子さんがこの時期ダンサブルなステージを紅白名物にしていましたが、実は彼も第35回~第37回は常に近い曲順で魅せるステージを展開しています。この年は本人よりもダンサーとのチームプレイが見せ場で、女性ダンサーのバク転を補助するシーンもありました。あとは男性だからこそ表現可能な色気のある歌声、これはデビュー期と比較して尋常ではない進化を遂げています。長く人気を保つアーティストはそれだけ進化が止まらない・面白味が増すとイコールで結ばれるものですが、トシちゃんは間違いなくそのケースに該当していました。

応援など

 入場行進は一昨年と同じく小柳ルミ子と登場。胸元の空いた赤いドレスを着るルミ子さんに対して真っ黄色にも金色にも見える派手な衣装、双方とも映える姿で颯爽と登場します。

 白組の応援合戦は「勧進帳 安宅の関から」、10人の四天王の1人として歌舞伎の踊りを披露しています。ただ同じ髪型で統一されている上にアップのカメラワークがほとんど無く、勧進帳を読むベテラン5人と比較すると明らかに見せ場は少なめでした。歌手総出のアトラクションも前年と比べてかなり減少、ステージは素晴らしかったですがそれ以外の見せ場はファンにとってやや少ない年だったような気がします。

おわりに

 レコードセールスは1985年あたりから下がっていたものの、1987年の落選は誰もが予想しなかったことでした。1988年は「抱きしめてTONIGHT」が大ヒットで復帰となりますが、出場歌手発表後に意地の辞退。この辺りは先ほど紹介した紅白名言集解説・51~結果的に今のところトシちゃんラスト紅白~で詳しく書いているので、そちらを参照ください。

 さて色々あって独立後もトシちゃんは音楽活動を地道に継続、いつの間にかデビューして40年・年も還暦を過ぎました。40周年記念ライブは大変盛況、昨年2月にはNHKプレミアムで特別番組も組まれファンにも熱く支持されています。

 あらためて見返すと、1980年代前半の紅白歌合戦で一番観客からの声援が大きかったのはトシちゃんだったような気がします。この年まで全く衰えなく見事なパフォーマンスを続けているのは間違いなく彼の凄さによるものですが、それと同じくらいファンの熱が続いている事とも無関係ではありません。YouTubeでアップされているライブの映像を見れば、それがよく分かると思います。

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